26話 打ち上げ
「それでは僭越ながら、わたくしネーナ・テルマーサが祝杯の挨拶をさせていただきますわ。今日は皆さんお集まり下さって感謝します。」
時刻は午後6時ジャスト。
「中等部が始まって早一ヶ月が経とうとしており…正直最初はどうなることかと思いましたが、クラス対抗戦で歴史上初…いえ、それ以上の快挙を挙げることが出来ましたわ。」
場面はルミナスタウン中央街に建つ料理店。
「これも偏にクラスが団結して─「話がなげーっての!乾杯!!」なっ!アサヒ・ヴィレイズ!!」
…いい挨拶していたのにな、と思いながら…クラス全員空腹の限界であったのか、青みを帯びた黒髪の少女の左隣で憤慨するテルマーサさんを他所に、各々「乾杯!!」とグラスを掲げて鳴らしており、僕もまた苦笑しながらグラスを掲げ…左隣に座る彼女とグラスを搗ち合わせた。
…二日間に渡るクラス対抗戦から一夜明けた本日金曜日。
クラス対抗戦のお疲れ様会及び、歴史上初となる一年生での一回戦突破並びに二回戦突破の祝いとして、本日夕方6時より、テルマーサさん主催でルミナスタウンの飲食店にて打ち上げが始まるのであった。
「まったく、誰がこの場を用意したと思っているのかしら…!」
…まあ、その主催者は挨拶を遮られてご機嫌斜めのようであるが。半円のテーブルソファの中央に座るテルマーサさんは手慣れたようにフォークを使い、前菜として渡ってきたサラダを憤慨しつつも上品に頬張る。
「あはは…アサヒがゴメンねネーナ。」
「……別に貴女に謝られる必要はないですけど…ああ、そういえば幼馴染と言ってましたか。」
「うん。親同士が昔から仲良くて、その関係でアサヒとは昔から一緒なの。」
「それはなんというか…あれだけ落ち着きがないと苦労したんじゃないかい?」
「分かってくれる?はぁ…。」
「………苦労、してきたん…だね。」
テルマーサさんの左隣のアリーセさんの言葉に対し、即肯定を返して溜め息を吐くヒカリと、そんな彼女へ哀れみの眼差しを向ける女子3名。向こうの席でBチームのメンバーと騒いでいるアサヒには聞かせられない内容である。
「あーあ、シンが幼馴染だったらよかったのになぁ…。」
いや、何を言っているの君は。
「?……違う、の?」
「ふぇ?何が?」
「貴女と彼が幼馴染じゃないのかってことですわよ。」
「あ、そういう…ううん、違うの。シンとは二ヶ月くらい前に会ったばかりなんだよね。」
「………結構、最近…なんだ。」
「シンはサウスハートから来たって言ってたしね。…その割に学校でもずっと一緒に行動して仲も良さげだし、実は幼馴染とか昔馴染みなのかなって勘繰ってたよ。」
入学してから一緒に行動していたのは色々と諸事情があったからだが、態々言う必要はないだろう。
改めて、今こうして、彼女がアサヒやソウマといった以前から付き合うのある者以外と会話を弾ませられるようになってよかったと心から思う。依り代となってまだ二ヶ月弱とは思えぬ実力を示し、素晴らしい結果を残したことで、同じチームとして戦った彼女達の他、クラスの女子勢と楽しそうに話せていたし…暴走の件で腫れ物扱いされていた件はもう心配はいらないだろう。
…しかしながら、幼馴染と間違えられるほど共に行動していたのか僕達は。今のところ彼女に迷惑はかかっていない…と思いたいが、これからは少し距離を置いた方が─
「えへへ、そう見えたならなんか嬉しいなっ。ね、シン。」
「え、あ…ああ。」
…ここで嬉しそうに笑顔を向けてくるのは反則ではないだろうか。
気恥ずかしくなってしまい…それを誤魔化すように、大皿に盛られた魚料理を適度に切り分け終えたものをテーブルの中央に寄せる。
「あら、気が利きますわね。」
「いや、ついでだから。…アリーセさん、飲み物無いけど頼む?」
「あっ。ああ、なら…これ頼めるかい?」
「了解。すみません、飲み物の注文を……はい、お願いします。」
飲み放題の場合、飲み物代を考えなくていいのは楽で助かるよね。…っと、
「サラダ取ろうか?エストワールさん。」
先程から何度か目が向いているものの席の位置的に少々取り辛い様子。
「え…?あ、その……じゃあ…。」
「このくらいでいい?…はいどうぞ。広いテーブルだから遠慮なく言ってね?…あとヒカリ、口元にソースがついているけど…。」
「ふぇっ?ど、どこ?」
「手で擦ったら汚れるよ。失礼…ん、取れたよ。」
使用した紙ナプキンを折り畳み、アリーセさんの飲み物を持ってきてくれたウェイターさんに空の皿と合わせて回収してもらう。
「あ、ありがと…。………うん、こういう優しい幼馴染が欲しかった…!」
「ヒカリ、さっきからアサヒに失礼だよ。」
他3人も同意しているが…というか、この程度誰だって出来るし賞賛されることではないだろうと呆れつつ、自身の分を小皿に取り分け、一切れフォークで刺して自身の口…ではなく右肩へ差し出す。
『あむっ、ムグムグ…ごくんっ。そのアサヒは椅子に立って同じチームの男子とコーラ一気飲み対決してるけどそれでも?』
「…楽しそうならいいんじゃないかな。」
ヒカリは頭を抑え「あの馬鹿」とぼやいているけど。
「それに…こんな大勢の前で普通に食事をせがむスピリットよりは常識的だと思うよ。」
控えているフィアを見習ってほしい。
『いやいや、一昨日昨日とボックスじゃなくてフィールドで大立ち回りした依り代に言われたくないし。』
「…二回戦のダブルスでフィアのエンチャントを受けてヒャッハーしていたバトルジャンキーに言われたくないよ。」
「それについてはどっちもどっちですわ。」
一刀両断。テルマーサさんによる非常に切れ味のあるツッコミであった。ウィズと共に「解せぬ」と顔を顰める。
「いや、そこはネーナの言う通りだよ。結局あんた個人的には全勝だろ?」
………一応、結果的にはそうであるが、
「…運がよかっただけだよ。」
『相手がぼくらのスタイルに慣れてないってのも大きかったしねー。』
「……よく、言う。…一回戦は、わたしとダブルス、と…シングルス4。二回戦は…シングルス1と、ヒカリとダブルス。」
「次の日の三回戦はレミリアとダブルス組んで、途中からシンもフィールドに出てって圧勝だったし。…あ〜、その後のシングルス3で私が勝ってたらラストのシンまで回って三回戦も勝てたのに…ホンットゴメンなさい。」
どこにもそんな保証は無いんだけど…。
「こら何謝ってんのさ。あんたがいなかったら一回戦も二回戦も勝ててないんだし胸を張りなって。寧ろ悪かったのは一回も勝ててないあたしというか…」
「それを言うなら、わたくしもあれだけ大口を叩いておきながら白星を挙げたのは二回戦のシングルス2のみですし…。シンは言うまでもありませんが、ヒカリもレミリアもよくやりましたわ。」
「……別に…わたしが、出たのは…ダブルス、だけだから。」
「…と、話を戻すけど、あたし達の戦績がこんな感じなのに対して、あんたは5戦5勝。内一つは十席集からの大金星。」
「こんなの前代未聞だって知り合いの先輩も言ってたよ」と、念を押すかのようにフォークの先が向けられる。
しかしながら僕に返す言葉は無い。先も言った通り本当に運が良かっただけなのだ。
「まあ、今日学校でヒカリからあんたのこと教えてもらって、ある程度合点はいったんだけどね。」
……………ん?
「………まさかの、六階級。」
「廃棄された施設を自力で修復してヒカリの面倒見てたんだって?あと暴走を止めて助けたのもあんただとか。」
「その上、理事長に並ぶ高名なスピリット学者ミナト・アーカム氏の助手を務め、貴方自身も本を出版なさる程の研究者でいらっしゃる等々…よくもまあ隠してくれてやがりましたわね。」
───コーヒーを吹き出しそうになった。
「…は、話した…の?」
「ふぇ?ダメだった?」
「シンのこと聞かれて私も自慢したかったし」なんてキョトンと首を傾げたヒカリに、思わず眩暈がした。
「自慢って…。」
いや、特に隠さなければならないことではないし、こちらに問題はないのだが…僕なんかのことを語ったところで自慢になんかならないだろうに。あと何度も言っているが、僕は博士の助手ではなく単なる手伝いの間違いである。
「だからって、あんまり人の個人情報をペラペラ話すのは良くないよヒカリ。」
「!ソウマ…?」
態々椅子を持ってどうしたのだろう?
「やっ。同席させてもらってもいいかな?Dチームの皆さん。」
「え?僕はいいけど…。」
寧ろこの席は僕以外全員女子で肩身が狭いため居てくれると助かる。幸い、他の4人もソウマを追い出したりしなかった。というか、内1人はそれどころではないと言わんばかりに顔を青くして謝り倒していた…僕に。
「ゴメンなさい!」
「そ、そんなに謝らなくていいから。いずれ話さなきゃいけない時も来ただろうし…気にしないで、ね?」
「うぅ、シン〜…!」
何故そんなに涙ぐんで感極まっているのだろう…?
「おうなんだ!やっぱソウマもこっち来てたのかよ!食ってるかシン!」
「うわ、うるさいのが来た。」
…あっという間に涙が引っ込んだな。
「うるさいのとはなんだってんだよ!シンのことベラベラ喋りまくってるお前には言われたくねーっての!」
「うぐっ…な、なんであんたがそれを…。」
確かに、何故それをアサヒが知って…?
「そりゃどこの席も君達2人の話題一色だしね。」
……は?
「んでダチの俺にも質問ばっか。」
「流石に疲れて避難しにきたんだよ」と持ってきた椅子にドカッと座り込んだアサヒと、「右に同じく」と苦笑して頷いたソウマ。
ヒカリは分かるが何故僕まで…?
「シンは分かるけどなんで私も?」
いや逆でしょ。
「…貴女、本気で言ってますの?光属性となると、それだけで注目されるのは当たり前ですわ。」
「……対抗戦、で…結果も、出したし、当たり前の…話、だと思う。」
加えて、彼女自身の人柄や容姿も拍車をかけていると見ていいだろう。
「?…そうなの?」
ヒカリからの確かめるような眼差しと、その他からの「教えなかったのか?」と言いたげな視線が僕に向けられる。無論、光属性が非常に稀有であるという一般常識は教えてある。…が、特別意識や不安を植え付けかねないことは伝えていない。
「…変なプレッシャーになって悪影響が出る可能性があったからね。」
「そういう理由なら分からなくはありませんが…ですが、これからは貴重な光属性のスピリットを宿す身として、自覚もそうですが危機感もお持ちになった方がいいですわよ。」
「あー、確かに。光属性ってだけで色んな意味で注目されるだろうし…言っちゃなんだけど狙われることだってあるかもだしさ。あんたぽやーってしてる節あるし、気をつけなよ?」
「あ…うん。」
…目尻を下げたヒカリの脳裏に、入学式当日…校門での光景が過っているのは一目で分かった。けれども、どうすればその不安を晴らすことができるのか…未然に防ぐことの出来なかった自分には思い浮かばない。
「その辺りはゼスト博士も注意してると思うし、そこまで深刻にならなくていいんじゃないかな。」
「それにどうせ今だけだろーしな!すぐに俺の方が注目されっだろーし!」
流石ソウマとアサヒと言うべきか。咄嗟にフォロー出来る2人には本当に助けられる。
『なら2人を見習って一つくらい気の利いたこと言いなよ。───大丈夫、僕がヒカリを護るよ(キリッ)、とかさ。ヘイヘイ、マスターの格好いいとこ見せてみなムグゥ!?』
少なくとも咀嚼し終えるまでは静かになるだろう。
……何やら期待のこもった視線が四方八方…特に左隣の少女から向けられている気がするが、気のせいだと判断しコーヒーを口に含む。…頬を膨らませても言わないからね?アサヒやソウマならともかく、僕なんかが言ったところで意味はないし何より君自身に対して失礼でしょ。
無論、博士から依頼を受けているので尽力するつもりではあるが。
「あはは…まあ実際シンと一緒にいれば、そうちょっかいかけられることはないと思うよ。色んな意味で。」
いや、そんな保証はどこにも無─
「あ、なら大丈夫!私とシンは───ずっと一緒って約束したもんっ!」
───二度に渡りコーヒーを吹き出さなかった自分を褒めたい。
満面の笑顔で言葉の爆弾を投下した少女に周囲がフリーズし…その後色々問い詰められたのは当たり前の話であった。
to be continued