25話 今だけは
激音が響き、続いて轟音が木霊した。
激音はウィズによる“ブーストストライク”がケラウスに直撃した際の音。
轟音はフィールド外に吹き飛んだケラウスがアリーナのフェンスに叩きつけられた際の音。
「『…………………。」』
しん…と静まり返った空気の下、ウィズと共に横たわる黄色のスピリットを見据える。
無論、相手の依り代の存在も忘れない。何かしらのスキルを使ってこないか、細心の注意を払い───ミッドサイオン先輩の左右の手が力無く上げられた。
「───参った。完敗だわ。」
ケラウスは、静かにその姿を消していった。
「………………っ!シングルス4───勝者!い、一年一組Dチーム!シン・クオーレ!よって一回戦第十六試合は、三対二で一年一組Dチームの勝利とします!!」
…アリーナ中に聞こえたコールを頭の中で復唱すること三度。及び大型ディスプレイに表示された自身及びチームの勝利を示す表示を確認すること五度。漸く、緊張の糸を切り、天井を見上げて大きく息を吐く。
『お疲れ。』
「ウィズもね。ありがとう。」
一斉に四方八方から聞こえてきた歓声や響めきがアリーナを震わせる中、肩に飛び乗ってきたウィズの首元を撫で…試合を思い返す。…うん、ダブルス以上に綱渡りの連続で今になってどっと冷や汗が噴き出してきた。久方ぶりのフィールドに出ての攻防は運が良かった場面がいくつもあったし…修正しなければならない点がまだまだ多い。
…ただ、それでも…なんとかなってよかった。
彼女達の信頼に…少しは応えることが出来ただろうか?
…と、思い耽るのはあとにして…今はまず苦笑しながら歩み寄ってきたミッドサイオン先輩と試合後の握手と礼を…
『───あ。』
「?…どうしたのウィズ?後ろに何か───ってちょっ…!?」
ドタバタと後ろから近づいてくる足音に気づくことが出来た時にはもう…三つの人影が覆い被さるかのようにダイブしてきていた。いくらなんでもこの完全に不意をつかれたこのタイミングで、かわすことや防ぐことは不可能。試合はもう終わったにも関わらず予想外の攻撃?をまともに受けることとなった。加えて、少女一名、少年二名…計三名の人間の重みを耐えることは難しく、なんとか受け身を取ることは出来たもののフィールドに四人揃って倒れ込む。
いやいやいや、何しているの君た
「スゴいスゴいスゴいスゴいスゴいスゴいスゴぉい!!スゴいよシン!!ホントにホントにホンットにスッゴいよ!!勝った勝った勝った勝った勝ったぁっ!!シンが勝ったぁぁあっ!!!いやったーーーっ!!!」
「う、うん…まぐれだけど、なんとか。それよりヒカリ、あまり引っ付かれると─」
「どこがマグレだっての!マジスッゲーよお前!!スゲェスゲェスッゲーよ!!なんつーかスッゲーよ!!よくやった!!感動したぞ俺は!!」
「あ…ありがとうアサヒ。けどそんなにバシバシ叩かれると痛─」
「二人とも語彙力が底辺まで落ちてるって言いたいけど今回ばかりは本当に凄いとしか言いようがないよシン!!勝ったんだ!!史上初勝利でしかもあの十席集に君は勝ったんだよ!!」
「ソウマ、少し落ち着こ─」
「ホントにホントにおめでとう!!あとねっスゥッッゴいカッコよかった!!」
…全く聞いてないな三人共。特にヒカリは少し前に羞恥に震えていたのをもう忘れたのか…?待たされている審判の先生が困っているから。…観客席は物凄く盛り上がっているけど。
結局十分弱もの間三人に手厚くわちゃわちゃされ…試合の幕が正式に降ろされたのはそれからのこと。
…未だに冷めぬ歓声の下、金髪に黒メッシュ、派手な耳ピアスが特徴的な先輩と握手及び「ありがとうございました」と一礼。反転して喜び合う皆の下へ戻…ろうとした際、まだ何か言いたげな彼の視線に気づく。
「…えっと…本当に、お相手していただきありがとうございました。」
「……こっちの台詞だっての。次は負けねーからな。」
出来れば次なんて無い方が助かるのですが、などと…まるで獲物を見つけたような獰猛な笑顔を浮かべる先輩相手にはとても言えず、引きつった苦笑をするしかなかった。なお、ウィズはバッチコイと言わんばかりの表情であった。
そんなこんなで漸くフィールドを出て、和気藹々と盛り上がり、最高潮真っ只中と傍から見ても一目瞭然であるクラスメイト達が集まる場へ足を到着させることが出来た。白星を上げたヒカリやエストワールさん、同チームのテルマーサさんにアリーセさんがその中心で笑顔を咲かせていることが離れていても分かる。
『よかったね。』
「ああ。」
色々あったが本当によかった。これでもう─
「何勝利の立役者が我関せずでいるのですか。」
…これでも一応、水を差さないよう気配を隠して戻ってきたつもりだったのですが…?
「君も早く輪に加わって揉みくちゃにされて来てはいかがですか?」
「…もう既に揉みくちゃにされたので。」
いや、嬉しかったのは確かだけれど。
「はっはっは。しかし、いやはや驚きました。まさかオールラウンダーだったとは。」
「…僕のはただの小細工の掻き集めですよ。」
王道で競うことから逃げ、邪道で戦う卑怯者に過ぎないのだから。
「それより、試合中にとんでもない嘘を教えていませんでしたか?」
依り代としての技量は僕がが上回っているとかなんとか。
「…いえいえ、これでも教師ですから嘘を教えたりなどしませんよ。ちゃんとマナのコントロール精度等を加味した上で事実を伝えているつもりです。」
「……………。」
『…やっぱ気づいてたんだ。』
「信じるか信じないかは生徒次第ですし、君自身認めはしないのでしょうけどねぇ」と眼鏡をかけ直した担任は言葉を付け足し、小さく微笑んだ。
「まあ何はともあれ…お疲れ様でした。それに彼女の件も、本当にありがとうございました。」
「…いえ、こちらこそ…自分も彼女も、先生には本当に助けられました。ありがとうございます。」
施設の利用を始め、今日も助言をくれる等…明らかに他生徒に比べ贔屓して貰った。相変わらず読めないし計り知れない人物ではあるが、心から感謝している。
「今後とも、ご指導の程宜しくお願いします。」
「でしたら早速…フィールセンティさん、クオーレ君戻ってきましたよー。」
え゛?
「あっ!ちょっとゴメン!…シンお帰り!」
輪の中心から抜け出してまで駆け寄って来た彼女。同時に皆も僕の存在に気づき、視線が集まる。
「さっきも言ったけどホントスゴかったしカッコよかった!おめでとう!」
「そ、そんなことないけど…それでも、約束を守ることが出来てよかったよ。」
「えへへ、私もずっと信じてたっ。」
「クスッ…ありがとう。」
せっかく、漸く皆と交友を深めていたのにも関わらず、態々こちらに来て…満面の笑顔を浮かべてくれる彼女に対し申し訳なく感じつつも…嬉しくて、自然と頰が緩んだ。
「あ、でもフィールドに飛び出してっちゃった時はホントに心配したんだからね?最後電気をバチーって払ってたし…。痛くない?」
「…うん。問題な─「嘘を教えてはいけませんよ。」っ…。」
気配もなく近づいてきた担任により手に取られ、若干圧迫された右手に鋭い痛みが走る。…表情に出てしまったのか、ヒカリの顔色が青ざめた。
「きゅ、救急車…!」
「『いや大袈裟すぎるから。』」
思わずウィズと一緒にツッコむ。
「本当に心配いらないから。大したものじゃ全然ないよ。」
もっと技量が高ければダメージを抑えられたはずが…やはりまだまだ未熟である。
「ふむ…もう既にマナを集中的に右手に集めて回復力を高めていますね。これなら小一時間もすれば痛みも完全に引くでしょうが…念の為患部を冷やしておきましょう。フィールセンティさん、彼から預かったハンカチを持っていますね?右手に巻いてあげて下さい。その状態で水で濡らして冷やしましょう。」
「は、はい!」
そこまでしなくても…と告げる前にシングルス3にて手渡した白いハンカチを急いで取り出すヒカリ。流石にやって貰うのは気が引けるので「自分でやるよ」と言ったものの「ダメ!大人しくしてて!」と一喝され断念。…優しく丁寧にハンカチが巻かれた。
「ごめん…ありがとう。」
「謝らなくていいのっ。ほら水道場に行─「ボルク。」え?」
ぱちゃっ…と、ハンカチを巻いた右手に降りかかる冷水。…非常にひんやりしており、痛みが引いていくのが分かった。
「一々冷やしに行くなんてナンセンスだよ。これで行かなくていいだろ。」
「あ、っと…うん…。」
サイファー君に憑く水属性スピリットが生み出した水だったのか。
「………シン。手、痛まない?余計に痛くなったりなんかしてない?念の為水道場に行こ?それから保健室も。なんか怖いよ。」
「君が僕をどう思っているのかよく分かったよフィールセンティ…!」
「あ、あはははは…大丈夫だからヒカリ。」
かくいう僕も意外な人物であるあまり思考が一瞬止まっていたのは苦笑で誤魔化しておこう。
「ありがとう、サイファー君。楽になったよ。」
「…フン。こんな怪我くらいで次の試合腑抜けられたらたまったもんじゃないだけだよ。」
?…その言い方だと、
「…二回戦も僕が出ていいの?」
先程はかなり我儘を言わせてもらったので流石に次は退くつもりだったのだが…。
「さっき半端脅してまで出たくせに今更何言ってるのさ。」
うっ。
「ご、ごめん…。」
「…無属性の謝罪なんかいらないよ。その代わり、この際マグレでも偶然でもなんでもいいから次も結果出してきなよ。」
「え、いや…だけど…」
いくらなんでもこれ以上僕が出しゃばるのは…。
「往生際が悪いですわよ。あんな試合をしておいて次は出ない、なんて許しません。…出てもらわないと困りますわ。」
テルマーサさんまで…。
加えてアサヒにソウマ、エストワールさんやアリーセさんも同意するように頷く始末。他のクラスメイトも思うところが全くないわけではなさそうだが…特に意見は出て来ず、許容してくれている様子であった。
『…初めてだね、こんなこと。』
「……そう、だね。」
だからなのか、対照的で当たり前な記憶が脳裏を過─
「えへへ、次も頑張ろうねっ、シン。」
「!…ヒカリ。」
「次こそシンとダブルス組みたいし。あっ、でも手が痛いならムリして欲しくないけど…。」
「やっぱり痛む?」と右手を掬い取って、心配そうに目尻を下げて見つめてくる少女。
……本当に、君は
「クスッ…。」
「ふぇ?どうしたの?」
「いや、…君は本当に凄いなと思って。」
「?」
きっと、いずれは彼女にも知られる。
僕が無力であることも、無価値であることも…何者かすらも分からないことも。
…けれど、
「…ダブルス組んでもいいか、聞くだけ聞いてみようか。」
「!うんっ。」
どうか、今だけは。
to be continued




