21話 出陣
『まるでお通夜だねぇ。』
「縁起でもないこと言わないの。」
Aチームの敗北から一時間弱。
その間に行われた一回戦、十一試合から十五試合は全てストレートで終了。言うまでもなく一年生チームの敗北で、だ。それも今まで以上のスピード試合。
…それだけ、十席集、八席…ラインハルト・ミッドサイオン先輩の力は衝撃的だったということだろう。例え相手チームに十席集がいなくとも、脳裏を過ってしまうほどに。
『…ま、我らがお姫様はそんな気にしてなさそうだけどね。』
「お姫様って…。…まあ、それどころじゃなさそうだし…。」
「ううー、緊張してきた〜!どうしよどうしよどうしよ〜!」
『落ち着きなさいマスター。人の字を書いて飲み込めば落ち着くってウィズが言ってたわよ。』
「う、うん。」
『あれって本当に効果あるのかな?』
「君ね…。」
…先生によれば、これから僕達が試合することになる二年二組Bチームに十席集に連なる者はいないらしい。しかし、場合によっては─
「まったく。嘆かわしいことこの上ないですわね。」
「!…テルマーサさん。」
「愚者に名を呼ばれる筋合いはありません。」
「…申し訳ない。」
あとヒカリ、ウィズ、フィア、ステイ。これ以上味方チームで仲違いしないで。
「フン…組み合わせのメンバーですが、シングルス1はわたくし、2はノゾム・アリーセ、3はヒカリ・フィールセンティ。あとは無属性同士で決めたらいいですわ。」
…僕かレミリア・エストワールさんどちらかがシングルス4に出て、シングルスに出ない方はダブルスに、か。
「どうする?エストワールさん。」
僕達から距離を取り、我関せずという様に膝を抱えて座り込んでいる彼女に問いかける。
「………興味、ない。貴方が、やればいい。」
「…分かった。シングルス4は僕が出るよ。あとはダブルスだけど…エストワールさんと─「わたくしは出るつもりはありませんので。無属性と組んで負けを晒すなど死んでもごめんですわ。」……なら、僕がダブルスも出ていいかな?」
「あら、態々無属性同士で滑稽な姿を見せてくれますの?余興としては面白そうですわね。どうせわたくし以外勝てはしないのですし、精々笑わせて下さいませ。」
…これは承諾と受け取っていいんだよね?
苦笑しつつ「構わない?」とチームメンバーを見回す。
「…意外だね。あんた、やる気なんて無いと思ってたんだけど。」
「君や皆に比べたら劣ると思うよ?アリーセさん。」
「……いいよ。正直、ダブルスは誰が出ても厳しいと思うし、好きにしなよ。」
「ん、ありがとう。エストワールさんもそれで構わない?」
「……どうでも、いい。」
「…ヒカリは─「私がシンと組みたかった。」いや、それは無理だから。」
それだとエストワールさんが出れないでしょ。
現実的に不可能なヒカリの意見は却下させてもらい、組み合わせが確定。テルマーサさんが先生を始めとしたクラスメイトらに告げる。…まあ、殆ど無反応だが。捨てチームのDチームが勝つなど誰も考えていないのだろう。
「…ほぅ、面白い組み合わせですね。」
「ええ、わたくしの勝利の後の無属性同士のダブルスは、きっと皆を笑わせてくれますわ。」
「はっはっは。…最後ですし、担任らしいことを言っておきましょうか。初勝利を期待してますよ、Dチーム。」
…本当に期待しているのか、さっぱり読めない先生である。
しかし、実際問題…
「…チームとして勝てる可能性、十分あるよねこれ。」
「どうなんだよシン。」
いよいよ一回戦最終試合である第十六試合の開始のアナウンスが迫る中、ソウマとアサヒが小声で問うてきた。
「…可能性はあると思うよ。」
あくまで可能性だが、
「クラス筆頭の実力者であるネーナ・テルマーサさんで1勝できる見込みがあるし、ヒカリは絶対に勝てる。」
「…本人メッチャあわあわしてんだけど?」
「あれくらいなら問題ないよ。問題はあと一勝をどこで取るか…。」
「いや、その1勝こそ確定でしょ。」
「…まあ、代理ルールを使ってAチームの誰かに出て貰えば確定に近いだろうけど…。」
「…大真面目に言うんだから怒れないんだよねぇ…。」
「?」
何故二人共ジト目で睨んでくるのだろう?
「これより、一回戦、第16試合!一年一組Dチーム対二年二組Bチームの試合を始めます!選手は整列して下さい!」
『シン。』
「ああ。…ヒカリ、準備はいい?」
「……うんっ、女は度胸!いこうシン!」
ウィズを肩に、フィアを腕に…2人一緒に足を踏み出して…チームメンバーらに合わせて整列し、対戦相手となる二年生達と向き合う。
男性3名、女性2名からなるチームか…。
『対してこっちは男一人と女の子4人…やったねシン、今更だけどハーレムだよ。』
小声とはいえTPOを弁えようか。
隣のヒカリが睨んできてるから。…何故か僕にだけど。
「悪いが勝たせてもらうぞ後輩?」
「…チームとしての勝利は難しいですが、後輩に負けたという傷は負ってもらいますわよ先輩?」
「はっ、何言ってる。傷なら一年前にとっくに負ってるっての。お前らもしっかり負ってけや。」
…大きく見えるのは成長期真っ只中である身体だから…だけじゃない。昨年の屈辱を払拭してきたという確固とした自信から来るオーラが、二年生達をより大きく見せている。
油断や慢心してくれているとありがたかったが、そう上手くはいかないか。
「選手、礼!」
「宜しくお願いします!」と一斉に頭を下げ、遂に一回戦、最終試合の幕が上がる。
「じゃあ…シングルス1、頑張って。」
「は?貴方に言われるまでもありません。邪魔ですのでさっさと行ってください。」
…寄り付く島もないとはこのことか。
文句を言おうとしたヒカリを引きずって、フィールド外に出る。
「…私、あいつ嫌い。」
いやだからこんなことで嫌いにならないで。
「…変な奴だねあんた。シン…だっけ?自分がネーナに嫌われてることくらい分かってるんだろ?」
「まあ…そうだね。けど、彼女には勝って欲しいから。勿論、アリーセさんにもだけど。」
チームの為に…ではなく、僕の自分勝手な願いの為に、であることは黙秘させてもらう。
「…ふぅん。てっきり自分の番まで回ってこないように、早く負けてくれとか祈ってる腰抜けかと思ってたけど、ダブルスも自分から立候補したし…もしかしてクロアが言うほど駄目な奴じゃないのかい?」
「いや、彼の言う通り─「そう!そうなの!あのナンセンス馬鹿分かってないもん!シンってホントにカッコよくて強くて優しくて!ランクだって皆よりたかふぎゅっ!?」試合も始まったし、静かにしようねヒカリ。」
「むぅぅ」とジタバタするヒカリの口を手で塞ぎ、溜息を吐く。
「あははっ、なるほどね。なんとなく分かったよ。うん、あんたはきっといい奴なんだろうね。」
そんなことは…ヒカリ、そんなコクコク頷かなくていいから。もう手を離すけど、変なこと言わないようにね?試合に集中しようね?
…試合は現状テルマーサさんが優勢。スピリットのレア度も依り代としての実力もテルマーサさんが相手─先程言葉の応酬をし合っていた二年生─を上回っている。
蝶の姿のスピリット─スーウェン─は、まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すを体現した攻めで着実に相手のスピリットを追い詰めていく。
「…むぅ。確かに、強い。」
同じレア度Aのスピリットを宿す身としてライバル意識もあるのだろう。真剣に試合を見守るヒカリ。
美しくも鮮烈なその姿に、一年生は勿論、上級生達も魅了される中…テルマーサさんは試合を決めに行く。
「これでフィニッシュですわ!スーウェン、“スィービルガスト”です!」
大きな風の塊がスーウェンの周囲に収束。相手のスピリットはこれまでのダメージによりかわすことは難しいだろう。これで勝負あ…いや、これは…。
ドゴォォォン!!…暴風が叩きつけられ、轟音と爆風が吹き荒れた。
「…ま、こんなものですわね。お疲れ様でしたスーウェ─「っまだだテルマーサさん!」…え?」
爆風で視界が遮られる中、スーウェンに一つの影が迫る。影の正体は言うまでもなく、
「っ!スーウェン逃げ─」
──────────
「…負け、ちゃった。」
あんなに優勢だったのに、ネーナのスピリット…スーウェンが二年生のスピリットに捕まって大ダメージを受けて…そのまま…。
大逆転劇に相手チームは大きく湧いて…こっちの方は言うまでもなく。戻ってきたネーナの唇を噛み締めて涙を堪える様子が、更に拍車をかけていた…。
「…アリーセさん、次、君の試合だよ。」
「あ、ああ…。」
「動揺するのは分かるけど、冷静に。君が揺らげばスピリットにも伝わる。」
「っ…分かっ、てるさ。」
シングルス2に向かうノゾムの足取りも重たい。
元々、チームとしての勝利は難しいって思ってたとしても…絶対に勝ったと思ってからの今の逆転は衝撃的すぎた。
二年生って…こんなに強いんだ…。
「っ!…何故、」
みんなどう声をかけたら分からない最中、涙交じりの声が聞こえてくる。
「何故、決まらなかったのですの…?あれを受けて、何故…ありえません…!何か、きっと何か不正を─「“防化”。」っ…!?」
…静かに、それでいて透き通るような声を割り込ませたのは、白い幻獣を右肩に乗せた状態でノゾムの試合を見守る白髪の男の子。
「ステータスを防御に振るスキルだよ。“スィービルガスト”が放たれる寸前、依り代がスピリットにかけていた。それによって、本来であれば顕現不能になったはずがダメージが抑えられ…あとはテルマーサさんが知る通りだよ。」
…そういえば、あの瞬間、シンだけがまだ勝負がついてないって分かってた様子だった。
「そんな…そんなことがっ!たかがスキル程度で私のアーツを耐えられる訳…!」
「信じるか信じないかは君次第だ。」
「他の要因もあったのかもしれないし、ただ運が悪かったのかもしれない。僕の見間違いの可能性だってあるからね」とシンは言葉を続けて…試合を見守っていた視線を彼女に向けて、ふわりと微笑みかけた。
「けれど、いい試合だったと思うよ。ナイブスはか…理事長の言った、可能性にありふれていて…皆、君とスーウェンに見惚れたんじゃないかな。」
「…!」
「僕なんかに言われても腹が立つだけだろうけど」と付け加えて、彼は視線を試合に戻した。
…あのねシン、ちょっとそこでその微笑は反則だと思うの。今まさに貴方が皆(主に女の子)を見惚れさせたの分かってる?……なんか胸がムカムカするのでシンの耳を引っ張る。ウィズも反対側を引っ張っている。グッジョブ。
『気持ちは分かるけど落ち着きなさいマスター。…そろそろ彼の出番だから。』
あ…。ノゾムの猫のようなスピリット…キットが消えていく。また負けちゃった…。
これで2敗…もう後がない。
…もし、次のダブルスも負けたら…その瞬間試合終了。
「ごめん…偉そうなこと言ったってのに、勝てなかったよ…。」
「いや、謝ることなんてないよ。お疲れ様、後は任せて。」
「あ、っ…ああ。」
帰ってきたノゾムを労わるように微笑みかけたシンはレミリアを見やる。
「行こうか、エストワールさん。」
「……ん。」
崖っぷちで迎えたダブルス…。最後になるかもしれない試合にこれから向かう二人に…誰も声をかけない。ううん、かけられない。
私も、「頑張って」って言いたいけど…プレッシャーになるだけになりそうで─
「ヒカリ。」
「っ!?ひゃ、ひゃい!?」
「───準備していて。」
「───。…うんっ!頑張って!!」
「勝ってこねーと承知しねーからな!」
「頼むよシン!」
私とアサヒとソウマ…三人からだけだけど、シンは嬉しそうに笑って、これから戦う二人の先輩が待つフィールドにレミリアと一緒に歩いていく。
「…本当、変な奴だね。準備していてって、あのダブルスに勝つ気満々じゃないか…。」
「ただ単に、相手のお二人のこと知らないだけでしょう…。」
「?ノゾムとネーナは相手の二人のこと知ってるの?」
「貴方にファーストネームを、その上呼び捨てにされる筋合いは…まあいいですわ。知っているも何も…あのダブルスは、昨年のノースダイヤ中等学校対抗戦ダブルスの部で、一年生ながらもベスト16に入ったお二人ですのよ?」
はい?
「個々人の実力は十席集には及ばないけど、とにかくスピリット同士の連携が凄くて…確実に二年生で一番強いダブルスだ。急造ダブルスでどうにかなる相手じゃないよ。」
「え…えぇーーっ!?」
どうするのシンー!?
──────────
なんかヒカリの驚声が聞こえてきたんだけど、大丈夫かな?心配になって後ろを振り返ると「相手の先輩とんでもないよ!スッゴく強いダブルスみたいだよ!」と叫んできたので「教えてくれてありがとう」と返す。
「……………余裕、だね。」
「え?いやいや、余裕なんてないよ。非常に手強いダブルスなのは見て分かったし。」
先程、試合前の握手の際に感知させてもらったが…個々の実力はラインハルト・ミッドサイオン先輩には及ばないものの、いかんせん依り代同士及びスピリット同士の相性が良い。感じ取れたマナの波長や振幅が非常に似通っていた。
特にスピリットにおいては、依り代を得る前は同じ土地に生息し、共に暮らしていた可能性が高い。スピリットを構成するマナの特色は土地や環境、時代によって変わるとされているし…あそこまでマナが似ているとなると生まれた時期も近いのかも─
『シン、研究者の思考になってるよ。』
おっと。
「?…貴方、研究者…なの?」
「…研究者見習い、ってだけだよ。」
「ふぅ、ん…。」
『…レミリア、そろそろ。』
「………ん。いつも、ごめんね…セラ。」
『謝るのは僕の方だ。』
「……無理、しないでね。」
『うん。』
『…シン。』
「ああ。宜しく、ウィズ。」
肩から飛び降りたウィズは、エストワールさんのスピリット…子犬のような体躯を持つセラと並んでフィールドに位置付いた。
相対するのは、二体の精魚タイプのスピリット…一方は水、もう一方は地属性。レア度は共にB相当。
…一度も連携を取ったことのない急造ダブルスのこちらに対して、向こうはダブルスとしての経験もあり、スピリットの相性もいい。
まともにやり合って勝てる相手ではない。
となると…今の僕が打てる手は一つ。
無属性同士のダブルスが相手ということで、これで勝負があったと判断しているのか…この団体戦の後に控える二回戦に出場する二年生や三年生が、観客席からフィールドに降りてくる。
…多くの目が見つめる中、相手チームの二年生、ヒカリ、アサヒ、ソウマの声援が聞こえる中…試合開始の宣言が鼓膜に届いた。
「───“転移”“速化”。セット、“攻化”」
『───“スマッシュ”!!』
─────ズガァアァァァン!!
『…まずは、』
「一体。」
フィールドから弾き飛ばされた衝撃で他のフィールドで数度跳ねてフェンスに激突し、姿を消していく水属性のスピリットを視認し、残る土属性の方を見据える。
「…………ぇ?」
「は、ぁ…!?」
いきなり一体が落ちたことは少なからず動揺を与えているようで、マナが大きく乱れていることが見て取れた。
「エストワールさん、相手が動揺している間に一気に勝負をつける。いくよ。」
「ぇ、ぁ、あ、あの………う、うんっ。い、いってセラ…!」
『あ、ああ!』
「ウィズ、セラに合わせて!」
『了解!ねぇねぇどんな気持ち!?いきなり相方がいなくなったのってどんな気持ち!?二体がかりになっちゃってごめんねー!けど───是非もなし!!』
己より小型で無属性とはいえ数の不利は中々覆せるものでなく、ウィズ、セラの猛攻を受けた残るスピリットも…間もなく姿を消していった。
to be continued




