18話 スタイル
「───コンバットにおける依り代の役割はスピリットへのマナの供給を第一とし、試合の状況を判断しての指示、スキル等による補助…人によってはスピリットと共にフィールドに出る場合もあります。」
「はい、その通りです。それらをどのように行うかはコンビによって様々で、スタイルと呼ばれています。では、それぞれのスタイルについて名称は分かりますか?」
「指示出しに比重を置くスタイルはコンダクター、補助をメインとしたスタイルをサポーター、依り代自身が前衛に出るスタイルについてはアタッカーと呼ばれています。また、一部トップレベルの選手はこれらを複合し、全てを行うスタイルを─」
「ああ、そこまででいいですよ。…なお、現代のコンバットにおいて、これら3つの中で最も多く用いられているスタイルはコンダクターと言われています。依り代はマナの供給と指示に徹し、アーツを主とした攻防を仕掛ける…ということですね。クオーレ君座って構いません。優秀で何よりです。」
…今日だけで指名されたの、これで十三回目なんですけど…。
───この五日間で通算五十三回だね。
一対一ならともかく、教室の中心位置でクラスメイトの視線を浴びながらとなると…いくら答えられる問題とはいえ気疲れしてくる。
しかしながら、廃棄されたとはいえ、学校の施設を一生徒が勝手に使用していることに関し黙認してもらっている身として文句は言えない。
席に座ると同時に就業を告げるチャイムが鳴り響いてくれたのがせめてもの救いだった。
「…本日はここまでにしましょう。お疲れ様でした。」
…そこで僕に視線を向けてくる自覚があるなら止めてほしいのですが。
「ああそれと、一つ皆さんに通達事項があります。ご存知の方もいるとは思いますが、今日から再来週後に例年行事の一つであるクラス対抗戦が行われます。」
入学前に配布された年間スケジュール…その始めに記載されていた催しのことだろう。
「対抗戦は基本的に全生徒参加で、各クラス、五人一組のチームを四チーム作り、クラス並びに学年隔たりのないトーナメント戦になります。チームを正式に決める時間は来週設けますが…明日、明後日の休日の間に各人考えておくように。」
皆の「はい!」と揃った返事に頷き返し、担任は「ではまた来週」と教室から出て行った。
瞬間、ワッと湧き上がる室内。誰もが興奮した様子で「誰と組む?」や「俺と組もうぜ」や「頑張ろうね」といった声が聞こえてくる。
当然、左隣の席に座る少女もそわそわしており、
「あ、あのっ、シン─「良ければ組んで欲しいんだけど、いいかな?ヒカリ。」!うんっ!」
満面の笑顔で頷き返してくれる彼女。…しかし、その胸中は表情通りではないはず。
五日という日数が経過した今日においても、彼女が暴走し、今なお危険であるという周囲の誤認識に良化の傾向が見られない。フロウ先生も僕ほどではないとはいえヒカリを指名し、優秀な生徒であることをアピールさせることで改善を図ろうとしてくれてはいるが…。
…そんな日常の中でも、唯一、彼女にとっての救いがあるとすれば、
「シン、ヒカリ!お前らも俺と組むよな!?」
「当然ぼくも組むからね。」
アサヒとソウマがこれまで通り仲良く接してくれること。
「んー、私はいいけどシンもいい?」
「勿論、宜しくね。」
「おう!言っとっけど、俺と組むからには優勝以外ねーからな!頼むぜ!」
「優勝って、簡単に言うなぁ…。」
現状、忌避的な視線を向けられる程度で済んでいるのも…レア度の高い複合属性のスピリットを宿しているアサヒと、高名な博士で学院の理事長であるナイブス博士の助手という立場のソウマが彼女を気にかけてくれているからと見ていい。二人の存在には本当に救われているだろう。
「私とシンとアサヒとソウマで四人が決まって…あと一人は誰なの?」
「あー…誰にすっかなぁ。」
「来週決めればいいんじゃない?」
「…そうすっか。慌てることねーしな!」
…まさか、アサヒの口からその言葉が出るとは…。ヒカリ、ソウマ共に「お前が言うな」的な眼差しが凄い。
「今はとにかく特訓だ!つか、お前らもいい加減アリーナに来いよ!」
「…言ったでしょ?秘密特訓中なの私達は。」
「だから何処でだよ!?」
「邪魔しに来るに決まってるから絶対言わなーいっ。シン行こっ?」
「あ、ああ。じゃあ…また来週─「シン。ヒカリのこと、宜しくね。」…うん。」
「なんなんだよー!」と叫ぶアサヒはなんとも言えないが、ソウマは気づいている様子。しかしながら、肝心のヒカリが二人には心配かけたくないのか知らせたくないとのことで…ソウマもそれを察しているようで特に何かを聞いてくることはない。この辺りは彼女にとって彼らは友人であると同時にライバルでもあることも起因しているのかもしれないが…。
…僕?僕なんかが彼女のライバルになどなれるわけがないでしょ。現状では僕らの方が彼女らより上なのかもしれないが、そもそもスタート時期が五年も違う。才能という点で見た場合、僕は彼女達の足下にも及ばない。月とスッポン以上の差と認識している。
加えて彼女は経験を身につけていく速度も半端ではない。
「フィア!“プロテクション”で防いでから“セイントフラッシュ”!」
地面の床から成る眼前のフィールドにて、エレメントから放出された灼熱を光の防壁で易々と防ぎ切ったスピリットは、間髪入れず聖なる光波を撃ち込みエレメントを消失させた。
「いえーいっ!だいっしょーり!」
クルッと一回転し、端末を操作していた僕に向かってVサインを決めるヒカリ。コンバット中の凛々しい姿と打って変わり、なんというか子供っぽいというか可愛らしいというか。
そのギャップに苦笑しつつ、駆け寄ってきた彼女とフィアに「お疲れ様」と声をかけ、用意していたドリンクを手渡し水分補給を促す。
「えへへ、ありがと。」
圧勝だったとはいえ、エレメントとの試合三セットはそれなりに疲れたのか500mlあったドリンクの約半分がその喉を通過していった。
「ぷぅっ、なんとか安定して勝てるようになってきたねフィア。」
『ええ。最初はどうなることかと思ったけど…。』
どこか遠い目をするフィアの脳裏に蘇っているのは四日前のことだろう。
初日の時点でフィールドは復旧、使用可能となり、模擬戦を行うための機能として備わっているエレメントを発生させる機能も復旧出来たものの、やはり旧式。エレメントの行動パターン等のプログラムは単純で、入学試験で相手となったエレメントのレベルには届かないものしか発生出来なかった。
僕らが相手をすることも可能だが…無属性である僕らでは多彩なアーツを含んだ攻防は出来ず、レア度が高く属性を有するスピリットを使役する学生の多い今後の学院生活における参考にはならないと判断。
なので…
「最初にシンがプログラムしたエレメント、スッゴく強かったもんね…一分持たなかったし…。」
『様子を見にきたあの担任も珍しく驚いていたものね…。』
ヒカリとフィアの瞳から光沢が消えたのだけれど…。
『言っとくけどあれでもそれなりに加減してると思うよ?』
『…じゃあ今まで私達が勝ったのって…』
『まだまだってこ─』
「ウィズ、次は君の番だよ。ほらゴー。」
エレメントの行動プログラムは現状組める最大限のもので…出現数も七体にして、属性は光属性以外でいいか。
『え、ちょっ…七体同時とか聞いて───っぶなぁぁっ!?』
ちっ、かわしたか。
『マスター!マスター!!これは厳しいって!指示!指示と補助プリーズ─「プログラムの製作者が手を出したら訓練の意味がないでしょ。」マスタァァァ!!』
断末魔のような叫びと爆音が同時に木霊したが無視。
「ウィズが妙なこと言ったけど気にする必要ないから。君達は十分強いよ。」
「う、うん、ありがと…。それよりウィズが─『ごめん!ごめんってば!ヒカリとフィアがすっごく頑張ってることは分かってるから!!だからヘルプマスタァァ!!』シ、シン…!」
『もういいから助けてあげて。流石に哀れに思えてきたわ。』
まったく…。
「…ヒカリとフィアに感謝しなよウィズ。“転移”。」
──────────
溜め息をついたシンが「転移」と口にした瞬間、フィールドの中央でエレメント達の猛攻を受けていたウィズの姿が消えて…ボックス近くに現れた。
「今のってスキル?」って聞こうとしたけど、既にシンはウィズに指示を出す為にボックスに向かい始めていて、「動きを止めるよ。拡散、“ブレス”」と迷いなく指示を出す彼の邪魔をするわけにはいかず、フィアを抱いて彼らのコンバットを見守ることにする。
一瞬の溜めの後、ウィズの口からマナの砲撃が撃ち出される。ただ、前にアサヒとソウマ相手にやったのとは違って、広範囲に広がるような感じ。
エレメント全員に当たって動きは止まったけど、威力は薄いのかあんまりダメージは無い様子。だけど、ボックスに着いたシンにとってはそれで十分だったみたいで…
「“速化”!ウィズ、水属性!」
『了解!足止め宜しく!」
速さが上がったウィズはあっという間に水を纏ったエレメントに切迫して、尾を叩きつけた。そのまま追撃をかけていくウィズに他の六体がウィズに攻撃しようとしたけど、シンの“弾”に全て妨害されて、その間にウィズの猛攻で水属性のエレメントは顕現不能。
「次、土属性!セット!」
『“スラッシュ”!!』
マナを纏った爪の斬撃が土属性のエレメントに炸裂して、エレメントは一撃で消失。これで残り五体。
「“虚”。」
間髪入れずにシンは実態の無い分身を作り出すスキル“虚”を発動。フィールドに複数のウィズが出現し、本物がどれなのか私は勿論、エレメントにも分からないらしく…攻撃対象をどうするか迷ってるみたいだった。
その隙をこのコンビが逃すはずもなくて…
「“弾”!」
『“ブレス”!』
氷属性、
「“攻化”!」
『せあぁっ!!』
闇属性のエレメントが撃沈。残り三体。
『シン!』
「“縛-ばく-”!」
分身ウィズの撹乱で一箇所に集まり気味だったエレメント達の周囲に光のフープが出現して…一気に収束、エレメント達の動きを封じるかのように縛り上げた。…これもシンのスキル、なんだよね?
「セット、“ブースト─」
『───ストライク”!!』
ソウマのヒスイを沈めたウィズの決め技的アーツ…“ブーストストライク”。分厚いマナの鎧を纏って突っ込んでくるウィズに対して、シンのスキルで動くことのできないエレメント達に為す術なんて無かった。
やっぱりシンってスゴ───え?全然スゴくない?いやいやどう見てもスゴいから。…勘違いしてる?いやいやい─え?今日の夕ご飯はシンが作ってくれるの?前に約束した通り料理教えてもくれるって?わーいっ!
───翌日
今日の土曜日は授業はないから朝からいつものように…というほどこの学院で過ごしたわけじゃないけど、シンが復旧してくれたフィールドで一日中コンバットの練習に次ぐ練習…とはならず、午前中で「ここまでにしようか」と切り上げることになった。
因みに、昨日シンとウィズがやったのと同じことやってみたけど、3分保たなかった。やっぱりシンってスゴ─ふぇ?ヒカリさえ良ければ午後から校内回ってみる?手作りのお弁当もある?───行く行く!
シャワーを浴びてから桜の下でお昼を一緒に食べて、学院内を楽しくお喋りしながら一緒に歩いて───ハッと思い出す。そうだ、シンに言いたいことがあったんだった─え?図書館?いいけど…って!もう流されないからね!ちょっとシン聞いてるの!?待ちなさい!
学院内にある大図書館でそれぞれ読みたい本を取って席に着いたのは、午後三時半を少し回ってからだった。生徒の姿はあまりない。
ついでに言うと私が持ってきたのは今話題の恋愛小説でシンは…「ノースダイヤ考古学Ⅱ」とか書かれた…鈍器のような厚さの本。…スッゴい真剣な目で、研究者っぽい…あ、実際研究者なんだった。……綺麗な銀色の瞳なのは分かってたけど、睫毛とか結構長くて…カッコい───じゃないて!今はそうじゃなくて!カッコいいけど!見てたいけど!ってか席に着いてからもう一時間経っちゃったけど!小説全然読めてないんだけど!…もう小説は借りてこ。
今の私はそう───ぶっちゃけちょっと不機嫌でシンに言わなければならないことがあるのだ。
「…絶対スゴい。」
「凄くない。」
「スゴいっ。」
「凄くない。」
「スゴい…!」
「凄くない。」
「スゴ─「くない。」っ〜〜!もおっ!スゴいの!シンはスゴいのっ!とってもスゴいんだってば!」
思わずテーブルをガンっと叩く。なんで分かって─え?ほとんど人が残ってないとはいえ図書館は静かに?教室で君の後席の女の子が睨んでいる?……謝ってくる。……………くっ、だから図書館に入ったのねこの策士!いいもん、レミリアも小声なら構わないって言ってくれたし………これから借り出す本見繕ってくる?それにそろそろ図書館が閉まるからこの話はまた今度?ハリアップ!!あと、図書館が閉まっても問題なし!寮のシンの部屋に行くから!!
一分後。場面はシンの部屋…でなく変わらず図書館だけど、周囲に人がいないコーナーでシンは借り出す本を見繕いながら溜め息をついて話を切り出した。私的にはゆっくり話をする為シンか私の部屋でもよかったんだけど。まあ、ここで決着がつかなかったら私かシンの部屋でお話しさせてもらうけど。
「何度も言ったけど、あれは僕が作ったプログラム通りの思考を持ったエレメントなんだから、僕が遅れを取らなかったのは攻略法を隅々まで知っているが故になんだよ。」
「でも一対七だよ?」
「関係ないよ。…とはいえ、攻略法を知っていて指示することが出来たとしてもそれを実行出来るかは別。故に僕の指示についてきてくれたウィズが凄いのは認めているよ。」
棚から取り出した「ノースダイヤにおけるスピリットの生態〜第十五版〜」と題名の書かれた分厚い本を、パラパラめくりながら細かく羅列された文章を目で追うシン。試しに手元を覗き込んでみたけど、小難しい文章だけでなくグラフとか数式が羅列されててさっぱり意味が分からない。…このコーナーは科学関係な上、中でもこの一角の棚に納められているのは研究本ばかりなので当たり前といえば当たり前か。
「…そりゃ、ウィズがスゴいのも勿論だけど、シンだっていっぱいスキル使ってウィズを助けてたじゃない。」
あ、ゼスト博士が書いた本もあるんだ。アーカム博士のもいくつかあるし…やっぱり二人とも高名な研究者な───んんっ!?
『スキルを多く使えるからってのはともかく、マナのコントロールや状況の判断力とかの点に関しては、シンの実力は高いよ。』
「!だ、だよねっ。」
『けど、シンのスタイルを今のヒカリが真似するのは絶対駄目。危ないし。』
「え?なんで?」
私にとってシンは目標とか憧れだし、真似する気満々だったんだけど。
「…僕がスキルを多用するから誤解しているようだけど、スキルはあくまで補助的技能であり、アーツに比べて効果が薄い…謂わばマイナーに分類される技術だ。フロウ先生も言っていたようにスキルをメインとするサポートスタイルより、指示に徹してアーツを多用するコンダクタースタイルが多いのはそれ所以だよ。」
「で、でもスキルを覚えておいて損は無いでしょ?」
「勿論、反対はしない。状況によっては不意をつけるし、コンダクターをメインスタイルにしつつスキルを使う人も多くいる。けれど、光属性の君らの場合、能力向上や回復を始めとする、効果の高い補助系のアーツが使えるから、現段階ではスキルを使う必要性は薄いと思う。」
「繰り返すけど、スキルを覚えること自体は反対しないよ」とシンは手に取っていた本を閉じ、私に向き直って言葉を連ねる。
「ただ、僕のスタイルが凄いと思うことは間違い、ということは理解してほしい。僕のやり方は…小手先頼りの邪道で伸び代がなく…世間に受け入れられないものだ。光属性で素質のある君には向かない。君は君らなりスタイルを…王道を貫いてほしい。」
「………………。」
…そっか。今までシンが私に何度スゴいって言われても否定してたのって、彼自身が謙虚というだけじゃなくて…
『マスターのことを心配してくれてたのね。』
ホントに、優しすぎるくらい優しい人なんだから…。
「……ん…シンが私のことを考えてくれてるってことは分かった。私は私なりのスタイルを見つけなきゃってことも。」
「うん─「それでも、」…?」
「湖でも言ったけど…私がシンのことスゴいって、憧れてるんだってことは分かってほしいの。そのままマネはしないから、せめて、参考にしちゃダメ…?」
二冊の本を抱えて、懇願するようにシンを見つめる…と、彼は少し目を見開いて、ふわりと優しく微笑んでくれた。
「クスッ。参考程度ならいくらでも。…とはいえ、参考になる部分なんてないかもだけど。」
「えへへ、そんなことないもん。」
見習うところも教えてほしいことも沢山ある。コンバットのことだけでなく、スピリットとの付き合い方も、勉強も…シン自身のことも。そして、
「さて、もう図書館閉まるし借りたい本借りて帰ろう。…僕は決まったけど、ヒカリは決まった?」
「うん、この小説と…これにするっ。」
『?マスター、これ研究書……え。』
『あ。』
「──────。」
表紙と背表紙に大きく「セリア遺跡に記された碑文と考察」ってタイトルと、その下に小さく「シン・クオーレ」って著者名が書かれてる本を見せると、目の前の一字一句同性同名の少年はピシリと固まった。
もう図書館閉まるし、続きはシンの部屋で聞かせてね?
to be continued