16話 ヴァイス学院
4月…それは俗に春と呼ばれる季節の月であり、年始である1月とは違う新たな始まりの月。
満開となり、一部ひらひらと花弁を散らす桜が美しく…思わず足が止まった。
僕もまた、今日から新たなスタートを切る者の1人。
6年間お世話となった初等部から離れ、本日から中等部へと通うことになる。それも、これまで在籍していた初等部とは異なる国の中等部に。
ヴァイス学院…白亜の城を彷彿させる巨大な建設物を有するこの学院の中等部にて、これから3年間お世話になるわけだ。
「シンー!早く早くー!置いてっちゃうよーっ!」
興奮を抑えきれず校門まで駆け出していった青みを帯びた黒髪の少女と共に。
『白いブラウスにオフホワイトのベスト。下はモノクロチェックのプリーツスカート。んでもって白を基調としたフード付きローブを羽織った洒落乙な美少女が桜舞う校門で手を振って呼びかけてくれる…遂に青春の始まりだねシン!』
「何を言っているの君は…?」
ただ単に指定制服を着たヒカリが僕らを待ってくれているだけではないか。
「はぁ…これから入学式なんだから流石に内に居てよ?あと授業中も。」
『はいはい、っと。』
まったく、ノースダイヤに来てからというものウィズの意図の読めない物言いが増えたような気がす─
───実際どうなの?制服姿可愛いとか思わないの?
…体内に戻ったら戻ったで、僕にしか聞こえないのをいいことに意図の読めない物言いに拍車がかかるだけであったか…。溜息をもう一つ吐き出し、心の声を吐露する。
シークを経つ際に彼女に告げたように似合っていると思うよ。君も聞いていたじゃない。
僕の格好とて彼女と異なるのはブラウスがカッターシャツであることとスカートがズボンであることだけの筈だが…正直違和感しかない。彼女はああも絵になっているということは…つまりそういうことである。
実際、校門で大きく手を振って呼びかけてくる彼女は、周囲の生徒達─特に男子生徒─の目を非常に惹きつけており、立ち止まる者までいる始末。
───可愛いって言ってあげればいいのに。
あのね…僕が言っても意味ないでしょ。下手をすればセクハラ案件だよそれ。
…というか、彼女に近づく僕にも視線が集まってくるのだが…。
「急がないと入学式始まっちゃうよ!ほら、行こ行こ!」
挙句、手を握られて入学式が行われる会場まで連行されることとなり、道中浴びせられた視線の中には殺気染みたものまで感じられ…入学初日から胃痛薬を飲むことを本気で考える羽目となった。
「改めて、皆さんご入学おめでとうございます。初等部から引き続き我が校に通う皆さんも、中等部から通うことになる皆さんもこれから栄誉あるヴァイス学院の一員として─」
───で、真面目な話をするけど、
今現在進行形で入学式という真面目な礼式の真面目な話の真っ只中なのだけれど?
───そんなのいいから。この間の話の続き…ソウマにはシン達が同じクラスになった理由は伝えられてない、でいいんだっけ?
みたいだよ。元々僕にもそこまで伝えるつもりは無かったようだし、あくまで僕達が同クラスとされたのも念の為。杞憂で終わる場合もある…というかそちらの方が可能性が高いのだから、不用意に不安を煽ることを言うのは好ましくないのだろうね。
「皆さんもご存知の通り現在ノースダイヤには12校のスピリット専門校が存在し、我がヴァイスもその中の一校であり─」
───同じ理由でヒカリ本人やアサヒにも教えない、と。
ウィズは反対?
───いんや。あんなに学生生活楽しみにしてるんだし…何より、知らなくていいんだったら知らないに越したことはないでしょ。
…そうだね。
「残念ながら対抗戦では近年他校に遅れをとっていますが、ゼスト・ナイブス新理事長を始めとする新体制の下、皆さんも力を出しきり、ノースダイヤの頂点という我が校の悲願を─」
───一応言っとくけど、シンも学生生活楽しまなきゃダメだからね?
…分かっているよ。ナイブス博士からも第一は自分の学生生活を考えてくれと言われているし…それに、気をつけ過ぎて彼女達に悟られては目も当てられない。
従って、当面の僕らの方針は「学園生活を楽しみつつ、彼女達に悟られない程度に気にかける」…という感じとなる。
───り。
いや「り」って…。
「新入生挨拶。新入生代表、ソウマ・ケントレッジ君。」
「はい。」
っと、ソウマによる代表挨拶か。
「…若い草の芽も伸び、桜の咲き始める、春が訪れた今日、私たちはこのヴァイス学院中等部の新一年生として入学しました。中等部の校舎を始めとする施設を見て、初等部の気分も一新し、今日から中等部なんだという実感が湧いてきました。」
流石、ナイブス博士の助手ともあって場慣れしている。注目の集まる公の場にも関わらず堂々とした様ではきはきと言葉が紡がれていく。
「いよいよ中等部学生としての生活が始まります。時には苦しいことや迷うことがあるかもしれません。でも、私達は強い心で乗り切り、何事にも積極的に努力していきたいと思っています。新入生一同精一杯頑張りますので、先生方、先輩方、これから三年間宜しくお願いします。新入生代表、ソウマ・ケントレッジ。」
一礼を合図に万雷の拍手が鳴り渡る。
───楽しもうね、シン。
ああ。
入学式を終え、会場を出た生徒達が次に案内されたのはそれぞれのクラスルーム…言い換えると教室。黒板前には教卓が鎮座し、学習机が縦4列×横5列…計20個、均一な間隔で並べられており、誰がどこ席に座るのか分かるよう机にネームプレートが置かれていた。…どうやら縦列は男子列と女子列が交互になっている様子。
僕の席は……ここか。廊下側と逆側…窓際の列を1列目とすると3列目、前からも3列目と…教室のほぼど真ん中に当たる席であった。
───文字通りクラスの中心だね。
席の場所だけね。出来ればソウマのように黒板が見やすい最前列が良かったけど…。
───大体はアサヒみたく窓際の一番後ろとかを望んでるんだろうけどね。
「あっ、シン隣なんだ。やった、入学初めからついてるかもっ。」
…窓側から2列目、前から3列目の席に記されたネームプレートに記載された名は「ヒカリ・フィールセンティ」。
───マジか。
僕から見て左隣の席にニコニコ笑いながら着席したアメジスト色の瞳の少女は、どう見てもヒカリであった。
「えへへ、よろしくね。」
「あ、ああ…こちらこそ。」
───仕組まれた?
…偶然だと思…いたいが、教卓に立つウェーブのかかった青髪と眼鏡を特徴とする男性の何かしら含んだ笑みを見ると断言出来なくなってしまう。
僕からすれば博士からの頼み事のことを考えると都合がいいが、彼女の気持ちを考えればアサヒやソウマの近くが良かったのではないだろうか?
「初めまして皆さん。今年度より赴任し、この一年一組の担任になりましたフロウ・エスパーダといいます。見ての通り他のクラスの先生方に比べて若輩者ですのでご迷惑かけることもあるとは思いますが…まあ、皆さん優秀なのでなんとかなるでしょう。これから1年間宜しくお願い致します。」
───自分が若輩者とかぼくらが優秀とか絶対思ってないよねあれ。
それだけ自信…加えて実力もあるのだろう。でなければ隣の少女が所属するこのクラスの担任を任されるはずがない。
「さて、私のことはこの程度にして…定番ですが皆さんの自己紹介といきましょうか。早く顔と名前を一致させた方がいいでしょうしね。」
やはりノースダイヤにおいても、クラスが一新された際に最初に行われるのはこれのようだ。
「窓際の方からいきましょうか。とりあえず名前を言ってもらって…あとは自由で。」
───適当か。
いいんじゃない?そちらの方が個性も掴めるだろうし。
とはいえ…
「トップバッターかよ…。えっと、初等部からの付き合いのやつもいるけど改めて、テル・マッケンジーっす。あーと…、スピリット出してもいいんすか先生?」
「ええ、構いませんよ。」
「おっし。…で、こいつが俺のスピリットのノア。属性は地でレア度はB。三度目の飯よりコンバットが好きなんで放課後とかいつでも挑戦受付中っす。一年間宜しく。」
トップバッター─マッケンジー君─が語ったようにスピリットに関することが主になるだろうけど。
「僕はセイ・クロスロード。学院には中等部から推薦で入ることになりました。スピリットは火属性でC+レアのレッカ。ここで少しでも高いランクになれるよう頑張りたいと思っています。宜しくお願いします。」
…とりあえずスピリットの名前と属性、レア度は言う流れかな。
3人目、4人目からも同様の内容が主に語られる。
───でもそうなると、
「俺、アサヒ・ヴィレイズ!夢は最強のスピリット使いだ!で、こいつが俺のスピリットの、」
『ライカだ。』
「属性は火と雷でレア度は…なんだっけ?」
『B+な、忘れんなマスター。』
「わりぃわりぃ。あ、俺もいつでもコンバット受付中だから!宜しくな!」
拍手と共に一際騒ぎ立つ教室。
───ま、こうなるよね。
やはり、複合属性は学院全体で見ても珍しいと言うことか。無論、隣の少女はそれ以上であろうが。
「は、初めましてエル・ハラルオンっていいます。スピリットの名前はコロンっていって、水属性のCです。な、仲良くしてください。宜しくお願いします。」
「中等部からの人達は初めましてだね。あたしはノゾム・アリーセ。で、この子があたしのスピリット、キットさ。雷属性でレア度はC+ってとこ。学校のこととかで分からないことがあったらとりあえずあたしに聞いてよ。一年間宜しくね。」
…いよいよか。フィアを顕現させ、少しばかり緊張した面で立席した彼女は一度深呼吸をして、「初めまして」と言葉を紡いだ。
「ヒカリ・フィールセンティです。この子はフィアっていいます。属性は光で─「え、光…!?」ふぇ?あ、はい。えと…レア度はA、らしいです。」
今まで以上に…下手すれば他クラスへ聞こえるほどに室内が騒めき立った。希少性でなら最高の属性なのだから当然である。
…しかし、
「じゃあ、あの子があの…」
「儀式で暴走したってやつ…?」
「マジ?それって危険なんじゃ─【ガシャン!】っ!?」
「…すみません。筆記用具を落としてしまいました。」
正確には「落としました」であるが。
「いえいえ、気をつけてくださいねクオーレ君。フィールセンティさん、続きを。」
「は、はい。その…まだ分かんないことばかりだけどフィアと一緒に一生懸命頑張りたいって思っています。宜しくお願いします。」
頭を下げた後「ふぅ」と息を吐きながら着席した彼女に「大丈夫?」と小声をかけると「うんっ」と笑顔が返ってきた。
「それと、ありがと。」
「…別に、僕は何も。」
「ふふっ。」
『シン、マスターのことお願い。』
「ああ。」
───儀式で暴走したのが光属性だってこと、知られているようだね。
…………………。
「……レミリア・エストワール…。スピリットはセラ…無属性、レア度はD…です。宜しく。」
「わたしはサナ・フローライト。契約しているスピリットはレア度B+の水属性、名前はスイクウ。誰にも負けるつもりはないから。宜しく。」
───暴走が大事になる前に止められてればって思ってるでしょ?
…いけない?
「っと、ぼくの番か。中等部からお世話になります、ソウマ・ケントレッジです。こっちがスピリットのヒスイで、風属性のレア度B。将来はスピリットの研究者になりたいと思ってます。宜しくお願いします。」
───あの時のぼくらじゃあれが限界だよ。あれ以上を望むのなら、
今より高みを目指す他ない。
───そういうこと。さ、ソウマの次も終わったしぼくらの番だよ。
「…先程は失礼しました。シン・クオーレと申します。出身はサウスハートですが、今春よりヴァイス学院でお世話になります。こちらはウィズ。属性は無、レア度はD+です。こちらに来てまだ一ヶ月であり、分からないことも多く、ご迷惑をかけるかもしれませんが、精一杯努めて参りますので宜しくお願い致します。」
こんなものかな。ウィズを体内へ戻し席に座る。
───もうちょっと中学一年生らしい自己紹介しなよ。それに三人から─こいつまたランク言わなかったな─的な視線が凄いんだけど。
いや、単に他の人も言わなかったし言わない方がいいのかなって思ったんだけど…。
「僕はクロア・サイファー。初等部から進級した者の一人だ。スピリットは水属性、レア度B+のボルク。ああ、ランクは三階級だから。まあ、宜しく。」
───言ってんじゃん。あと、どうでもいいけど─また無属性かよ─的な視線もその他大勢から来てるよ。
「俺はテツヤ・ドレア!スピリットは地属性のガンツだ!硬さと根性なら誰にも負けねぇぜ!宜しくな!」
また?…そういえば、ヒカリの後席…僕から見て左後方の水色の髪の女の子も無属性だったか。少なくとも一般入試において僕ら以外で無属性は見かけなかったし…推薦組もしくは進学組か?名前は確か…レミリア・エストワース。
───無属性でここにいるっことは、ぼくらみたいに只者じゃないってことだよね。
確かに君は只者じゃなくて変わり者だからね。
───シンに言われたくないし。
「ネーナ・テルマーサと申しますわ。スピリットは風属性、レア度Aのスーウェン。我が家に代々注がれてきた由緒正しいスピリットですわ。ランクは現状は三階級ですが近く四階級になる見込みです。…折角なので宣言しておきましょう。この学院の頂点に立つのはこのわたくしです。くれぐれもお忘れなきよう。」
…フィアと同レア度のスピリットか。確かに、彼女に憑く美しい翅を揺らす蝶の姿のスピリットから強い力を感じる。また、その宣言に対して生徒の多くが眼差しを鋭くし少々ピリピリした空気が教室を覆う。
───言うねぇ。
大半がC+以上の高レア度の部類となるスピリットと契約しているだけでなく、高名な学院に入ったからには上を目指すという思いが見て取れる者達の集まり。また、まだ授業が開始されていない現段階においても確信を持って己の実力に自信を示す者も何人かいる。
…その中での敢えての宣言とそれに対して異を示す者達。つまり、
───ラブアンドピースが足りないね。
search&destroyが何を言うか。…いやそうではなく、腕に自信を持つ者が少なからずいると思われるこのクラスなら、ヒカリの安全も確保されやすいということだよ。
それに、
「…これで全員ですね。皆さん、一年間程々に喧嘩もしつつ仲良くやっていきましょう。ああ、あとこちら…私の連絡先ですので登録しておきたい方は登録しておいてください。」
この空気の中いったい何を考えているのか、相変わらず口元は微かに笑みを浮かべたままで一切思考が読めない。…とりあえず連絡先は登録しておこう。
「では授業を始めます。一限目は皆さん期待のスピリット学…ではなく皆さん大好きな数学からです。」
担任の前ぶりのないお茶目な発言に何人かがガクッと姿勢を崩し、「大好きじゃねーよ」という声まで挙がり空気が弛緩した。
「あははっ、フロウ先生面白いね。」
「…そうだね。」
狙ってやったのか、それとも違うのか…それさえ読み取らせてくれない。
一つだけ分かっているのは、
───とりあえず、この教室で最も実力が高いのはあの教師だね。それも教師だから生徒より強いのは当たり前…とかいうレベルじゃない。
ウィズがそう感じるのなら間違いないだろう。
…しかし、生徒も腕に自信のある者が多く、先生は底知れぬ実力者…となると…
「(僕が彼女の傍にいる意味って無いのでは…?)」
いや、彼女のことを想えば無いに越したことはないので別に良いのだけれど。…とにかく邪魔になることだけにはならないよう精一杯努めよう。
直後、ウィズの大きな溜息が心の中で響き渡った。
to be continued