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雪の雫石  作者: 六華優羽
純白の光
14/46

14話 片鱗

アサヒのタイムを大きく引き離し、18秒という驚異的タイムで周囲を唖然とさせたヒカリ。


微力ではあるが彼女の特訓に付き合った者として本当に喜ばしく、また心から安堵した。試合を見ていたフロウさんも満足する結果だったようで微笑を浮かべていたことから、ナイブス博士からの依頼は概ね達成できたと考えていいだろう。


なんてことを考えているうちに他に試合がタイムアップで終了となる。


残る受験者はあと一人─


「これで全員終了ですかね。」


え?


「では受験者の皆さんは集まって─「ちょっ、ちょちょちょっと待って下さい!まだ彼がいますから!」ん?お、おお…まだ残っていたか。」


危うく不戦敗になるところであった。ヒカリが僕の手を引き、審判を担当していた教官にアピールしてくれたおかげでなんとか免れたが…僕って陰が薄いのかな?


慌てて試合の準備を始める教官達に少女は不満げの様子。


「もうっ、失礼しちゃう。」


「あ、あはは…仕方ないよ。」


長時間に渡って審判をしていたのだから疲労も溜まっているだろうし、複合属性や光属性といった期待の受験者が期待以上の結果を出してくれたことにもホッとした感じでもあった。無属性である僕の試合など消化試合のようなものだろう。


「申し訳ない。準備ができましたのでどうぞ。」


「いえ…宜しくお願いします。」


…奇しくもヒカリらが使用したセンターフィールドで試合か。


「頑張ってねっ。」


『応援してるわ。』


『まーかせて。』


「ありがとう。…戻らないの?」


「だってすぐ終わるでしょ?」


…どうやら彼女はアサヒの所へ戻らず、このままフィールドの少し後方で観戦するよう。きょとんと首を傾げて確信めいた問いを投げかけてきた彼女に「善処するよ」と苦笑して返し…いつものようにウィズを肩に乗せてフィールドに立つ。


ブゥン…十メートル程度距離の空いた向かい側に対戦相手となるエレメントが具現化。全長二メートル近い芋虫のような体躯に加え…全身を覆う鎧のような光沢感のある外皮。


「…怪虫型。」


『土属性。』


アリーナに設置された大型ディスプレイには僕らの情報─無属性、レア度D+─が投影され…視界の端に映った観客席では一部の観戦者が興味を無くしたように…中には見下したように席を立って出て行く様が垣間見えた。


サウスではもう見慣れすぎた光景。


それでも…


「シン頑張れー!ウィズファイトー!」

「勝負のこと忘れんじゃねーぞー!」

「ナイブス博士も見にきてるよー!」


ここへ来て…本当によかった。


「いくよ、ウィズ。」


『うん。』


肩から飛び降りた白い毛並みを持つ小柄の幻獣が、自身より遥かに大きい体躯の怪虫と五メートル程の距離を空けて向かい合った。


「それでは…受験番号500番の試合を開始します!」


一呼吸置いて…


「…試合、開始!」


───スキル発動。


「“速化”。」


ドンッ!地を蹴った音が鼓膜に響いた時には既に、ウィズはエレメントとの距離をゼロとしていた。


「“攻化”。」


ステータスを速度特化から攻撃特化へ移行。彼は体躯を捻り、淡いオーラを纏ったその尾を─


「『───“スマッシュ”。』」


───ズドオォォォン!!


轟音と共に吹き飛んだエレメントはフィールドと観客席を隔てるフェンスに激突。…姿を消していった。


『…依り代がいないエレメントじゃこんなもんか。』


「…お疲れ様、ありがとう。」


「もう少し楽しめると思ったんだけどなー」などと渋り顔で肩に飛び乗ってきたウィズを労わるようにひと撫で…したものの、試合終了の判定が出されていない事を思い出し、まさかとフィールドを見やる。…どう見ても、五感を張り巡らせてもエレメントは完全消失している…筈。


いつまで経っても下されない判定及び静まり返ったアリーナにどうしたものかと思考するも…僕にはどうしようもな─


「ごほんっ。」


マイク越しの咳払い…フロウさんである。


「判定を。」


「え、あ…は、はい!じゅ、受験番号500番の勝利、です!」


よかった。何かしらの不備があったとかではないようだ。タイムは…1秒22。先輩達であれば1秒どころかコンマ5秒切るんだろうな…。


「ありがとうございました」と審判を務めてくれた教官に一礼し、試合が終わるまで待っていてくれていた少女の下に駆け寄る。


「ごめん、お待たせ。」


「……うん、とりあえず…全然待ってないから!いくらなんでも早すぎだから!強すぎだから!分かってたけど!分かってたけどっ!大事なことだから二回言いました!ホントスゴくてカッコよかったよおめでとう!!」


「え、えっと…」


怒られているのか褒められているのか…というか早口過ぎて途中から何を言っているのかよく分からなかったが…


「あ、ありがとう…?」


とりあえず「ありがとう」と言っておこう。


その後、受験者全員が集められ試験は全行程終了となったこと、及び合格不合格の結果は明日の午前10時に学内に貼り出されることが告げられ…今日は解散となった。


ありがたいことに結果が翌日に掲示されることから、一度シークタウンへ戻ることはせず…予定通りこのままルミナスタウンで宿を取って一夜明かすことになるだろう。


なお、


「じゃあ約束通り夜ご飯はアサヒの奢りね…っていないし!?」


『解散の瞬間ダッシュで出てったよ。』


『逃げたわね…。』


「あ、あははは…。」


別に僕の奢りで良かったのだが…。


十中八九、僕達三人の中で最下位の成績なのは─






──────────


「なんだかんだ結局宿食になっちゃったねー…。」


はい皆さんこんばんはヒカリです!


なんとか大きなミスもなく試験を終えて、シンとウィズが他を圧倒する結果を納めてから数刻…黒い空に星が浮かび始めた時間帯。


私は、眼前の台所でシチューを煮立てる白髪-はくはつ-の男の子を頬杖をついた状態でぽけーと眺めてつつ、なんとなしの呟きを零した。


「本当はお疲れ様会も兼ねて美味しいものを食べに行ければ良かったのだけれど、どこもいっぱいだったから…ごめんね。」


「へ?あ、いやっそういう意味で言ったんじゃないから!ってか、元々私が遊びに行こって誘って遅くなったからだし…!それに、シンの手料理が食べられるとかスッゴイ役得だし!」


慌てて両手をアタフタと振って弁明すると、彼は小さく…柔らかく微笑んで「なら期待に応えられるようにしないとね」と慣れた手つきでシチューが緩やかに掻き混ぜていく。ふぅ、よかった誤解されないで…。


……しっかし、改めてこう…よく見ると…というか、よく見なくてもこの一ヶ月で分かり切ってたことなんだけど、


「(───カッコいいなぁ…。)」


肩に乗せた白いスピリットからの「ご飯まだぁ?」という催促に苦笑する姿ですら非常に絵になっている。


新雪のように真っ白で綺麗な純白の髪。月のような優しげな光を宿す銀の瞳。十人が十人認めるであろう端正な顔立ち。間違いなく、私がこれまで出会った人物の中で一番美形だと自信を持って断言できる。


しかも彼の場合性格もとってもいい。真面目で謙虚で、何より優しすぎるくらい優しい。初めて会った時も…儀式で助けてくれた時も、一ヶ月の間自分の時間を犠牲にして私に付き合ってくれた時も、いつも柔らかく微笑んでくれて…。今もこうして、外食が出来ないと悟るや宿屋の台所を借りて嫌な顔一つせず私の分の夕食も作ってくれてるし…。


更にその上、あの有名なミナト・アーカム博士の助手でスッゴく期待されてるとまで来た。彼自身はただのお手伝いとか謙遜してるけど、マナフォンゲットの件を見た限りソウマより優秀なのは間違いないし…よくは分からないけどウィズ曰く、スピリット学に関する様々な資格をサウスハート最年少でいくつも持ってるとか。


極めつけにコンバットもとんでもなく強い。


もうここまで来るとハイスペックにも程があるというかなんというか…。


「(やっぱり彼女とかいたり─)「ヒカリ?」ほぇっ!?」


「シチューできたけど…。」


いつの間にか煮込みを終えたらしく、シチューの注がれた陶器のお椀がこちらに差し出されていた。


「ご、ゴメン。ちょっとぼーっとしちゃってたみたい…って、わぁ…いい匂い…!」


ホカホカと湯気を立たせるそれは非常に食欲を湧かせる香りを漂わせていて…すでにウィズ…そしてこの一ヶ月でウィズに触発されて食にハマったフィアはガツガツと食べることに夢中。


「熱いから気をつけてね?」と彼にお椀を手渡され、シチューをスプーンで一掬いし、フーフーと何度か息を吹きかけてから口に含む。


「…!美味しいっ!スッゴく美味しいよシン!何これ!?」


「何って、ただのシチュ─「おかわり!」…まあ、口にあったようで何よりだよ。」


口に合う合わないのレベルじゃありません。女の子として負けてはならない部分で完敗したにも関わらずおかわりを要求している私を見ていただけるとそのレベルの高さが伺えるだろう。…え?伺えない?


と、とにかく!カッコよくて、強くて、頭もよくて博識で、優しさ溢れて、その上料理まで完璧。私の差し返した空のお椀を苦笑しながら受け取るシン・クオーレという男の子はホンットにスッゴい素敵な男の子ってこと!


「あ、でもでもちょっと悔しいので明日の朝ごはんは私が作るね。」


「え?あ、うん……?」






──────────


「────ホンッットにゴメンなさい!」


一夜明け…翌朝、試験結果が提示されるヴァイス学院へ向かう道すがら。


宿屋からここに来るまでの道中を含め、白髪の少年にこれでもかと平謝りし続ける少女の姿があった。言わずとも、僕とヒカリである。


「い、いや…僕の方こそ、大変失礼な反応をして本当にごめん…。」


昨夜のお返しにと、朝食として丹精込めて拵えてくれた手料理を完食したや否や、よろめいて床に伏せるなど…失礼にも程があった。


「シンが謝ることなんて何も無いって!自分でもあれば無いって思ったし…なのに全部食べてくれて、それだけでもホント嬉しくて…!」


『甘やかしちゃ駄目だよヒカリ。女の子が一生懸命作ったダークマターXEX-ゼクス-を食べておいて倒れるとか、男の風上にも置けないんだから。』


「スクランブルエッグ!ダークマターじゃなくてスクランブルエッグだってば!」


『ごめんなさいマスター。あれをスクランブルエッグと呼称するのは無理があるわ。』


「はぅ!」


…否定できない部分は確かにあるのだが…その朝食を差し出された瞬間逃走し、僕に全てを丸投げした君達にどうこう言う権利はないと思う。


『だったら言ってあげなよ。料理も自分が教えるってさ。』


「…いや、何を言っているの。」


マナのコントロールや勉強については、試験に合格する為に必要であり対応できる者が僕しかいなかったから彼女も受け入れてくれたが、特に必須でないものを態々僕に教わりたいなんて─


「え?教えてくれるの?」


「…その返しだと、教えるのが僕でもいいように聞こえるんだけど。」


「む、シンでもじゃなくてシンがいいのっ。昨日作ってくれたシチュー、今まで食べた中で一番美味しかったもん。」


うん、それは絶対言い過ぎだと思う。確かに料理は長年やっており比較的得意な部類ではあるが…


「今度はシンにちゃんとしたの作ってあげたいし、美味しいって喜んでもほしいし……ダメ…?」


…どうも僕は彼女の不安気な懇願に弱い。


「…僕でよければ、出来る限り力になるよ。」


「!えへへ、やった。シンにはいっぱい教えてもらってばかりだね。」


無論、その為には試験に合格しヴァイス学院に入学しなければ話にならない。


引き続きノースダイヤに残る権利があるか否か…その答えはこの先にある。


現在時刻は午前8時半少し過ぎ。トラブルこそあったが、予定通り試験結果が貼り出される9時に間に合うように学院に到着。


辺りを見回すと同年代の少年少女達が学院に入っていく様子が見てとれた。十中八九、昨日の受験者達だろう。


「…少し早いけど、僕達も行く?」


「うんっ。あ、折角だしちょっと学内見てみようよ!」


そういえば…彼女はソウマ案内の学内探索について行かなかったのだったな。


「いいけど…。僕、案内とか出来ないから…ソウマに連絡してみようか?」


「そんなこと気にしなくていいの!二人で行こっ!」


「あ、ああ…。」


案内役に不適切な僕などと回っても楽しめないと思うのだが…。笑顔の花を咲かせる彼女に促され、校内に足を踏み入れ─


「おおっ!やっと見つけた!君君!少し待ちたまえ!」


「ほぇ?」


『───みしらぬおとこ が あらわれた。』


またしても君は何を言っているの…?


いや、某RPGを思わせるフレーズが浮かぶ程唐突に見知らぬ男性が立ち塞がったのは確かなのだけれど。


一目で高級と分かるスーツを纏い…歳は50過ぎ程度とみられる男性。その目線を辿る限り、どうやら彼は僕の手を引く少女に用があるらしい。


「ヒカリ・フィールセンティさんだね!いやぁ、昨日の試験を拝見させてもらったよ!素晴らしかった!流石光属性だね!ああ申し遅れたね!知っているだろうが私はこういうものだ!」


「あ…えと…?」


差し出された名刺を流れのままに受け取るヒカリ。名刺には「グリューン学院中等部校長」という肩書きと「ロンファ・ギーリス」という名が記載されていた。


グリューン学院というとヴァイス学院と同じくこのスノープレシャス領にあるもう一つのスピリット専門校…歴史、学院の格的にもヴァイス学院と並ぶ名門校だったはず。


「やはり儀式の時のアレはただの偶然だったのだよ!無論私には分かっていたが上が中々納得してくれなくてね!声をかけるのが遅くなってしまったよ!」


「は、はあ…?」


…それにしても、少々意外である。


ロンファ・ギーリスなる男性の目的が…でなく、彼女が僕の服袖を掴んでくる仕草からしてこの人を警戒している点について。彼女は初対面の僕に非常にフレンドリーであったことから、こういったことに対して警戒心が薄いと思っていた。


「安心しなさい!まだ間に合うから心配はいらない!上も納得してくれて君のグリューン学院への入学が決まった!」


「え、……私、そんな気全然ないんですけど…。」


「はっはっは!何遠慮しているんだ!嬉しすぎて戸惑っているのかな?」


「ええー…。」


…問われているのは彼女であって、僕に口出しする権利はなくこのまま傍観…というわけにはいかないか。ヒカリから「どうしよう」、ウィズ及びフィアから「なんとかしろ」という視線が突き刺さってくるし。


「すみませんが、彼女が受験したのは貴校でなくヴァイス学院ですので…。」


一歩前に出て…やんわりと拒絶の意を示す、と如何にも邪魔だと言わんばかりの眼差しがこちらに向けられた。


「…なんだ君は?」


「彼女の…友人です。」


自惚れでなければ。


「ふん、スピリットの属性はなんだね?」


「…無属性ですが」


「それが何か?」と続ける前に男は嘲笑を浮かべ「これだからヴァイスは!」と叫んだ。


「見たところヴァイスの受験者のようだが相変わらずなってないな!こんな無能を受験させるなど時間の無駄だと何故分からんのか!」


無能…か、なんか久し振りに言われた気がする。あとウィズ、気持ちは分かるけど抑えて。殺気が溢れているから。


「フィールセンティさん、悪い事は言わない。このような無能を受験させる底辺の学院なぞに入れば折角の君の才能が腐っていくだけだ!」


「っ!ちょっと!シンは無能なんかじゃ─「いいよヒカリ。」でも…!」


というか、否定するのであればヴァイス学院を貶されたことについてだと思う。


「君のような才能溢れる者には我がグリューン学院こそ相応しい!遠慮する必要は全然ない!これは君のことを想ってこそなんだよ!」


…いずれにせよ、これでは埒が明かないか。


「…本当にすみませんが、時間が迫っているので。」


『気持ちは分かるけど行きましょう、マスター。相手にするだけ時間の無駄よ。』


「…うん。」


話を中断させてしまう罪悪感はあるものの、半ば無理矢理スルーすることを選択。ヒカリを連れてこの場から離れ─


「ええい!いいから来なさい!」


「えっ!っ────いた…っ!」


少女の右腕が掴まれる光景が網膜に映り、苦痛の声が鼓膜を震わせた刹那─


「───────」


────頭の中で何かがキレる音がした。


──────────


一瞬、刹那の出来事だった。知りもしないグリューン学院の校長を名乗る男の人に腕を掴まれて…痛みを感じた次の瞬間には…


「シ、ン…?」


「………………。」


その太い腕が払いのけられて、私は白髪の少年の背に隠されるような格好になってて…。いつも穏やかで優しげな光を宿す瞳は影を潜め…剣を彷彿させるように鋭い双眸がそこにあった。


「な、何を!?さっきからなんなんだ君は─「黙れ。」っ───!?」


………今の声、何…?


シンが出したの…?


まるで氷のように凍てついた声色に、私とフィアはもちろんのこと…騒ぎに集まっていた人達も、彼と長い付き合いであるはずのウィズですら目を見開かせる。


大の大人すら怯ませる冷たい雰囲気は、出会って間はないものの…私の知っている彼のものではなくて…。


でも、それでも…


「…行こう。」


「え?…わっ、」


ちょっとだけ強引に…けれども優しく私の手を引くその後ろ姿はやっぱりシンであって……トクンと心臓が高鳴ったのがはっきりと分かった。


──────────


「───本当に申し訳ありませんでした…。」


「そ、そんな謝らなくても─」


『謝罪で済めば警察はいらないんだよ。』


「心から反省しています…。」


場面が学院内の人目につきにくい校舎裏に移り十数分。白い毛並みのスピリットによる鉄槌を頭部にぶちかまされ、正座で説教を受ける情けない依り代がそこにいた。……僕のことだけど。


『そりゃ頭にキタのは分かるよ?ぶっちゃけブッ殺してやろうかと考えたしシンが割って入らなかったらぼくかフィアが動いてたし。…けど、それでも一体どうしちゃったのさ?ヒカリがどんだけ声をかけても完全無視で引っ張って…シンらしくもない。』


「…その、僕自身…何が起きたのかよく分かってないと言うか…。」


『…本気で言ってる?』


「…はい。」


『……………………。』


正味な話、言い訳でなく本当に何があったのか…自身が何をしたのか覚えていない…。


あの男性…ギーリスさんが彼女の腕を掴んだ光景を最後に、“スマッシュ”を叩きつけられてこうして校舎裏まで引きずられるまでの記憶が完全に途絶えている。


だから…そのマナを集約させた尾を納めていただきたいです。


しかしながらウィズは納得していないらしく、さらに問い詰めようと……したところで、その様子をオロオロと見ていた少女が制止をかけてくれた。


「も、もういいよウィズ!私は気にしてないし…というか、シンは私を助けてくれたんだし…!」


……そうなの、だろうか?


…いや、仮にそうだとしても…


「…けれど、ウィズの言った通りなら…強引に手を引っ張ってしまったようだし……ごめん、痛かった…よね…。」


ギーリスさんに腕を掴まれた時に苦痛の声を挙げたのだから…僕の時も該当するのは言うまでもない。


ウィズがこうして憤慨しているのもそこである。どんな理由があれど、彼女に苦痛を与えた時点で僕はあの人と何ら変わらな─


「ううん、全然。」


い……………は?


「…え、と…こんな時まで気遣わなくても…本当のこと言っていいんだよ?」


「ホントのホントだってば。…そりゃ、ちょっとビックリはしたけど、痛くは全然なかったし。」


「い、いやいや。だけどギーリスさんに掴まれた時は…」


確かに苦痛を訴えたはずだ…。


ウィズとフィアも同感らしくコクコク頷く。


「あー、あれは…ちょっと…ね。」


…何か理由がある様子だが、言い淀む辺り…


「ご、ごめん、問い詰めるような言い方になっちゃったね…言いづらいことなら無理して言わなくて」


「いいよ」と続けようとしたところで、少女は「違う違う」と慌てた様子で両の手の平を振った。


「私ね、なんか小さいときにここに怪我しちゃったみたいで…。」


そう言って指差される右の二の腕…ちょうど、彼が掴み上げたところと一致する。


「どうやって怪我したか全然覚えてないんだけど、今も古傷みたいなのが少し残ってて…。」


その内容は、僕を非常に心配させたのは言うまでもなく…


「大丈夫、なの?まだ痛むようなら…」


「だいじょぶだいじょぶ!もう平気だし、よっぽど強く刺激しなきゃ痛まないし!…さっきは…ちょっと痛かったけど…。」


「………………。」


「心配しすぎだって!モーマンタイ!」


両腕を上下にブンブン振り回すのは大丈夫とアピールするためか…それとも…。


…………どちらにせよ、これ以上は赤の他人同然の僕が立ち入るべきではないのは確かだった。


「………分かった。けれど、無理はしないでね?」


こういう時、彼女と親しい仲の者…謂わばアサヒなら気兼ねなく問えるのだろう。


…やはり、博士達の依頼を終えた以上、僕が彼女の力になれることはもう無─


「うんっ、心配してくれてありがと!それと、もう何回目か分かんなくなっちゃったけど…助けてくれてありがとっ!シンがいてくれてホントよかった!」


……思考を読まれた訳じゃ、ないよね…?






「ほらほら早く!もう結果貼り出されてるよ!」


「そんなに急がなくても…。」


別に試験結果は逃げはしないのだから走らなくても構わないのではと思うのは僕だけなのだろうか…?直前にあんなことがあったのだし。


「ドキドキするねフィア!」


『ええ。』


僕の手を引き走る彼女の顔からは、先のことはもう気に留めていないようだが…。


「あ!見えてきた!」


そんなこんなしてるうちに結果が貼り出されているらしき掲示板が……あの独特な外跳ねしている髪型の金髪少年は…。


「…アサヒ?」


「お!やっと来たかお前ら!相変わらずおっせーな!」


今回ばかりは彼がせっかち過ぎるとは言えないか。既に結果が張り出されてからしばらく経っており、受験者の殆どが結果を見終わったのか掲示板の前に集う人数は少ない。


「いいでしょ別に。で?なんでまだここにいるのよ?」


「…フッフッフ、それはな…あれをおまえらに見せるためだ!見てみろ掲示板に輝くあの491番の番号を─「あ、シン!受かってる!受かってるよ私達!」聞っけよぉっ!」


誇らしげに且つ若干ドヤ顔な笑みを浮かべる少年が指し示す番号…の少し下、少女の人差し指の延長線上には「499」と「500」の数字が。加えて…


「それに見て見て!同じクラス!同じクラスだよ!一組だって!一組!」


「う、うん…。」


確かに「499」と「500」の番号の右隣には「所属:一組」との記載があるので彼女と僕は同じクラスな訳だが…アサヒもそうだからね?「俺も!俺も一緒だからな!」とアピールしているのだから反応してあげた方が…。


「ホントにありがとうシン!シンが教えてくれなかったら絶対受からなかった!ホンットありがとう!」


「い、いや…僕は何も…。受かったのは君とフィアが頑張ったからであって…」


「それでもありがとなの!ねっ、フィア!」


『もちろん。』


「ウィズもありがとね!それとこれからもよろしく!楽しい学校生活にしようね!」


『こちらこそ。ほら、シンも。』


「あ…ああ。今後とも…その、宜しく。」


「うんっ!」


「やったやったー!」と僕の両手を握りぴょんぴょん跳ねるヒカリ…と、「なんなんだよー!!」と慟哭をあげるアサヒいうチグハグな光景に苦笑してしまう…というのが僕の常なのだが、少女の満面の笑顔─合格した事が余程嬉しいのだろう─につられ….頰が小さく弛んだ。




to be continued

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