12話 共に過ごすひと時
休憩を挟みつつマナのコントロール練習を繰り返すこと二時間弱…
「…うん、慣れてきたようだね。」
「ホント?えへへ、なんとなくこうすればよかったんだって分かってきたような気がするっ。」
「クスッ、よかった。」
自分だけで完全にコントロール出来ている…というわけではないが、このレベルまでくれば暴走という最悪のケースは皆無になったと考えていいだろう。
「でもシンってスゴいよね。こういう風に人のマナの補助?とか干渉?するのって難しいことなんでしょ?」
「自分のでもこんなに難しいのに…」と問うてきた彼女に首を横に振る。といっても僕が否定したのは「難しいこと」についてではなく、
「確かに君が感じたように難しい技術なのは確かだけれど、僕自身は凄くなんかないよ。」
寧ろ凄いのは、マナのコントロールの練習を始めた初日から、こうやって会話をしながらコントロールし始めた君の方だと思う。
「え?だって…」
…伝えるかべきかどうか。あまりあの時のことを思い出させたくはないが…このまま「シンは凄い」と勘違いさせ、今後彼女の依り代に対する価値観に支障をきたせば目も当てられない。
「…僕が君のマナに干渉出来るのはね、あの日…君のマナを多量に取り込んで、その波長や振幅を体感したからなんだよ。」
文字通り、身を以て味わったというやつである。
「あ…」
「あの経験があったからこそ、今こうして僕なんかが君の助けに少しでもなれているんだから…気にしないで。」
案の定、動揺させてしまったのだろう…乱れたマナの流れを即座に正し落ち着かせる。
「ごめんね。…とにかく、僕がこうして干渉出来るのは君だけだし凄いわけではないんだよ。」
これで彼女も思い違いに気づいてくれた─
「…ううん、それでもやっぱりシンはスゴいよ。それに、ホントに優しい…。」
「ぇ…?」
「私、まだまだ全然初心者だけど…分かるよ。今こうしてる時も、シンはずっと私の為に…一生懸命頑張ってくれてるって、助けてくれてるって、護ってくれてるんだって…マナから感じるもん。」
「………………。」
「だからね…そんな貴方だから、私は…スゴいって、優しいって思ってるんだよ。」
…敵わないな。
「……ありがとう。」
「えへへ…私もありがとっ。」
本当に、彼女に出会えて…僅かでも力になれてよかった。
「それになんか私だけってのも嬉しいな。」
「?…嬉しい?」
「うんっ。シンがこうやってマナをどうこう出来るのって私だけなんでしょ?」
「え、あ…うん。」
少なくとも、ここまでのレベルで干渉出来るのは彼女だけだろう。
「よく分かんないんだけど…こう、マナが繋がってるとシンと一つになってる感じがして….それがスッゴく嬉しくて…。けど、他の人にはしてほしくないなって思ったりもしてたから丁度よかったかもっ。」
「は、はあ…?」
ヒカリ同様僕にもよく分からないが….特段彼女以外のマナに干渉する予定もないし、彼女が嬉しそうなのだから構わないか…?
『いやそれってもう独占欲なんじゃ…。』
『しかも気づかないってマジかこの二人…。』
「?何か言ったウィズ?」
『なんでもないよ鈍感ヘタレ難聴。』
え?何いきなり…。
『それよりそろそろいい時間なんじゃない?』
「あ、そうだね。」
いつの間にやら時刻は午前11時半を少し回っていた。
「今日はここまでにしようか。」
「ほぇ?まだお昼前だけどいいの?」
「あまり時間をかけて根詰めると、調子を崩したりするからね。」
また、最初から飛ばしすぎたりすればマナ経路を痛めることにもなりかねないので、一日中特訓に費やす考えは最初から無い。
何より、いくらヴァイス学院に受かるためとはいえ…そのために彼女の時間を一日中奪ってしまうのは良くないだろう。
「明日からはマナのコントロールに磨きをかけつつ、フィアを交えてアーツやスキルの習得に移行していこう。」
「…うんっ、分かった。」
マナの流れが意識的から無意識に切り替わったのを確認し…マナの接続を切る。
…さて、今日のところはこれでお役目御免な訳だし─
「あ、じゃあ午後は一緒に遊ばない?」
「…え?」
遊ぶ…?
「……もしかして用事あったりする?」
「い、いや…特に用事はないけれど…。」
博士の研究の手伝いも「ヴァイスの入試とヒカリ君のフォローに専念しなさい」と念を押されたため手が出せない。
なので、空き時間は僕自身の入試に向けての準備をするつもりであったが─
「なら一緒に出かけようよっ。ね?」
マナは断ち切ったものの以前繋がったままの両手がぎゅっと握られ、更にその端正な顔が近づけられるという不意の挙動に心臓が高なった。
「折角だしシークタウン案内してあげるっ。小さな町だけどカフェとか雑貨屋とかもあるんだよ。」
「わ、分かった…分かったから…。」
それ以上の接近は流石に不味い…。
そんな僕の気も知らず、「わーいっ」と一喜する彼女の姿に苦笑が零れた。
そんなわけで、ヒカリと共に時間を潰すことになったこの僕シン・クオーレ推定12歳。
「とりあえず、お昼食べよっか。シンは食べたいものとかある?」
「いや、特になんでもいいけど…ヒカリは?」
「ん〜…じゃあ、あそことかどう?」
辺りの飲食店をキョロキョロ見渡していた彼女の視線が止まった。視線の先は…カラフルな看板を掲げたクレープ専門のカフェテリア。
「結構美味しくてよく来るのっ。」
…本来昼食に摂るものではないだろうが、今日くらいは別にいいか。
『いいねクレープ。ぼくも大好き!』
「君も食べる気満々か。別にいいけど。…行こう?」
「うんっ!」
彼女が勧めることもあって、店内はそれなりに席が埋まっており…十分弱待った後、各々好きなトッピングが施されたクレープを購入。ついでに飲み物も。
向かい合わせの円卓に腰を下ろし、クレープを味合うことにした。
「ん〜…美味しいっ。イチゴの酸味が程よくてサイコー…!」
『こっちのブルーベリーもとっても美味しいっ!』
「ホントだね。そっちも美味しそうっ。」
『よかったらちょっと交換しようよ!』
「いいの!?するする!」
…うちの相棒、コミュ力半端ないわー。というか、ウィズが器用に前足と後ろ足を使ってクレープを支えて食事していることについて、彼女は全くツッコまないけど通常のスピリットは食事自体しないからね?君の傍に鎮座するフィアや店内の人の中にはその常軌を逸脱した光景に気づいて吃驚しているからね?
「フィアはホントに食べなくていいの?美味しいよ?」
『…寧ろ食事をするスピリットがいることに驚いているのだけど。』
だろうね。
『ぼくに常識は通用しない。』
とある界隈で聞いたことのある台詞をドヤ顔で決めるウィズ。しかし、それって自分は非常識ですって宣言しているに等しいものではないかと思う。
「ほぇ?スピリットってご飯食べないものなの?」
『普通はそうよ。私達はマナさえあれば生命活動に支障はないんだし。』
一応食物にもマナが含まれるので全く無意味というわけではないが、効率は悪く…ウィズが食事をするのは完全に趣味である。
「…そういえば、ママのスピリットも食べ物食べてるところ見たことないかも…。」
『…薄々思ってはいたのだけど、マスターの依り代やスピリットについての基準や常識が貴方達に狂わされかけてるような気がするのだけれどどう思う?』
「『マズイ。ウィズ/シン/が基準は絶対マズイ。…おい。』」
「わぁ、息ピッタリ。」
にこにこ笑っているけど、笑い事ではない気がする。ヴァイスの試験は、一般教育の五教科だけでなく初歩的なスピリット学があるし…。…あとでちゃんと教えておいた方がいいか…?冗談抜きで彼女の中のスピリットの基準がウィズ…と、解せないが僕に成りかねない。(後日、この懸念が的中し彼女にスピリット学を中心に教義することになる。)
『で、そんな変わり者のシンが頼んだのはなんだっけ?』
「…チョコバナナ系。」
『うわー、ふっつー。そこは変わり者らしく冒険しなよー。』
「分けてあげようと思ったけれど、変わり者の君からすれば普通なんて欲しくないよね。」
『わーっごめんなさい!シンプルイズザベストっていうよね!分けて分けてっ!』
ったく…調子がいいというか。
『あーん!』
「はいはい、あーん。……一口で三分の一程のクレープが消えたのだけれど?」
『ふぃのふぇいひゃふぁい?』
気のせいじゃないと思うのだが…?
自身のを差し出した分、ウィズのを分けて貰おうとも考えたが…もう自分の分は食べ終えていた。抜け目がないというか食い意地が張っているというか…。
仕方なく、残り半分弱となった自身のクレープを再び咀嚼。…うん、美味し─
『食べ足りないならヒカリにあーんして貰えば?』
「っごほ…!」
気管に入りかけた…!
「何っいきなりトチ狂ったことを─「あ、あーん。」……は?」
…恥ずかしげな声に視線をあげる。
爪を短く綺麗に切り揃えた両手で差し出されるクレープ。それにトッピングされるイチゴに負けないくらい、差し出している人物の顔は真っ赤であった。…多分、僕もなんだろうが。
「な、何をして…?」
「だから、あーん…」
「いや、そんな無理に…」
「あーんっ…。」
「ウィズの悪ふざけだから…」
「………あー、ん…。」
「また買ってくるから、そんな─」
「……ダメ……?」
「………………駄目、じゃないです…。」
そこで悲しげな顔するのは反則ではないか…?心なしかフィアの視線も恐いし…。
「じゃあ…はいっ、あーん…!」
「……いただき─『『あーん、だよね?/でしょう?』』……あーん…………。」
「……美味しい?」
「…ん、美味しい。…ありがとう。」
「えへへ、どういたしまして。」
正直恥ずかしすぎて正確な味なんて分からない。ただただ甘く感じる…。とりあえずコーヒーでも飲んで─
『なら次は、シンのをあーんしてもらうのが道理よね?』
「ごほっ…!?」
フィア…!?君まで何を言って…!?
「あ、あーん…。」
っ!?何故君は君で恥ずかしながらも口を開けてるの!?無防備すぎるだろう!?
「…ダメ…?」
………駄目、ではない…。駄目ではないが…駄目じゃないのかっ…!?世間一般では間接キスという行為にもなり、僕達の歳頃の異性間であれば特に女性は忌避するものだと思うのに…!
『断ろうものなら、』
『どうなるか分かってるんでしょうね?』
一体全体君達は何をどうしたいの…?
「…………………。」
「……っ、あ……あーん…。」
「!あーんっ。」
『よし、じゃあ次は』
もう勘弁してくれないかな!?定かな記憶の中でここまで恥ずかしい思いをしたことはないんだけど…!?
…が、その判断は誤りであったことを僕はすぐに知る。
『へぇー、ここがゲーセンってとこなんだ。ぼく初めて来たよ。』
『人がいっぱいね。』
「私も少し前にアサヒと一回来たっきりなんだけど───きゃっ…。」
「っと…大丈夫?」
「う、うん…ありがとう。」
『…逸れたら大変よね?』
『うん。つまりこれは手を繋ぐしかないよね?』
何がどう「つまり」になるの…?
「…逸れても君の感知で見つけられるから大丈─『これより感知のストライキを開始します。』…随分ピンポイントなストライキだね…?」
手を繋いで行動することになりました。
「……あ。」
「?…何かやってみたいのあった?」
「あ、えと、ううん…あのクレーンゲームのストラップ、綺麗だなぁって。」
『欲しいの?シン、取ってあげなよ。』
「簡単に言わないでよ…。まあ、やってはみるけど。」
「えっ!?い、いいよ別に!クレーンゲームって全然取れないってアサヒも言ってたし─〈ゲームスタート♪〉あぁ…!」
「………………。」
…狙うべき座標は、あそこかな。
【ウィンウィン……ウィンウィンウィ………ウィーーン……】
『おーっ、持ち上がった。』
『上手く引っ掛けたわね。』
いけるか…?
【………コト】
「うえぇ!?」
『本当に取っちゃうのね…。』
『ストラップ、ゲットだぜ!』
「シ、シンってクレーンゲーム得意なの?」
「いや、これが初めてだし…単なるビギナーズラックなだけだよ。はい。」
「…いいの?」
「もちろん。」
「あ、あり…がと…!ずっと大切にするっ。一生の宝物にするね!」
「い、いや…そこまでしなくても…。」
『あら、マスター、これってペアストラップみたいよ。』
「ほぇ?あ、ホントだ。…えと。じゃあ…よかったら、なんだけど───」
…………手を繋いで、お揃いの色違いのストラップを互いのマナフォンにつけることになりました。
「…そろそろいい時間かな。」
「あ、ホントだ。もうスッゴく楽しくて、なんかあっという間だったなぁ…。」
『そんな悲しまなくても明日もあるわよマスター。』
『あっ、シン!ぼく最後にアレ食べたい!』
「アレ?ああ、ソフトクリームね。…すみません、一つ貰えますか?」
「あいよー。おっ、ヒカリちゃんじゃないかい…って、なんだいなんだい彼氏ができたのか!格好いい彼氏だねぇ!」
「えっ!?そ、そんな…!」
「いえ、僕はそのような立場のものではなくて…。……ありがとうございました。ほら、ウィ─『ぼく一人じゃ食べきれないから二人も手伝ってよ。』…は?」
『だから、二人も一緒に食べるのっ。』
「「…………………。」」
「…せ、折角だし、食べよ…?ほらっ、クレープも食べあいっこしたしおんなじだよ!」
「あ、ああ…、そう…なのかな…?」
手を繋ぎ、一つのソフトクリームを一緒に食べることになりました。
…恥ずかしいってなんだっけ?もう麻痺して分からなくなってきたような…。
「いや、恥ずかしいにも程があるだろお前ら。手ぇ繋いで揃いのストラップこれ見よがしに着けてアイス一緒に食うとかどんだけだよ。お袋から話聞いた時は耳を疑ったぜ。」
「「〜〜〜っ…!」」
「他にも色々やってたみたいだね。それもほぼ毎日。なんかシーク中の噂になってるみたいだよ?…もう少し慎みを持った方がいいと思うけど。」
………ぐうの音も出ないなぁ…。
to be continued