回帰願望
「みつかいさま。敵襲です」
咳き込むタカハシは巫女の言葉を聞いて更に強く咳き込んだ。
これまで幾度か敵襲はあったが巫女が血相を変えて駆け込んで来る事は無かった。
慌てる巫女から話を聞き出してみると自称世界の王が進撃してきたと言う事だった。
(どこにも居るんだなあ。自分が支配していると思っているやつ)
敵襲は簡単に退けられると思っていたタカハシだったが敵の中にちからを刻んだヒトがかなり混じっており神殿から逃げ出す事が辛うじて出来ただけだった。連れ出せたのは巫女がひとりだけ。
神殿から巫女を連れて逃げ出し限界まで走って辿り着いたのは出発地点だった。無意識に元の惑星に帰りたいと思ったのだろうか。タカハシは握った巫女の手の温かさを感じながら降りはじめた冷たい雨に打たれた。
「みつかいさま?」
タカハシの顔を覗き込む巫女は心配そうな顔をしていた。
「大丈夫、ッ大丈夫……」
何度も大丈夫を繰り返してタカハシは糸の切れた人形の様にへたり込んだ。
座敷おじさん、いや座敷童としてのちからがもう限界なほど小さい。もう彫刻士として働くただのサラリーマンだ。
超能力とは違うちからを取り戻さねばならない。タカハシは元の、ただ幸運を振りまく童に戻りたいと心から思った。
前弊社の社長についてサラリーマンを始めて働く楽しさを知りそれにのめり込んだ。体力の上限など無い童だったタカハシにとって新しい知識や経験を吸収する事はこの上ない遊びだった。
そうして1万年。転属を繰り返しながら大人になっていった。なっていってしまった。
精神が大人になって忘れてしまった物。幼い精神を取り戻さねば。もう無理だと解っていてもあがかなければならない。それはもう毛ほど小さい座敷童としての矜持。自分の手に残ったのは大人になってしまった身体と精神そして自分を心配してくれているひとりの巫女だけ。
自分で自分の首を絞める。よくある没落だ。
ここから巻き返せばいいと口では簡単に言える。一度落ちてしまったら這い上がるにはより力を使う。
震える足に活を入れ巫女の手を引いてあてもなく歩く。
雨は降り続いている。
タカハシの涙を覆い隠すように。