第五話
夜は昼となり、夜になり、また昼になった。
男は魘されて寝言のようなものを呟く時もあれば、ぼんやりと目を開け焦点の合わない瞳で虚空を見つめる時もあった。
いずれも意識は混濁しているようで、わたしの方へ視線を向けても何の反応を示さなかった。
そして3日目の夕方。
衣擦れの音に顔を上げる。男性が寝返りを打ったのかと思ったが、絡み合った視線に思わず動きを止めた。
彼の視線は確かにこちらを捉えていた。その金色の瞳は鷹のように鋭く、わたしを射すくめる。
「君は…」
身体を起こしながらそう言いかけて男性は苦しそうに咳き込んだ。
わたしは彼に近寄り背中を摩る。
彼は無理矢理押し込めるように咳払いをすると、辺りを伺うように視線を動かした。そして油断ない顔つきでこちらへ身体を向ける。
「君は何者ですか?」
わたしはそれに答えようとしたが、自分が誰なのか全く分からない事に気がつき口を噤んだ。
(そういえばわたしは生前の記憶がなく、この世界の事も知らないのだった)
どう答えようかと考えるうちにも男性の表情は厳しさを増していく。
とにかく何か答えた方が良いと判断したわたしは口を開いた。
「リヴで、す」
高くか細い声。
喋れるか不安だったが、どうにかなったようだ。
リビングデッドという言葉の頭を取って"リヴ"。今適当に考えた名前だが、名乗らないよりは良いだろう。
しかし死体であるわたしが…"生きる"という意味のリヴを名乗るとは皮肉なものだ。
「リヴさん。率直に聞きますが、君はメガロの刺客ですか?それともソストスの追手?」
どちらの名前も聞き覚えがない。
当たり前だ、わたしはこの世界にやってきてまだ数日なのだ。
「どち、ら、も違いま、す」
掠れて辿々しいながらそう返事をするが、彼の表情は厳しいままである。
「周りを見るにリヴさんが私を介抱して下さったのでしょう。ありがとうございます。しかし君を手放しに信用する事は出来ません。素直にあなたを信じることを私の状況が許さない」
その言葉に目を瞬かせる。
「どうい、う事でしょう」
聞き返せば彼は探るようにわたしを見つめた。
その眼差しを包帯まみれの顔で見つめ返す。
「…本当に知らないのですか?」
そうであって欲しいと願うような声だった。
「はい」
わたしが肯定すると彼は続けて質問する。
「では何故私を介抱していたのですか?」
「倒れ、た、人を助け、る、のは普通の、事で、す」
その言葉に彼は黙り込む。
気がつけば斜陽は翳り、辺りには濃厚な夜の気配が漂い始めていた。
「…非礼を詫びます。私の名はアデル。革命軍ソストスの主導者です」
彼は静かに告げる。
その声は厳かだ。
「いや、もう私は主導者などではない。ただの人殺しだ」
アデルと名乗った男は俯き、顔を両手で覆った。
まるで罪人のように。