第二話
臓物がこれ以上零れ落ちないように気をつけながら体勢を整え、あたりを見渡す。
木々が鬱蒼と茂っていて薄暗く、どこからか鳥のような声がしていた。
どうやらわたしは森のど真ん中に転がっていたらしい。
見た所暖かそうだが、気温は感じ取れない。
わたし自身に気温を感じ取る機能がないようだ。
そのままゆっくりと立ち上がる。
死体とはいっても、腐っている状態ではないらしく比較的容易に立ち上がることが出来た。
落ちている左腕に近付きながら自分の身体を一瞥したが、持ち物は愚か服すらも着ていない完全な裸状態だった。
(とりあえず何か布みたいなものが欲しい…内臓が丸出しだし、このままじゃ動くに動けない)
そう思いながら左腕を拾おうと屈んだ瞬間。
ヒュッ
という鋭い音と共に、先ほどまでわたしの上半身があった場所に何かが通り過ぎたような気配がした。
(え…?)
怪訝に思いながら振り返ると…
そこにはわたしの身長程ある大蛇が、ゆらゆらと身体を揺らめかせながらこちらを伺っていた。
わたしが状況を把握し、左腕を口に咥えて拾い上げながら距離を取るのと、わたしのいた場所に大蛇が牙を突き立てたのは同時だった。
大蛇が牙を突き立てた地面がジワジワと黒く染まり、周りの草がみるみるうちに朽ちていく。
(…!?…毒!?)
わたしがそれを確認するよりも早く、大蛇は首をもたげて更なる追撃体制に入っていた。
咄嗟に横に飛んで難を逃れたわたしの顔のすぐ横で大蛇の口が音を立てて閉じる。
それを見届ける間もなくわたしは覚束ない足取りで一目散に森を駆け出した。
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どれだけの時間逃げ続けたのだろう。
景色は幾分かひらけてきて、川辺のような場所にやってきていた。
追ってくる大蛇はいつの間にか諦めたのか、あたりの気配はわたしだけになっていた。
(何とか逃げ切れたのかな…?)
へなへなとその場にしゃがみ込む。
腹をおさえていた右手の力が抜けたのか、臓物がべしゃりと音を立てて腹の外へ滑り落ちた。
(おっと、まずい)
腹の外に滑り落ちた臓物を拾い上げようとすると、視界の端にキラリと光るものが見えた。
(…?)
新たな敵かもしれないという可能性も捨て切れない。
落ちた臓物を腹の中に戻しながらおそるおそる近づくと…
(…?…鞄?)
それは確かに鞄だった。
リュックサックのような形のベージュ色の鞄。
キラリと光ったのは鞄の金具のようだった。
(何でこんな人工物がこんな所に…?)
その答えはすぐに分かった。
鞄のすぐ近くに横たわっている白骨死体を発見したからだ。
(どうやらこの世界にもヒトはいるらしいな…)
わたしはその場に跪くと、静かに黙祷を捧げた。
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黙祷を捧げたわたしは鞄の主に内心で謝罪をしながら鞄の中を漁り始めた。
(何か布のようなものがあれば…)
…
……
………
(…!…あった!包帯、それに裁縫道具も)
苦戦しながらも左腕を左肩に縫い付ける。
左腕を左肩にくっつけると何となく神経が繋がったような感覚があり、左手を少し動かせるようになった。
確証はないが、時間が経てば支障なく左手を動かせるようになるだろう。
(次は腹に包帯を巻こう)
鞄を持って立ち上がり、川辺に向かう。
川辺にしゃがみ込み内臓についた土や汚れを洗い流した。
そのまま出来るだけ綺麗にお腹の中に臓物を収めていく。
(これくらいかな)
ある程度中身が整理整頓された所で包帯に手を伸ばし、臓物が溢れ出ないように整えながら包帯を巻いた。
(よし、残った包帯は適当に身体に巻いておこう。わたしはもう人間じゃなさそうな身体になってしまったけれど、元人間的に全部丸出しは良くない気がする)
身体の中心部を大まかに包帯で覆い、満足したその時。
【アイテムの使用を認識】
【選択を受諾しました】
【Level 1 動く死体 から Level 1 マミー に進化しました】
無機質な声が頭の中に響いた。
(え…何…?なんだか、急に……意識が………遠のいて………………)
その声が頭に響いた瞬間、意識を保っていることが困難になり、わたしは静かにその場へ倒れた。