第一話
いきなりですが、どうやらわたしは死んだらしい。
目の前に広がるのはふわふわした白いもやがかかった景色。
白いもやは時折虹色に光り輝いていて美しい。
ボーッとしながら目の前のもやに触ろうとするが、手はおろか体の感覚がない。
身体はなく、人魂のように光の玉のような存在になって浮かんでいるようだ。
本来であれば体の感覚が無いともなれば発狂ものだが、なんだか考えがまとまらず薄ぼんやりしている。
断片的な記憶を探れば、思い出されるのは仕事帰りの怠い体、夜闇を切り裂く眩い光と悲鳴、迫ってくる車の影。
それらを統合して導き出される答え…なんかもう、交通事故か何かでお亡くなりになったとしか思えない。
生前の名前も顔も思い出せず思考も働かないこの状況で、生前の自分に想いを馳せる。
『生前の自分には何か未練はなかったのかな…まぁ、何も思い出せない今となってはどうでもいいか』
そんな事を思いながら、白いもやに身を任せてふよふよと漂っていた時だった。
「待たせたな」
突如聞こえてきた声。
『え…?誰…?』
そんな事を思うと、声の主は性別も年齢も何もかも判然としない声音で
「ワシか?ワシは、そなたらの言うところの神という概念が近いかもしれんの」
と答えた。
『神様…?』
なるほど、死後の世界(?)と思わしき所だ、神様がいるのも不自然では無い。
勝手に考えて勝手に納得している間に、神様と名乗った存在は続けて話し出した。
「突然だが、そなたには元いた場所とは異なる世界に行ってもらう」
『異なる世界に?わたしが?何故』
「本来であれば、そなたは死ぬはずではなかった。しかし死んでしまった。その事に我々は同情してな。異なる世界になってしまうが、転移させようという話になったのよ」
『異なる世界で生き返る、という事ですか?』
「いや、生き返りは出来ない」
『え?それってどういう…』
「まぁ、とにかく行けば分かる。…そなたの行先に幸がある事を願っているぞ」
次の瞬間、眩い光に包まれて、わたしは意識を失った。
✳︎✳︎✳︎
身体がじっとりと湿っていて気持ち悪い。
そんな事を思いながら目を開けると、まず目に飛び込んできたのは鮮やかな赤色だった。
(なんだこれ)
そう声に出そうとすると、声帯から
『ア"ー…ア"ー…』
という呻き声が漏れる。
あたりには臓物のようなものやひしゃげた腕のようなものが飛び散っており、酷い有様だ。
身体を動かそうとすれば、僅かに動いたような感覚があった。
どうやら手や足はあるらしい。
時間をかけて少しずつ手足動かし、身体を起こすと酷い惨状が目に飛び込んできた。
周りに飛び散っていた臓物は自分のものだったらしく、腹からはグチャグチャした赤黒い何かが溢れているし、少し遠くにあるひしゃげた腕もわたしのものらしい。
自分の左半身を見てみれば左腕が胴体と繋がって無かった。
目に入る自分の肌は灰色で、到底生きた人間のものとは思えない。
神様(?)の言葉を思い出す。
「生き返りは出来ない」「異なる世界に送る」
もう一度自分の身体を見る。
血が通っているとは思えない灰色の肌、臓物がブチ撒けられているのに動く体、腕が引き千切れているのに機能していない痛覚。
…
……
………
どうやらわたし、リビングデッドになってしまったみたいです。