魔獣違いで聖女のペットをやっつけてしまった勇者だったはずの俺
その時、勇者タケルの目に聖女に襲い掛かろうとする魔獣が映った。後光がさすように輝いている聖女に狼の顔を持ち、クマのような図体の魔獣が両手を上げてとびかかろうとしていたのだ。
「アレが聖女を付け狙っている魔獣か」
その気味の悪い図体の魔獣の姿に、タケルは思わず生唾を飲む。額は冷や汗でべったりと濡れて、前髪が貼り付いていた。前髪で視界を塞がれたタケルは、手の甲で前髪を退けた。
視界に魔獣と聖女を捉えながら、深呼吸して気持ちを整える。剣を抜いたタケルは魔獣めがけて駆けて行く。
「どりゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
魔獣にあと一歩と言うところで高くジャンプし、剣を振り上げた。
「待って! その子は!!」
聖女が声を張り上げたが、緊張と興奮で、神経を極限まですり減らされているタケルの耳には届かなかった。
タケルは魔獣の頭めがけて剣を振り下ろす。魔獣は雄叫びとともに崩れ落ちた。
すかさず、聖女の下に駆け寄り、声をかけた。
「聖女様! ご無事ですか!?」
「タケルーー!!」
聖女はタケルを視界に入れようともせずに、魔獣に近寄る。タケルと繰り返しながら泣き叫んでいる。
タケルは疑問に思った。聖女はなぜ自分の名前を知っているのかと。
しかし、名前を呼んで駆け寄った先に自分はいない。むしろ魔獣をタケルと呼んでいるように見える。魔獣の死を悲しんでいるようにも見える。
タケルは酷く混乱していた。
30分ほど前――
タケルは日本の自宅の風呂に入ろうと脱衣し、浴室に入った。その浴室は、いつもより湯気が多く幻想的だった。しかし、自宅の浴室にそれほどの疑問を抱く者はほぼいない。タケルも漏れなく疑問を抱かないで、外との温度差かな? くらいに思っていたのだ。
しかし、進めども進めども浴槽に辿り着かない。そのうち、湯気の中にうっすらと木々が見えてきて、足の裏にはジャリっとした土の感覚を覚えた。なんとも言えない危機感と異空間に不安を覚えたタケルは、浴室から出ようと踵を返した。
しかし浴室のドアにもたどり着けない。今のタケルは全裸だ。まかり間違って、いつの間にか外に出ていたとしたら逮捕されてしまう。タラリと背中に生温かい汗が流れた。
どうしようかと困惑していたら、空から近付いてくる光に包まれた。光がシャボン玉のように弾けたかと思うと、魔法陣の上にいたのだ。
気付いた時には、城の中の一室の玉座のようなところに、肩までの金髪、口の上にハの字になった髭の男がいた。そしてその玉座に座る男はおもむろに言った。
「勇者タケルよ。其方に頼みがある」
「へ?」
タケルは全裸である。人にものを頼む前に服が欲しいと思うのは当然だ。服までとはいかなくてもせめて、タオルで局部くらい隠させてほしい。そう思っていた。
しかし王と自称するその男は続ける。
「聖女を付け狙う魔獣がおる。そやつを退治してほしい」
「へ?」
魔法陣の上にいるタケルは恥ずかしそうに局部を手で隠しながら、ぽかんとした顔をする。
さっきまで日本の自宅で風呂に入ろうとしていた普通の高校生だ。意味が分からないと思うのも無理はない。むしろそう思うのは自然なことに思われた。
だが、空気を読まない王は続ける。
「そやつを退治してほしい」
「……なんで?」
タケルがやっと言葉を発せた瞬間だった。
「聖女が万が一にでも殺されるようなことがあれば、この国は立ち行かなくなってしまう。行け! 勇者よ!」
「へ?」
繰り返すがタケルは全裸である。
自分のこの全裸の姿が王の目には映っていないのか。当たり前に話を進める王に、自分はもしかしたら服を着ているかもしれないと思えてくる。
タケルは自分の裸体を見下ろし、王を見つめ首を傾げた。
「行け! 勇者タケルよ!」
自分に何も間違いはないとでも言いたげに自信満々に王は、ビシッと人差し指を扉に向けた。
タケルはもう一度、自分の裸体を見下ろし、王を見つめ首を傾げた。しかし、すぐ後にキリっと表情を引き締めた。
「はっ!」
タケルは起立して、敬礼すると王に問いかけた。おそらく服は着ていることにしたのだろう。脳内補正というやつである。
「魔獣とは一体どのような形でありますか? 聖女様はどのようなお姿で? 俺はどちらに迎えばよろしいのでしょうか?」
「聖女は後光がさすように光輝いておるから見ればすぐに分かる。この扉を出たところに聖女の自室がある。そこで待機し護衛として聖女を守るように」
「はっ! 魔獣とは一体どのような姿でありますか?」
タケルは恐ろしいほどのイエスマンだった。
ノリも良かった。
「魔獣の姿は分からぬが……聖女を護衛していれば自ずと近づいてくるであろう。行け! 勇者タケルよ!」
どれだけ雑な命令であろうと毅然と言い放つ者と人に従い慣れたタケルとでは、王の圧勝だった。
イエスマンのタケルに従う以外の道はなかった。
「はっ!」
それだけ言い残し、タケルは全裸のまま王の指す方向へと歩みを進める。
扉の向こうにいた侍女に悲鳴を上げられ、城の護衛兵士には笑われながら、あまつさえ指をさす者もいた。しかしタケルは王の命令通り聖女の自室へと歩き続ける。
タケルもバカではない。全裸姿が笑われていることには気付いていた。しかし、途中兵士に服を望んでも誰も準備してくれるものはいなかったのである。
チート能力なのか、不思議と聖女の部屋は分かった。ハッキリ言って王は扉を指さしただけである。聖女の部屋までの道は教えられていない。
途中、中庭にさしかかったためタケルは、これ幸いと庭へと出て行き、大きめの葉っぱと木から伸びている蔓を駆使してなんとか局部解放は免れた。
そして、そこで見かけたのだ。後光に包まれる聖女を。見ると魔獣が聖女に飛びつこうとしていたのだ。
「アレが聖女を付け狙っている魔獣か」
***
タケルと言いながら、泣き叫ぶ聖女はキッとタケルを睨みつけた。憎悪のこもった目で睨まれたタケルは、身を強張らせてたじろぐ。
「……聖女様を狙っていた魔獣では……?」
「この子は……タケルは私の飼っていたペットです!」
タケルの全身がじっとりとした冷や汗で濡れて行った。困惑が止まらない。
「……ですが、王からは聖女様を付け狙う魔獣を倒せと」
「ですから、この子は私の飼っているペットです! なんてことを……」
聖女は涙を拭い呪文を唱えはじめる。魔獣は淡い光に包まれた。しかし、何も起こらない。聖女はボロボロと零れる涙をそのままにまた、呪文を唱えた。魔獣は再び淡い優し気な光に包まれた。しかし、何も起こらない。
タケルは思った。きっと治癒魔法なのだろう。どうにか生き返ってほしい。
しかし、タケルの願いは虚しくも届かなかった。聖女の怒りも止まらなかった。
聖女は怒りを抑えきれないと、王のもとへとズイズイと足を進める。その後ろをタケルは気まずそうにほぼ全裸でのそのそと歩く。
「陛下! この者が私のペットを殺したのです! これは万死に値します。聖女のペットに剣をふるうなど!」
「なに? そのようなことが?」
「……ですが、俺は王の言われた通り聖女様を付け狙う魔獣を倒そうと……陛下もおっしゃいましたよね? 聖女を護衛していれば自ずと近づいてくるであろうと。ですから俺は、聖女様に近付いた魔獣を倒したのです」
タケルは暗に説明不足のお前が悪いと王に言った。ジッと強い視線を王に向けるが、王はその視線からそっと逃れる。
コイツになにを言っても無駄だとタケルは瞬時に察した。
「えぇい! 言い訳など見苦しい!」
完璧なる王の責任転嫁だった。王は全然タケルと目を合わせない。しかし圧倒的な権力の差に簡単に屈することになった。
極刑だろうか。タケルは簡単に権力に屈するだけでなく、極刑までも受け入れる準備が整ってしまっていた。
できれば、なるべく苦痛の少ない方法でお願いしたいと思っていた。
「はっ!」
「聖女よ。この者への罰を其方に任せよう」
責任転嫁のうえ、罰則さえも他人に丸投げである。
聖女はジトっとした目でタケルを頭のてっぺんからつま先まで観察した。そしてニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「あなたもタケルと言うのね……。私のペットの命を奪った罰として、この者に私のペットになることを要求します」
本来であれば、タケルもその罰の異常さに驚いたことだろう。しかし、極刑を覚悟したタケルには「そんなことでいいの?」くらいの軽い罰に思えた。
「はっ!」
その軽い罰にタケルの顔には満面の笑みが広がっていく。聖女はその表情におののいてしまう。聖女としては、自尊心を打ち砕いてやろうと考えた罰則だった。しかし、聖女も位のある者。自分の口から出た言葉を即取り消すことなどプライドが許さない。
こうして、満面の笑みのタケルが若干引き気味の聖女に飼われることになったのだ。
タケルが異世界に来てわずか2時間弱ほどの間の出来事だ。その間に、勇者、罪人、ペットと、恐ろしいほどの速さでのジョブチェンジだ。
「ペットなんだから、服なんていらないでしょう」
聖女にそう言われて、タケルは恥ずかしげに局部に当てた葉っぱを取った。
常に後光がさす神々しくも美しい聖女に裸体を見つめられ、思春期真っ只中のタケルは手で隠そうと必死だ。
しかし、聖女はそれを許さない。タケルの自尊心を奪い続け、死んだ方がマシだと思わせたいのだ。
「ペットに羞恥心なんてあるわけないでしょう?」
「はっ!」
タケルは1時間ほどで聖女の前での裸体姿である自分に慣れた。むしろもっと見てほしいと思うくらいになった。
すっかり裸族生活も板についてきたタケルだが、聖女から見ればかわいいペットを殺めた犯罪者だ。なんとかタケルを貶めたい。
リードを付けてみればリードの先を持つよう哀願してくるタケル。
ボールを投げて「取ってこい!」と言えば、はっは息を切らしながら嬉々として取って来てはまた投げるように懇願してくる。
聖女にとって禁じ手ともいえる鞭を使って叩き続ければ恍惚とした顔で腹を見せる始末だ。
聖女はペットを失った悲しみと、悲しみをもたらした勇者への憎悪と、どうしてこんなことになってしまったのかという困惑で、祈りはおろそかになった。
あらゆることを責任転嫁して、あらゆる政務を聖女と取り巻きに押し付けていた王に、祈りができず荒れ果てた国を支えていくことなどできるはずもなく、あっという間に国は廃れてしまった。
しかし、聖女の後光には聖女と、その周りのものへの加護の働きがあったため、いつも傍に寄り添っていたタケルと聖女は二人、荒れ果てた大地に取り残された。
今もなお、とある国の、げんなりした顔の聖女の隣には、嬉々としてペット業を勤しむ勇者だったはずのタケルの姿が……。




