1-7 時を超えても、静寂に耽ける
しじま
新たな情報を聴き、行動の詳細を立てながらながらクレイについて話していたら、あっという間に3時間がすぎていた。
まず、魔法の使用者だが、様々な観測結果からあるひとつの集合住宅に居る事が判明した。どうやらこの感知機器、外魔力の減少範囲をかなり正確に把握できるらしく、その減少が長引くことはすなわち内魔力の回復が発生していることを意味する。確かにそれでは街の外魔力をまるっと吸い取ってしまったら何も分からないだろう。
そしてクレイについては、前世の話と転生魔法についての話を、
「───で、ここにいる訳だ」
今終えたところである。
四人とも話が進むにつれて反応が少なくなった。荒唐無稽な話に思えるだろうし無理はない。
「....信じるか信じないかは任せる」
「うーん...」
軽く頭を抱えながら、啓介が口を開く。
「昨日見た未知の術式の説明は完全に出来てるんだけど、その話と僕の知識が結構矛盾してるというか」
「何だ?」
「二千五百年あたりで世界の戦乱を終わらせて、転生魔法を使って、で何故か二千七百三年のこの時期まで転生できなかったんだよね。これは僕が大学で歴史を専攻したから知れてる話なんだけど、ここ四百年の間は大きな戦争は無いはずなんだ」
「は?」
「それに、それより前の戦争でも戦争を終わらせるほどの、兵卒としての英雄の話は殆ど残っていなかった。小平城の陣や関野の乱、千年近く遡って山家戦乱まで遡れば居ないこともないが、それでも一人だし、最終的には殺されている。二人の英雄が世界を救ってそのままどっかに行く話はないんだ」
クレイとアスラ、どちらが欠けても世界は救えなかった。二人が死力を尽くすことで、やっと平和が取り戻せたのだ。それが無かった事になっているとは、言い表せないような、しかし確実に良くない感情が湧いてくる。
「...だが、少なくとも俺にとっては二千五百十年に戦争を終わらせたのは事実だ」
「で、その矛盾の説明なんだけど」
そう言うと啓介は指を一本立てた。
「まず一つ、二人の英雄が歴史の中で一人に統合された可能性がある。君か、その相方に心酔した歴史学者が居た場合、片方の功績を全て奪って記述することも可能だ。実際その改竄が行われた事例が幾つかある」
「それどう考えても矛盾するよな」
「だからこそ改竄が発覚するんだけど、そこは上手くやる人もいるだろうね」
それは、かなり腹立たしい事である。どちらに功績が全て載せられていたとしても許し難い。共に認め合い、共に戦ったからこそあった平和への道が否定されているのだから。
「で、もう一つの可能性は、暦がずれてる。暦っていうのは何年ってやつね」
「んん?どういう事だ?」
「基準が違うってことだよ。何年って言われるってことは最初の一年があるってこと、でその最初が違う可能性」
「あー、そう言う......なあ、それって」
「理奈さんの前世は二百年どころじゃない、暦が消滅してまた作られるくらい前なのかもしれない。何千年とかそのくらい」
その話からは怒りではなく、やるせなさが湧き出てくる。すぐ転生できるように仕組んだのに何千年もの間その辺を漂うなんて、致命的な欠陥でも作ってしまったのか。
「あとはそもそも違う世界から来た可能性とかあるけどね。そんなの存在も示されてないけど」
「俺の時代もそんなものあるとは考えられてなかった。作った術式がたまたま知らない全く別の効果を持つなんてことまず無いし」
「ともかく、理奈さんと僕、というか歴史家たち含めたみんなの歴史認識がだいぶ違って矛盾してるのは確かだから、そこは出来れば調べたいところだね。僕が思ったのはそれくらいかな」
このような話は聞けてよかったが、しかしなかなか絶望的だ。どのように解釈しても当時考えていた方針より悪い方向にしか突き進んでいない。
それにしても、啓介以外の三人は何も言わないままである。
「その、三人からは何かないか」
「ごめんな、俺達歴史とかやったことないんだ。あれ高校でもやらねぇ」
「分野の存在自体があんまり認知されてないよね」
「教育の方針がそうなんだよな多分」
クレイの時代も、歴史研究は暇人中の暇人がやることとされていた。教育体制が整い、技術の発展した今でもその考え方が残っているのかもしれない。やれば面白いとは聞くし、時々使えることもあるらしいが。
「あー、でも歴史関係ないことなんだけど」
「ああ」
「出てきた魔法に結構知らないのあったから今度みっちり教えてくれない?」
「それくらいならいくらでも。あ、そっちからも出来れば教えてくれるか?」
「了解ー」
人にものを教えるのは慣れているし、結構好きなので、むしろこちらから頼みたくもあったところだ。そしてこちらも新しい魔法を知れば、革新的な発想も生まれるかもしれない。
そうやって話が一段落したところで、天井からピピっと言った感じの音が鳴った。
「...特定出来たようだな。ちょうど出かけてしまったようだが」
「これはちょっとめんどくさいなあ、とりあえず行ってしばらく監視しようか。誰行く?」
間を置かず手を挙げる。
「まあ来てるってことはそうなるよな」
「ああ、さっき渡されたコレも気になるし」
「それがなんのためにあるとか説明したっけ」
「されてないな」
「基本的な機能は外魔力の補填。自動障壁も使えるけど昨日の見た感じそれはいいでしょ」
「ああ、慣れてる方が楽だ」
「お前それが何なのか分からないでここに来てたのかよ」
「最悪使わなくても剣さえあれば戦えるし、戦闘の様子を見るだけでもためにはなるだろう」
「色々考えてはいたのな...」
機能については聞けばいいし、分からなかったら使わない。新しい魔法を提案された時は毎回この手でやってきた。適当じゃないかと言われたことは結構あるが、暇がある時にはあるが無い時は本当に無かったのもあり、これが一番やりやすくて慣れていた。
「......そうだな、じゃあ敵の魔法使いがいた場合九礼に任せる。保護役は俺がやろう」
「ありがとう」
少し考えたようだが、雷は戦闘に理奈が出ることを許してくれたようだった。
「じゃあ早速行くぞ。通信機とその銃を持ってついてきてくれ」
「ツウシンキ?」
「そこの棚に入ってるよ」
唄に言われた通りに壁と一体化した棚を開けると、半円の何かが出てきた。これがツウシンキなるものらしい。
「それをこう、頭につけるとあっちでも私たちの声が聞こえるようになるしそっちの声も届くようになるんだ」
「便利だなあ」
クレイの時代でも、情報を活用できる方が戦いを制す傾向にあった。恐らくそれは現代においても変わらず、だからこそこのような高速情報伝達の出来るものが生まれているのだろう。技術の発展がやはり凄まじい。
「私たちはここで通信管理するから、行ってらっしゃい」
「ああ」
三人に見送られ、雷の後をついていく。その通路は少し暗めで、壁はたくさんの凹凸で埋まっていた。雰囲気があまり平和ではない。
「なんだか、随分と空気の違う廊下だな」
「全て隔壁だからな」
やはり物騒であった。
「通信用以外の空間転移魔法を使う部屋は全てこういう隔壁の先にある。ここに来た時に昇降機に乗っただろうが、あそこにも多重の隔壁が備えられている」
「外部からの侵入への対策が凄いな...」
「過剰だと思うか?」
「いや、命掛かってるんだからいい事だと思う」
「俺も侵入事件からはそう思うようになった」
そして着いたのは、球形の大きな空間だった。所々に突起があり、そこから不思議な魔法が発せられているのがわかる。おそらく登録した以外の内魔力を吸うとか言っていたやつだろう。
中央には黒い靄が浮かんでいる。昨日のものと同じだろう。飛び込みやすいようにか横に台が置いてある。
「お前の内魔力は解析班が既に登録済みだ。もう気絶することは無い」
「それは良かった」
「じゃ、行くぞ」
「ああ」
先に雷が台を登り、飛び降りる。彼は靄に包まれた後、出てこなかった。
彼と同じように台に乗り、下を見ると、名状し難い闇が渦巻いている。普通の人間なら恐怖を感じるかもしれないが、今の理奈にそんなものは無い。知的好奇心と、ある一つの目的のため、軽々と飛び込んだ。
靄は数秒で抜け、目の前に新しい視界が広がる。既に太陽はかなり傾いており、あと少しで日没だろう。
四階ほどの高さから落とされたが、その程度の高さなら強化魔法で簡単に着地出来る。周りへの被害が出ないように、膝を曲げてしょうげきをにがすように。
「まずそうだったら受け止めようと思ったが、まあ要らないか」
「空から落とされても要らないな」
「余裕もありそうだ」
飛び降りた場所は都会のど真ん中。周りには、非常に高い建物が乱立している。これが天楼街というやつだろう。クレイの時代の何倍の高さがあるだろうか。しかも、細い。よくまあ倒れないものだ。
「九礼、お前はここで処理部隊の警戒をしていてくれ。俺は対象を追う」
「分かった。まかせろ」
雷は建物の隙間に飛び、その瞬間姿を消した。また知らない魔法である。帰ったら色々聞かなければ。
そして建物の屋上には、一人理奈だけが残された。
「......すげえなあ」
屋上のへりに座り、下を眺める。綺麗に整った道路、目の保養にするためか等間隔に植えられた木々。汚れも大したものではなく、衛生的にも見た目的にもかなり良い発展を遂げている。
そしてこの天楼。高い。整っている。貴族の屋敷とかにある飾りなどなく、単純さの中に美を見いだしているかのような、豪華ではないながらも見てて飽きない造形をしている。斜めの線が入っていたり、箱を重ねたような形をしていたり。豪華さで競うより、このように様々な方向性での美しさや面白さを競ってくれた方が、理奈は正直好きかもしれない。
しかし一つ気になるのは、人がいない点である。
昨日の夜もそうだったが、この時代の人間は夜になると家に引こもるようだ。夜の街、火の下で騒ぐ楽しみも知っている身としては、そこはつまらないように感じる。
道路の脇にはちゃんと灯りもあるのだから、夜に外に出れない訳でもないだろうに、勿体ない。
本当に静かだ。
たまーに遠くから、自然ではないと音、おそらく車の音が聞こえて気はするが、それ以外は風の音しか響かない。
「......ガキの頃以来だな、こんなの」
かつて自分がクレイだった頃も、兵士として忙しかったり、研究をしていたりで、このような静寂に身を浸したことはほとんどなかった。最後の記憶は、故郷の村を出て何日か後、兵士学校に入る何日か前に、近くの丘で寝っ転がっていた時か。
あれは運命の日だった。
『随分気持ちよさそうに寝てるなあ!』
『あぁ、いい風も吹いてて最高だぜ』
『お前この辺の奴か?』
『いや!昨日来た。兵士学校に入るんだ』
『なんだよ!俺と一緒じゃねーか!俺はアスラ!よろしく!』
『そうか、俺はクレイだ』
あの時、あの丘で出会った二人が世界の英雄になるなんて。懐かしい。
こんな静かな中で思い出に耽けるのも、悪くないものだ。
だからこそ、それを妨げる警報が余計憎たらしいが。
日が暮れる、空が黒く染っていく。警報と共に全ての灯りは消え、僅かな月明かりだけが街を照らす。
「現装」
持ってきた銃の引鉄を引く。さっきよりはかなり少ない内魔力消費で現装魔法が発動し、理奈の体は装甲に包まれる。内魔力の現象は、ざっと三割。装甲に溜まった外魔力を使えば結構な時間は持つだろう。
目を凝らし見回すと、真下の道に大きな車が止まり、そこから昨日見た兵士たちが溢れてくる。
戦闘開始である。
休日に書きためないとヤバいですね☆ 課題も週末にやらないとやばいんですけどね...