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1-9 正義を決めるはその視界

なんか長くなってた

街での戦いから十日が経った。


最初の三日間は、この施設の全ての場所を回ることに費やした。施設は基本的に海底に張り付くように広がっており、あまり起伏は無いようだった。


施設は大きく三つに分けられていた。

まずは転移区画。本土に転移する時に使う部屋や、新しく着た人間に一時的にいてもらう部屋などが配置されている。要は最も危険な領域である。なので、こことその他の区画の間にはかなり頑丈な隔壁が設置されているらしい。

次に魔法区画。魔法の研究や戦闘の訓練などを行う場所。何日かに一回警報が鳴るが、大事に至ったことは無いらしい。なお、海が見える部屋もここにあった。

そして生活区画。ここが一番広い。個人個人の部屋、食堂、教室、会議室、運動室、農業室など多彩な部屋がここにある。本当に色々な部屋が。室内で農業など聞いたことがないがそれでも成立していた。驚きである。


これらの区画と部屋を全て回ったため、三日もかかった。生活区画だけだったり、転移区画には行かなかったりする人もいるらしいが、理奈は戦える上に魔法への理解が極めて深いため全て回ることになったのだった。




そしてその後の七日間は、前世(クレイ)の人生談を交えた魔法講座の教鞭を取り続けた。取らされたのもあるし、自分で取ったのもあるが、七日間もの間何時間も人に物を教えるのは、魔法が好きであってもかなり疲れる。


そして今。



「───で、ここを解決出来ればこの魔法はおそらく完成する。だから暇があればこの研究もしたいけど、実用性がないから後回しにしようってね。これで転生魔法の解説は終わり。...これする必要あった?」

「あるっすよ、転生はともかくそこに至る過程とかに色々いい情報があったんで」

「人体を元にした部分全体に伝播する昇華式とか外魔力不足を解決する手段とかに出来るんじゃないか?元を人間から替えるのは前提だが」

「そうそう、あと情報を浮遊させる魔法とか凄いですよね」

「でも実験もできて無かったのによく実行したっすね」

「いやまあ、生死の境だったし他に手が無かったから」



丁度転生魔法の解説を終えて、知りうる全てを説明し終わった所だった。

特にこの転生魔法の説明は長くてさらに現実味も薄く倫理に反していたりしていたため参加者は少なかったが、それでも四人が全ての話を聞き続けた。

十代でありながら凄まじい好奇心で魔法の知識を求める幽谷(かそだに)有留日(あるひ)

知識の積み重ねを重んじて最初から全部聞くと言っていた(やしろ)啓介(けいすけ)

魔法の研究部門の長を務める(たちばな)(じゅん)

ずっと居て帰るに帰れなくなったが途中から面白くなってきたらしい神宮(かんみや)あきね。

みな、魔法への造詣は深そうなので、是非理奈の知識を応用して新しい魔法を開発していって欲しいものである。



「とりあえず俺の知ってる魔法の知識は全部話したよ。こっちも今の時代の魔法について知りたいから、今度教えて欲しい」

「今からでもいいっすよ?」

「いや、今日はもう疲れた」



七日もすれば、よく顔を合わせる面々の性格もかなりわかってくる。

有留日は好奇心旺盛で熱に溢れており、見てて微笑ましい。理解力も高いため話も早い。だが、その性格の割に、無理なことは無理、要らないものは要らないといった割り切っている面もあるようだ。

そんな彼女の「無理」の範囲を狭めたかったのも、理奈が魔法の細かい解説をした理由の一つであった。



「じゃあ都合のいい時に言って欲しいっす。私は研究室にいるので」

「あんた今はなにやってんの」

「理奈ちゃんさん剣が得意って言ってたんで剣型の現装装備の開発してるよ。丁度色んな魔法も知れたし」

「え?あれにも剣着いてたけど」

「あの剣ただのもしも用っすよ。試作品ならあと何日かでって感じなんで出来たら呼ぶっすね」



前世では外魔力を剣に貯めるようなことしたことがなかったので気付かなかった。



「てかほんと早い。ちゃんと寝てる?」

「寝ないと頭鈍るでしょ」



有留日の語尾は最初はただの口調だと思っていたが、どうやらこの時代には敬語という概念があり、初対面、また年齢や立場が上の人間に対して礼儀上使う言葉らしい。付き合いが長くなるほどそれは消えていくそうだ。

有留日はほとんどの人に砕けた敬語を使っているが、あきねなどのごく一部の人が相手だと口調が砕けるようだ。それだけ仲がいいのだろう。


なお、理奈に対してはあまり敬語は使われていない。中身がそうでなくても十歳の見た目相手だと自然と砕けた口調になってしまいやすいかららしい。それなら仕方ない。そしてそのせいもあるのか、皆最初から理奈には敬語はいらないと言ってくる。敬語の概念も知らなかった身としては有難いことだ。



「さて、誰か質問の残ってる人いる?」

「私はもう聞ききったっすね」

「ああ、俺も今は特にない。しばらく考えたあとでなにか聞きに行くかもしれんが」

「僕も同じかな」

「あたしも」

「わかった、じゃあもう解散でいいか。おつかれさまー」

「おつー」



こうして理奈の魔法講座は終わった。連日長時間の講義、自分も彼らもよく耐えたものである。



「理奈さん」



有留日とあきね、淳はそのまま出ていったが、啓介は残り、理奈に声をかけてきた。



「何?」

「僕、魔法に関して以外でも聞きたいことが色々有るんだけど、今度でいいから時間取ってもらってもいいかな?」

「いいよ。いつでもどうぞ」

「そのいつでもが無理になるかもしれないから先に時間を決めておきたいんだ」



いつでもが無理になるとはどういうことだろうか。何か時間に縛りが発生しうるということだろうが、何が理奈を束縛するのか。



「んん?俺は特にやる事ないはずだけど」

「今はね。でも、多分暫くしたら忙しくなると思う。ここ七日、ずっと何時間も人に魔法を教えてたでしょ?」

「これ以上教えることもないくらいにはね」

「でも、魔法の知識は増えてもその思考回路までは真似出来ないし、理奈さんが当たり前と思いすぎて僕達に伝えられてないこともあるかもしれない。だから、今日までに説明された知識の利用がどっかで行き詰まった時、来てくれって絶対言われる」

「...あー、そうか。それは分かる。当たり前だと思ってると気付けないよな」



魔法が好きか?と言われたことを思い出した。魔法が当たり前の環境の下で過ごした自分では、それに対する感情がどんなものであったか考えもしていなかったのだ。それと同じことが別の場所で起きていてもおかしくない。確実に、彼らと自分では考え方の土壌が異なるのだ。



「それにこんなきつい魔法講義も頼まれたらやっちゃうでしょ。となると、いつかは分からないけど近いうちに理奈さん暇無くなっちゃうと思って」

「はは、全く反論できないな」

「だから、魔法のあんまり絡まない僕の用事は早めに予約を入れておこうと思ってね」

「魔法が絡まない用事って?」

「歴史絡みだね」



そう言えば啓介は初日に歴史のずれについて説明してくれていた。そのずれについての考えをもっと明確にし、さらに仮説を正解に近付けたいのだろう。そしてそれは、理奈にとっても有益な話だ。自分達のかつて救った世界はどこへ行ってしまったのか、現状を見る限りあまり平穏なことではないが、知っておきたい。



「あと、僕の他の用事があるっていうのもあって」

「授業か」



ここには学生くらいの人間も結構な数暮らしている。彼はそんな少年少女達に、大学という場所で培った知識を使って色々教えているそうだ。若者の教育は集団の持続に不可欠、生存と食料の次くらいには重要かもしれない。



「そそ、だからいつもまとまった時間が取れるって訳じゃなくて。明後日とか空いてるから、その辺でいいかな?」

「ああ、いいよ。どこに行けばいい?」

「生活区画の図書室で」

「分かった。用事はそんだけ?」

「うん。ありがとう。じゃ、また明後日か、もしかしたら食堂で」

「おー、じゃな」



こうして啓介も部屋を出て行き、理奈だけが残された。


しかし、遠くないうちに暇が無くなる、そう考えてみると、この誰にも何も頼まれていない時間がどうにも勿体なく感じられてくる。順調に力をつけ、兵士の中でもそこそこ抜きん出た強さだった頃、毎日毎日訓練に連れて行かれた頃を思い出した。他の兵たちと異常なまでの差がつくまで続いたその忙しい日々は、正直今思うと地獄にほかならない。


今この時を、楽しめるだけ楽しんでおこう。

理奈は、部屋の電気を消して生活区画へと歩き出した。









そして十数分後。

理奈はある部屋に連れ込まれてしまった。



「ねぇねぇなにする!?にんぎょうとかつみ木きかいっぱいあるよ!」



目の前で大はしゃぎしているのは小さな女の子。理奈よりも小さい、おそらく六歳か七歳くらいの。玩具と思われる人形や棒や何やらを抱えてきらきらとした目を痛いほど向けてくる。

その向こうにいるのは、さっきまで理奈の講義を聞いていた神宮あきね。どうすればいいのか分からないのか、妙な体勢で固まってしまっている。

そして理奈自身もどうすればいいか分からず固まっている。廊下を歩いていたらこの少女と鉢合わせ、名前を聞かれて答えたら連れ去られてしまった。こんな小さな子相手に抵抗するのも気が引け、なされるがままに。



「そうだ!ちょっとまってて!まほうのつえとってくるから!」



そう言って少女は部屋の奥へと走っていった。開放されたが、言っていたことからしてすぐに戻ってくるだろう。

素早くあきねの方に移動して、状況の説明を求める。



「あの子は誰、これはどういうこと」

「あたしの妹のはるな、遊んで欲しいんだと思う」

「俺だぞ?中身全然アレだぞ?」

「あの子まだ小さくてその辺話してないの、同年代の子も全然いないし」

「それに子供の面倒とか見たことないぞ」

「なんかこう、言われた通りに動いて、ちょっと上のお姉さんっぽく」

「それが分からないんだけど」

「そこはもうなんとなくでいいから言うこと聞いてあげて、あたしにいくらでも貸しにしてもいいから」

「ぬう...」



幼い子相手、現実を押し付けたり突き放すのは非情だろうし、遊んで欲しいのなら望まれた役割をこなすのが大人の、いや元大人なのだが、すべきことだろう。

だったら言われたとおり、彼女の傀儡になるしかない。英雄時代の対応力、それを万全に活かして、彼女を満足させる他に道はない。



「...わかった、できるだけやってみる」

「ありがとぉぉ」



迅速に方針を立てたところで、はるなが帰ってきた。手には二本の、装飾の付いた棒が握られている。



「これもって!」



その一本を差し出されたので、そのまま受け取る。



「りなちゃんはゆりりん、おねえはちょうぜつあくまおうやって」

「ゆりりん...?」

「そう!まほう少女ゆりりん!」



あきねに目を向けて助けを求めると、それはもう申し訳なさそうな顔で目を背けていた。だが、ちろちろとこちらを見て目線に気づいたらしい。



「こう、なんというか、悪い奴らと戦う正義の味方、だよ」



成程、それなら演じられる。英雄は、少なくとも民衆の前では正しく強い存在としての振る舞いをしなければならなかった。その時の経験を活かせばいい訳だ。



「わかった。じゃあ最初は何をすればいいのかな?」

「まずちょうぜつあくまおうがまちをおそいます」

「あっあたしか」



あきねはこほんと一発咳をして、声を調節する。



「はははは!今日も人間達のヤミココロを集めてやろう!景気付けに一発天楼でもぶっ壊してやろうか!」



かなり低く、そして迫力のある声だ。この遊びをよくやらされているのだろうか、かなり堂に入った演技である。もはや別人。



「でたね!ちょうぜつあくまおう!きょうはなにしにきたの!」

「何って...ヤミココロを集めにきただけだが?」



少し蚊帳の外な感じもするが、どうやら遊びは順調に進んでいるようである。このまま順風満帆に行けばいいのだが。



「ゆり!へんしんするよ!」

「へっ!?」



だがそうはいかなかった。



「現装!現装魔法みたいな感じ!」

「わ、わかった!」



小声で呼びかけるあきねに感謝し、すべきことを何となく理解する。十日前の経験を思い出し、今ここでそれを再現するのだ。

おもちゃの棒を握り締め、呟く。



「ヘンシン」

「...かわいくない」



しかしそれは、はるなのお気に召さなかったらしい。真横で、いかにも不機嫌な顔でそう言い放った。



「...ごめん、どうすればいいの」

「ふふん、見ててね」



はるなに助言を求めると、機嫌を取り戻して得意そうな顔であきねに向き直る。そして。



「はるのようせいさん!ちからをかして!」



手を大きく広げたと思ったら。



「てーてれってってってってってー」



音楽を口ずさみながら回りだして。



「さくらーん、だいへんしん!」



止まったと思ったら今度は棒を上に振り上げ。



「はるのちからでみんなをまもる!まほうしょうじょさくらんさんじょう!」



最後に可愛らしく決めた。なるほど、こういうのが今の幼子達には流行るのか。前世(クレイ)の時代に持っていってもまあまあ人気が出そうだ。

だがこれ、そういう年齢を抜けたらとても恥ずかしいやつである。



「こんなかんじ!」



そう、これを今からやらなければいけないのだ。

もしかしたら、十歳でもこういうのはするものなのかもしれない。だからこそ彼女もそれを望んでいるのかもしれない。だか、中身が中身である。

過去を振り返る。あらゆる危機、あらゆる失敗、あらゆる経験を思い浮かべる。だが、ここまで恥ずかしいことをしたことは無い。ぬかるみに足を取られて尻もちをついた上に坂を滑り降り続けた時より恥ずかしい。


だが、それでもやると決めたのだ。彼女の言うことを聞くことこそ今すべきことだ、そう決めた。我は英雄、あらゆる障害を排除すべきもの。羞恥心であろうとそれは同じ。

あきねは、足はそのままだが、手を合わせてプルプルと頭を揺らし、小さな声でごめんなさいを繰り返している。ここで下がるのは大人ではない。


見せてやろう、英雄の心を。






───

──






「......本当に、ごめんなさい......」



柔らかい椅子の上に倒れ伏した理奈に、同じく柔らかい椅子にうずくまっているあきねはそう声をかける。



「...ああ」

「あんなに細かく、しかも長くやるとは思わなくて......」



本当に疲れた。体ではなく、心がひたすら。あらゆる恥を捨て、六歳の少女に要求された全てをこなした。戦士の鉄の心、英雄の豊富な経験、大人としての責務、全てをもって対応した。



「こんな経験は初めてだった......」



だが、それでも限界ギリギリだった。体の中を変な生物が蠢いてでもいるのかと思うくらいの異常な感触を覚えた。この世界に存在する恥ずかしさを一時的に全て受け持った気分、いや、もはや恥ずかしさという言葉には抑えきれないなにかが体の中で爆ぜ続けていた。



「ほんとになんでも言ってね......ほんと」

「いや...貸しとか作る気はないから......けど誰にも話さないでいてくれるといいかな......」

「うん......ほんとにごめん......」

「あきねが謝ることじゃないから...」

「いや、あたしのせいだから...」



そう言いながら彼女は椅子に座り直す。少し悲しそうな顔をしていた。



「どうかした?」

「...いや、そのね」



言いずらいのか少し沈黙が挟まれたが、あきねは話し出した。



「最初に止めれば良かったんだけど、迷っちゃって。はるなを止めちゃいけないなって思って」

「うん」

「言ったじゃん、ここってあの子と同じくらいの子全然居なくて、一人いるんだけど気が合わなくて。それで、同じくらいの歳の遊び相手が欲しかったらしくて」

「うん」

「それに、あの子がここにいるのもあたしのせいだし」



そうなのか。

確かに、はるなのような小さな子が魔法の式を理解できるとは思えない。彼女が魔法を使ってしまった結果、こうなっているのだろう。



「...話していいのかなこれ」

「俺は構わないけど」

「...まあ、知ってる人も結構いるしいっか。はるなと有留日がここに来たの、あたしのせいなんだよね」

「有留日もか」



それは驚きだった。たしか彼女はなんとか町の古本屋で魔法の本を見つけたと言っていたし、今の彼女の姿を見ると彼女自身が魔法を使ってここに来たのかと思っていたのだが。



「1年半ちょっとくらい前かな、真都(しんと)の、水保町(すいぼうちょう)の古本屋に二人で寄ってね、なんか面白いのないかなーって探してたのね。で、有留日が魔法の本を見つけて」



あきねが居た、ということを聞いていない以外は、以前聞いた話と一致している。



「あいつは凄い凝った本だねーとか言ってただけなんだけど、あたし設定本みたいなの結構すきで面白そうだからって買っちゃって。で、あいつちょっと実家遠くて一人暮らししてたからたまにあたしの家に来てて、その日が丁度そうでね。二人で宿題やったあと、はるなも来て三人で遊びながら、そういえばこんなの買ってきたんだーって面白半分でやったら......」

「......そうか」



聞けば聞くほど、彼女らにはなんの罪も無いことが伝わってくる。たまたま見つけた玩具に見えるもので遊んで殺されるなんて、理不尽にも程があるというものだ。



「お前は悪くないよ」

「みんなそう言ってくれるんだけどね」

「そりゃ悪くないからね。お前も悪くないし、有留日も悪くないし、もちろんはるなも悪くない。魔法を拒絶するヤツらが悪いんだよ」

「でも、それだけじゃないんだよ。あの後お父さんとお母さんにもそのこと話しちゃって。で、今ここにいないの。分かるでしょこれ」



少しずつ、あきねの声は感情的になっていく。啜り泣くような喋り方に。膝と腕で顔を覆って。



「あたしが魔法を使ったせいで四人も人生が狂っちゃった。姉目線だからかもだけど、はるなはとてもかわいいし、有留日は前からあんな感じだから研究者としてきっといつか大成しそうって思ってた。お父さんもお母さんも健康だったし、寿命いっぱいまで生きれたはず。でも、私が何となくでやったことでそんなの全部なくなった。私がみんなの普通を奪ったんだ」



彼女は完全に、自分が悪いと思ってしまっている。有留日が、はるなが、どう思っていようが、彼女のその荷は降りることは無いだろう。彼女自身が下ろさないから。

そういうのは、他の人には絶対に触れない類のものだ。どれだけ下ろそうとしても下ろせず、むしろ負担が増え続ける。程度の違いがあれど自分もそうだからだ。理奈の母親の人生を狂わせたという事実は、誰に何を言われても変わらずこの心に残り続けるだろう。


だが、その積荷を下ろすことは出来ずとも、消すことは出来るのだ。



「その普通を変えればいい」

「えっ」



立ち上がり、背筋を伸ばし、手を広げ、あきねの前に立つ。

彼女が悪いことをしたと思っているなら、それを悪いことと思えなくしてしまえばいい。その行動は誰かを狂わせたのではなく、ちょっと先に新しい普通に背中を押しただけ、そうとらえられるようにすればいい。

そして幸にも、ここにはその手段がある。確実とまでは言えずとも、大きな可能性を内包した手が。


戦いの時の男の言葉を思い出す。魔法は人には扱いきれない、殺戮を止めることは出来ない。それは一理あるだろう。だが、そのためにこのような悲劇を、そして殺戮を起こすなど本末転倒なのではないか。

どこか心に引っかかっていたものが、すっきりととれたような気持ちになる。



「そんな」

「お前の目の前にいるのは誰だ?ただの十歳の子供か?違う。前世で世界の戦乱を終わらせた英雄の片割れだ。魔法で世界を左右してしまったやばいやつだ。しかももう一人の最強に僅差とはいえ勝っちゃったやつだ」



信じられようが信じられまいが、事実だ。驕りも謙遜もしない。事実から全ては判断される。



「俺にとってはこの世界こそ異常だよ。あんなに便利でいつも隣にあったものが、使うだけで殺されるような危険物扱いなんて、今でもなかなか信じられない。息を吸うなとか言われてるようなもんだよ」



広げた手のうち、右手を胸に当てる。柔らかく、少し強くしたら骨の存在が簡単に感じられる薄い胸。前世の筋骨隆々な体とは比べ物にならないほど脆い。戦闘の時、無意識に強化魔法を強くかけていたくらいには弱い。

だが、それでも。



「外魔力は希薄だし、体も軽くて前世より弱い。けど、経験と内魔力はまだここにある。だったら、いくらでも補えるし取り返せる」



自分のすべきと思ったことを諦める理由には、ならない。



「お前のひっくりかえした人生が『普通』になるように、『普通』の方をひっくり返してやるよ」

変身口上の理奈パートも書こうと思ったけど一回書くだけで正気度8割持っていかれたので諦めました キッッッッツ

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