1-8 肌で感じる現代の空
「伝播剣装」
剣を逆手で抜き、楼閣の上から狙いを定め、
「殺す気があるなら、殺される覚悟もあるよな」
一気に、大量の突きを放つ。
それらは雨のように兵士の集団を襲い、ガキンガキンと音を立てながら何人かが倒れる。
気付かれたようで、銃らしきものをこちらに向けて粒を放ってくる。が、障壁でそれを防ぎつつ同じように突きを放つ。
二三回それを繰り返すと、そこの兵士集団はみな倒れた。
『もしもしー』
「うわっ」
地上に降りようとしたところで突然耳から声が聞こえた。唄の声だ。
「通じたね。今から私が観測情報見ながらどこに敵がいるか伝えるね」
「あ、ああ」
これがツウシンキというものの力か。素晴らしい情報伝達機能である。
『今何しようとしてる?』
「車一つ分の兵を倒した。どうする?」
『お腹の当たりぶっ壊して、遠くから』
「首じゃないんだな」
『そいつら人間じゃないからね。伝達中心機関がそこにあるんだよ』
「覚悟も何も無かった...」
再び下を見る。人間ではない、キカイの兵士は、数は二十一。今度は精度を上げて、伝播魔法をより強く使い、全ての腹部に思いっきり突きを放つ。それらは全て腹部に命中し、するとキカイ兵はひとつ残らず爆散した。
「爆発したが」
『自爆機能付きなんだよ、便利だね』
「次は?」
『その道路を左に行って』
「了解」
『道三つ先の右から来てるからね』
剣を順手に持ち替え、屋上から飛び降りて煙臭い道路に立つ。確かに兵士の残骸からは人の匂いはせず、金属の破片がころがっているだけである。随分と使い勝手のいい兵器を作ったものだ。
そして昨日のように薄くて大きな障壁を張りつつ、指示通り三つ先の道まで走り右を見ると、先程と同程度の数の兵士が居た。
「確認した」
『左からもまだ来てるから気を付けて』
「わかった」
道に入ってすぐ、今度は拡散魔法を使い、今度は縦に刀を振り下ろす。その性質は、大きな破壊力をある程度拡散させ、遠くなるほど細かく、しかし広い破壊をもたらすもの。その斬撃は地面を割りながら進み、キカイ兵達を散らす。これ一発でも兵は半分が爆発し、もう半分も体制を崩した。こうして叩いていけば耐久力も分かるものである。
「もう一発強めに行くか」
『理奈さん後ろ!』
「わかってる」
先程左にいると言われた兵たちは速力を上げて挟撃を目論んだらしく、障壁をかなりの速さで通過した反応があった。だが、ここまで力の差がある場合、それはただ居場所をわかりやすくしているだけである。
振り下ろした刀を今度は思い切り振り上げ、半円を描くように反対側に振り下ろす。上に飛んで行った斬撃の分はもったいないが、速攻優先ならこれがいい。
「他にはいるか!?」
『いるけどまず前の敵!魔法使いが』
その警告の途中で、凄まじい速度で何かが突っ込んできた。背の高い男が、魔力で脚力を強化して斬りかかって来たのだ。
すぐさま体勢を直して受け止めるが、体重の違いか踏み込んでも思いっきり吹き飛ばされてしまう。
「くっそ!」
『後方に建物!止まれる!?』
「出来る!」
推進魔法を掛け、体を大の字に開く。すると、体のあらゆる部位が前方に強く押され、速度が遅くなる。体に負担はかかるが、止むを得ない。
『一般人に見られるともっと被害が増えるから気をつけて!』
「分かった!」
自分から見たら死ぬと信じられているなら、壁に穴を開けない限り見られることは無いだろう。つまり言えば自分も相手も建物に傷をつけない戦いを強いられることになる。制約が多いが、街の中の戦いの経験は何回かある。
速度が落ちることで、なんとか建物にぶつかる前に剣と足を地面につけて静止させた。しかしそれは、今の魔法使いが理奈に追いつきやすくなったということ。再び彼は真っ直ぐ理奈を目掛けて飛んできた。
普通に受け止めては同じように吹き飛ばされてしまう。なら避ける。しかし避けられなかったらまた飛ばされる。
なら、飛ばされてもいいようにしてしまえばいい。
剣を構え、突っ込んでくる男を待つ。神経を尖らせ、一瞬一瞬を認識する。
そして、剣と剣が触れ合おうとしたその時。
強化魔法を掛けた左手で、相手の右腕を掴み、軽く後ろへ飛ぶ。
「!」
「やっと顔が見れたよ」
強化したところでかなりの衝撃が入ったので痛いが、この程度ならなんてことは無い。そのまま男の右手を左に引っ張り、男と自分の位置を入れ替え、推進魔法で地面に自分ごと落とす。地面に摺れるのは彼だけで、減速出来る。
しかし彼も黙ってやられている訳では無い。剣に魔力が集まるのを感じ、回避すると、逃げ遅れた髪たちが宙を舞った。
速度もまあまあ落ちたため、手を離して男と距離を取り、すぐさま剣を構える。
話を聞くなら今だろう。
「貴様が昨日の子供か」
しかしなんと、彼の方から話しかけてきた。
「そうだよ。何か用かな?たまたま俺も用があるんだけど」
「我々の仲間の一人よりお前に言伝がある」
「昨日のあいつか?」
「違う」
魔法処理部隊の人間。知り合った覚えもない人間からの伝言とは予想外で奇妙な話だ。
「で、何なんだ」
「奴からの伝言は我々処理部隊の理念。『人では魔法を十分に制御できない。故に魔法による殺戮を事前に止めることは叶わない。故に我々は魔法使いを殺す』、だ」
「...え」
『動いてないけど何かあったの!?増援いる!?』
最早気味が悪かった。
理奈がここに来た本当の理由は二つあった。まず剣を使った場合、自分は今どれ位弱くなっているかを確かめ、新しい戦闘方針を練るため。体が十歳の少女で外魔力も減っているとなると、攻撃の受け方や魔法の使い方も変わる。それを実戦で確かめたかった。
そしてもう一つ、なぜ彼等が魔法を使った人間を殺すのかを聞くため。なぜそのような理不尽な、理不尽に思えるような事が為されているのか。納得できる理由が欲しかった。
そのど真ん中にハマるような言葉を、敵の一人がいちいち伝えてきた。まるで理奈の思考を先読みしていたかのように。
「そしてもう一つ奴は言っていた。理念を伝えたら、殺す気でやってこいと」
「はぁ?」
『後ろから兵が来てる!』
さらに意味不明になった。接点もないのに伝言があり、殺す気もあるとはどういうことか。しかも伝言の内容は理奈の欲していたもの。気持ち悪いという感情にすら達せられないほど困惑で頭が埋まっていた。
男はこれ以上話すことは無いといった風に、再び突撃してくる。それと同時に、後方からキカイ兵達が大量に鉄の粒を飛ばしてくる。
把握できないことが多過ぎる。連続した情報が頭の回転を遅くする。しかし、それで鈍るような自分ではない筈だ。
その場で思いっきり飛び上がり、突撃と最初の銃撃を回避し、そして拡散剣装で二方向に何度か斬撃を飛ばす。
「すまん!増援まだいい!次は!?」
『そのまま魔法使いを止めて!もうすぐ雷ちゃんの方が終わる!』
「分かった!」
推進魔法で再び地面に降り、既にこちらに向かってきている男に今度は伝播魔法を放つ。今度は拡散しないまま斬撃が彼のもとに伝わるが、彼はかなりの速さでそれを回避する。
先程から見ていてわかるが、彼は加速、そしておそらく減速も得意なようだ。強化や推進の魔法が得意なだけでなく、それを用いた戦闘に慣れている。
「こいつに全部使っていいか?」
『いいよ!あと一分で仕事は終わりだから!』
「よし」
昨日のように無駄に高ぶるのは避けつつ、しかし全力で戦う。それが今の自分のすべき事だ。
地面に推進魔法を伝えて突撃してくる彼に向けて放ち、大きな土壁を作る。それと同時に伝播魔法を使った剣で突く。しかし、直前まで見えていないというのに彼はその突きを防ぎきったらしい。高速戦闘に慣れている分動体視力も良いのか、魔法を事前に把握出来ているのか。
彼の前に出来た固い土の壁を飛び越え、今度は自分に推進魔法を掛けて彼に切り込む。減速していた彼はその速度に負け、そのまま地面を突破って地下にできたちょっとした空間に転落する。土壁に消費された分がさっきまであった場所だ。
それでも彼は体勢を崩すことはなく、伝播魔法に似た魔法を使ったのか斬撃を飛ばしてくる。どれもかなり重い攻撃だが、推進魔法をかけつつ剣で弾けばそこまで飛ばされずにあしらうことが出来た。
しかしその間に男は銃を取り出し、こちらに向けていた。障壁魔法を念の為三枚張る。
が、放たれた粒はそれらを軽く突破した。
「なっ」
目の前まで迫ったその粒を剣で受けるが、その推進力は凄まじく、全力で推進魔法を使ってもかなりの高さまで飛ばされてしまう。
そこで昨日の最後の方で飛んできたものと同じ、超高速な魔力のない粒が複数飛んでくる。それは障壁で止めることが出来た。
しかしそれは囮なようで、移動していたさっきの男から再び先程の粒が、今度は何発も放たれる。今度は遠さもあって回避出来るが、近づくことは難しいだろう。
ならばここから、彼の攻撃を上回るような攻撃をすればいい。
彼のいる方向には海が見えた。そう言えばこの辺りは市街地と港湾があると聞いた。海の向こうにはうっすらと陸が見えるが、そこまで近いという訳でもないようだ。
これなら大丈夫だろう。
「空間剣装」
道の向こうの建物の隙間、その向こうにある港の海。人のいないであろう線を見極める。橋は掛かっているが、アレくらいは大丈夫だろう。使う魔力を調整し、魔法の届く距離を決める。
振り上げた剣に籠るのは空間魔法。それは、魔力の続く限り全てを断つ斬撃。クレイなら、全力で放てば山だろうが海だろうが真っ二つにした、空間に干渉する最強の剣。たった一つ、アスラの空間障壁を除いて、あらゆる障壁、障害、物質もこの前では無いに等しい。
「破断剣」
剣を振り下ろす。
剣の通った道の延長上にある地面、木、橋、海の全てが二つに分断されていく。そして無音の斬撃が通過した後、その均衡を保てなくなった木や橋が崩れ落ちていく音が街に響く。クレイと比べても、魔力消費に対する効果距離は変わらないようだ。
たが肝心の男は切れていない。この魔法の危険性を察知したのか、直前でなんとか避けていた。空間魔法を回避するとは、先程までも全速力ではなかったのだろう、素晴らしい速さである。
では次はどうしようか。空間魔法は魔力消費がだいぶ多く、内魔力も装備に籠っていた魔力も、感覚からして戦闘開始時に比べて三割くらいに減っている。この男、予想以上に強い。
攻撃を避けつつ伝播魔法で対処するか、と思っていたところ、もう一度粒が飛んできた。回避しようとするが、なんと避けても方向を変えて理奈に向かってくる。
まだ手を残していたのか、と思い迎撃しつつ彼の方を見ると、たちまち狭い路地に姿を消してしまった。
『理奈さん』
追おうと思い、近くの天楼の屋上に降り立ったところで唄の声がツウシンキから聞こえた。
『作戦終了、近くに転移出すから帰ってきて』
「追わなくていいのか?」
『魔力反応的に撤退したんだと思う。どっかの建物に隠れられたら探してるうちに増援が来ちゃう』
双方が増援を重ねれば負けるのは戦力が少ない方。これ以上彼らとやり合っても得るものもないため、撤退は正しい判断だろう。
街が少しだけ明るくなった。警報も終わり、損傷のない灯りが再び点ったのだろう。完全に彼らも撤退を選んだと解釈できる。
『あと、反応は囮だったよ今日は』
「そうか」
再び街は静寂に包まれた。
さっきの男の言っていた言葉を思い出す。
”人では魔法を十分に制御できない。故に魔法による殺戮を事前に止めることは叶わない。故に我々は魔法使いを殺す”。
魔法に限らず全てを支配することなど出来ないだろうに、なぜ魔法に対してのみそう言うのか。なぜこの時代は魔法使いを拒むのか。
そしてなぜそんなことを伝えてきたのか。そして、なぜ理奈が来るとわかっていたのか。囮を使って我々を呼び出しても誰が来るかは分からないだろうし、昨日保護された人間が来るとは普通思えないだろう。
風が理奈の顔を撫でて、通り過ぎていく。汗と時間のせいだろうか、風がさっきより冷たく感じられた。
七時過ぎたら寝坊だと思ってる