同期
「そろそろお時間ですよ、殿下。」
「…………。」
王宮の一室。寝心地のよさそうなキングサイズのベットで、セリュジア王国王太子、アルフレッド・セリュジエは半裸姿で布団に包まっていたのだが、秘書の女に呼ばれ、気だるそうにのっそりと立ち上がった。
「もう。人目のないところだとすぐこうなんだから。」
「ちょっとくらい許せよ。」
アルフレッドは軽く笑って上着を身に着けた。よくよく見ると、目元には若干の隈があり、女はため息をつきつつもスケジュールを確認し始めた。
「……アルくん、あの子のこと?」
「……あぁ。」
先日行われた、入隊式の歓迎パフォーマンス。
副隊長たちによる鬼畜な連続攻撃。今年は性格のひん曲がったやつが多かったため特に鬼畜だったのだが、一位通過の入隊者は見事にくぐり抜けてみせた。
防戦の一方であったことは否めないが、それでも竜族の目からすれば、判断力といい瞬発力といい、黒魔族の中でも素晴らしい能力であったと思う。おかげで白魔族副隊長の出番がなかったくらいだ。これからもっと伸びるだろう。
だが、いいことばかりではない。こんな形で存在が露見するとは、少し想定外だ。
「……第三の『トイアール』、か。」
*
「カミラー、起きて―。」
ボスワース領の中心都市、ワースミランナ。そのまた中心にある隊宿舎。そこで私は昨日から生活を始めている。
今年の新入隊者二十七名は五つの班に分かれ、各領にある隊宿舎で先輩隊士とともに暮らすこととなった。
普通の隊士は半年周期で所属する領を交代していくが、見習い隊士は三か月周期で交代していく。
私の最初の所属領はボスワース領。他にカミラ含む四人とともに、これから約一年いろんな領を回っていくわけだ。せっかく仲良くなったエドと離れたのはさみしいが、同族同士は同じ班になれないらしいので仕方がない。
……それにしても、起きないな。
「カーミーラー」
「…………うぅ」
「カーミーラーさーん!」
「……………………」
起きない。
昨日は姉御肌でさっぱりした、美人のお姉さんというイメージだったのだが、どうやら朝は弱いらしい。かれこれもう二十分奮闘しているのだが、全くもって起きる気配がしない。
今日は初任で、朝には隊長を含む全隊士との朝食とご挨拶があるというのに。
もし遅れたら――。
「クロエさん、だっけ。呆れられちゃうよね……」
「起きる。」
寝起きとは思えないほどの気迫だった。
*
「えー、うん、はい。」
長い食卓を囲み、見習い隊士五人は互いの顔を見合わせた。
「あ、アニタ・カルレアです。どうぞよろしく……」
「……カミラ・ボスワースです。」
「ダーシャ・ボルニーで~す。」
「リリアーヌ・ルシャ、です……。」
みんなテンションが低そうに聞こえるのは気のせいではない。特にカミラ。なんでも隊長のクロエ・ボスワースは、昨日から私用のために三日間ほど留守にするらしく、朝食を一緒にできなかったのだ。どんよりした空気がにじみ出ている。
「なんかうちの班女子率たけーな! 俺以外みんな女子じゃん。」
女子四人はテンションの高い男に目を向けた。
「俺はクレオン・ガヴラス。火属性! 竜族! 十九歳!」
「十九歳?」
私と同じ新入隊者ならば十八歳なのでは? と思い質問すると、カミラから返事が返ってきた。
「去年や一昨年受験して落ちた人とかも再試験できるわよ。最も、合格率は低いけど。」
「あ~違う違う。俺現役合格よ。」
「? でも十九歳って……」
「去年合格したけど、姉の店が経営不振でさ。入隊辞退しようと思ったら殿下が猶予くれたんだよ。寛大だよなー。」
「殿下が!?」
いち見習い隊士にそこまでするとは、なかなか心の広い王子様だなと思いつつ、昨日のパフォーマンスでの試すような目を思い出した。
今思い出すと相当危なかったと思うのだが(主に私の命が)、毎年ああなのだろうか。少なくとも三か月くらいは竜に乗りたくない。
「えっと、ダーシャが拳族でリリアーヌが白魔族?」
「そうで~す」
「カミラは剣族だよな。何属性?」
クレオンは向かいに座るカミラに顔を寄せ、つゆ草色の目を覗き込んだ。
「近いな……水よ。クレオンは火か。リリアーヌは風でしょう。」
「ダーシャは闇~」
「カミラさん水なんですね……意外です。」
オドオドした様子でリリアーヌは口にした。
「意外って?」
聞き返すとリリアーヌは身体をビクリと震わせて何故か謝った。
「お、お姉さんが『トイアール』だから……すみません…………」
「トイアール?」
「なんだ。自分がそうなのに知らないのかよ。」
クレオンは私を見て軽快に笑った。何故笑われているんだろう。
そういえば、さっきからちらほらと周りから視線を感じるのだが、それも関係あるのだろうか。
「アニー、『トイアール』は、光属性の使い手を指す言葉よ。」
「へぇ……?」
「無知だねぇ~。ダーシャ先お部屋戻りま~す。」
ダーシャはスキップしながら食堂を出た。マイペースな子だな。
見送ってから、カミラはゆっくりと説明してくれた。
そもそも、この世界には五つの種族と属性が存在する。呪文や魔法陣で魔法を繰り出す黒魔族、生まれつき決まった形状の剣を召喚し、魔力を纏わせ操る剣族、己の肉体に魔力を纏わせる拳族、魔力を共有している竜を召喚する竜族。病気やケガに効く魔力を持つ白魔族。
そしてその魔力にも火、水、風、闇、光と属性があり、これによって魔物との相性なども顕著になってくるのだ。
しかし、光属性というのは特殊で、闇属性に有利だが圧倒的に数が少ないらしい。
せいぜいその時代に一人いれば多いほうらしいが、今このセリュジア王国には、私を含め三人の使い手がいる。
一人はボスワース領隊長、カミラの姉であるクロエ・ボスワース。意外とはそういう意味だったのか。
もう一人は白魔隊副隊長、コレット・マレー。
「……コレットさん!?」
コレットさんといえば、王都で道案内をしてくださった心優しい女性だが、まさかそんな偉い方に案内を頼んでしまっていたとは。
「……で、大変珍しい存在だからっていうのが、そう呼ばれてる理由の一つ。」
「他にも理由があるの?」
「もう一つは単なる噂だけどね。」
「あー……」
私以外の三人は顔を見合わせて、苦々しく笑った。
「『三つの光が揃った時、それすなわちグジンが人類を創り直す時』……って伝説。」
「…………つまり私、世界滅ぼしちゃうってこと?」
「「「………………。」」」
三人は無言で牛乳を飲み干すと、静かに席を立って行った。相変わらず視線が痛い。