入城
人の流れに身を任せて、私達3人は隊服を支給してくれるらしい列に並んだ。
「名前と受験番号を」
「あ、アニタ・カルレア!253番です!」
つい体が力んでしまい、少し声が裏返ってしまった。しかし、受付の隊士さんは気にすることなく253番…253番…と探し続ける。
「あ、あった…はい、コレね。更衣室で着替えてくださーい。」
無造作に透明な袋に入った隊服を渡され、急かされるように次の人へと意識を変えていった。
あまり服には執着していないが、それでも新品の隊服には胸が踊る。
「アニー!」
ニマニマしていると後ろから同じく隊服を持ったカミラがやってきて合流する。
「更衣室はこっちだって。行こう」
「あ、うん!」
ついさっき出会った迷子仲間とは思えないほど親しげに接してくれるものだから、まるで昔から友達であったかのように錯覚してきた。そしてやっぱり美人だ。
「ーーーで、アニーはなんか知ってる?」
「……ん?何が?」
見とれていたら話を聞き流してしまっていたようだ。
「決まってるでしょ。今年の1位入隊者よ!」
「1位?」
「そうそう。」
入隊に順位なんてあったのか。知らなかった。
「今年の上位争いはけっこうハイレベルだったって噂があって、みんなソワソワしてるの」
「へぇ……」
私が孤児院にいた頃に聞いた話では、どうやら王国軍の入隊試験は相当ハイレベルな試験らしい。
毎年定員40名。だが一定以上の力量も求められるため、定員割れの年も多い。
現に去年の試験では、合格したのはたったの十名だったと聞く。
「去年落ちた人も何人かは受けてるだろうし、何より学院卒がけっこう頑張ってたって話。」
「学院?」
「……え?」
「……あ、いや、知ってるよ?」
どうやら私が学院を知らないのではないかと思ったらしく、慌てて訂正する。まぁ、正直あまり知らないけど。
学院。13歳〜17歳の5年間、入学には学力だけでなく、ある程度の魔力が必要な王立の学院。大きくわけてふたつのクラスがあり、ひとつは学問中心の普通科クラス、もうひとつは王国軍に入るための戦闘訓練中心の軍科クラス。
更衣室の扉を開くと、色んな意味で大人っぽい女の子たちがたくさんいた。そのうち何人かがカミラに駆け寄ってきたので、私は一人場所を確保し上着をぬいだ。
王国軍に入隊したのはほとんどが学院卒らしいので、若干アウェーだ。
ここで自分から話しかけられるだけの能力があればマシだったのだが、生憎森生まれの孤児院育ちだ。同年代の子と話したこともなければ、こんな大勢の女の子に囲まれたことも無い。
高くて綺麗な天井をぼんやりと眺めながら、私は隊服に手を通した。
「ねぇ、どうする?」
「え〜……私じゃないよ多分〜」
「もしかしたらってこともあるじゃない!お化粧しといて損はないって!パフォーマンスのために!」
……パフォーマンス?
私はシャットダウンしていた周りの声に耳を傾けた。よくよく聞くと、どこのグループもパフォーマンスとやらの話題で持ち切りのようだった。
不安になり、慌ててカミラを探しだす。
そうしてゆらゆらと揺れる紺色のポニーテールを見つけると、控えめに肩をつついた。
「?アニーどうしたの」
「……ぱ、パフォーマンスって、何?」
瞬間、空気が一気に凍りついた。
え、なに?まずいことでも言ったかな?
そんな思いが血の気の引いた頭の中でぐるぐると回り出す。
「あ、アニー」
カミラがそう呟いた途端、一斉に周りが声を張り上げた。
「「「パフォーマンスを知らないの!?!?!?」」」
「は、はい!ご、ごめんなさ」
言い終わる前に、比較的セクシーなお姉さんがすごい勢いで詰め寄ってきた。
「王国軍に入るのはそれが目的って奴もいるくらい、それはもう凄いのよ!知らない人なんてこの国にいないわよ!」
「ごめんなさ」
「しかも今年はあのアルフレッド殿下もするんだから、あ〜〜!もう楽しみ!!」
「ごめんなさ」
「それよりもシモン副隊長よ!あの方の闘う姿といったらもう……」
「ちょ、ちょちょ、みんな!」
カミラが制してくれたことで、セクシーなお姉さんたちの猛攻に終止符が打たれた。
すっかり小さくなった私に、カミラは優しく説明し出す。
「アニー、パフォーマンスっていうのは、毎年入隊式で行われる副隊長の方々の見世物だよ。」
「み、みせもの……?」
そんなものが、どうしてこうも人気なのだろうか。
「言葉じゃ伝えられないんだけど、副隊長の方々の技術が本っ当に凄いんだ!そこに、入隊試験一位通過の人だけが一緒に魅せる側にいけるの。」
「……つまり、副隊長さん達と一緒にパフォーマンスをする、ってこと?」
「そう。10年間くらい毎年見に来てるんだけど、今年は特にすごいってみんな予想してる。まぁ、姉様の時が一番美しかったけどね。」
へぇ〜と相槌を打っていると、ふと疑問が浮かび上がった。
「カミラ、毎年王城に来てるってこと?」
「うん、そうだけど?」
「……じゃあ、なんで迷子になってたの?」
今度はカミラだけがピシリと固まった。
それから徐々に顔が青くなり、異様に汗が滲み出す。
「カ、カミラ……?」
本当に申し訳なさそうに、小さな声で弁明した。
「………………方向音痴なの」
「あぁ〜……」
土地勘のない私がいえることでもないが、少なくとも10回以上来たことのある土地で迷うということは、相当なのだろう。
始まったばかりですが、しばらく更新ストップします。申し訳ありません。