着・王都
丸一日かけてモンテマジョル領を抜け、現在は王都との間にある『ヨナフの森』を乗り合い魔力車は進んでいる。
魔力車は、文字通り魔力を原動力にして動く車である。町中を移動する際にはよく利用するが、領地をまたいで乗ることはあまりない。というのも、乗客は対価として自身の魔力を魔力車に提供せねばならず、長時間の移動となると並の魔力量では途中で尽きてしまうのだ。
ほかに長距離移動方法といえば、竜族のあやつる竜に運んでもらうこともできるが、こちらは硬貨払いでコストも高く、乗せてくれるかどうかは竜の機嫌と天候次第という、とにかくリスキーな方法だ。
王都に着く前に、私の魔力も切れてしまうのでは?孤児院を出発した直後はそう思わなくもなかったが、どうやら杞憂だったらしい。
「もしかして、アンタも王国軍に?」
「あ、はい!」
目の前に座る同年代くらいの男の子が、魔力供給のための腕輪を擦りながら話しかけてきた。
モンテマジョル領の中心都市から乗ってきたので、おそらく同じ黒魔族だ。
「よかった。乗るのが俺一人だったら魔力切れも想定してたんだが、倒れずにすみそうだ。」
「でも私、そこまで魔力多いってわけでもないですよ?」
「運転手さんの魔力もあわせりゃ、なんとかなるだろ」
一番前で車を操っているおじさんは、背を向けたままこちらに手を振った。
このおじさんは王都からわざわざ私や目の前に座る男の子を迎えに派遣された王国軍隊士らしく、魔力量もそこそこだと話していた。あと、王の方針でここ数年定年退職の年齢が下がってきていて、これが最後の王国軍としての仕事だとも。
一緒に働けないことを少し残念に思いながら、私は窓の外に目を向けた。
徐々に森が開けてきて、王都の建物がちらほらと見えてきている。
「アンタ名前は?」
向かいの男の子もまた窓の外を見ながら、尋ねてきた。
「アニタ・カルレア」
「エドガルド・ロドリゲスだ。まあ、よろしく」
あまり興味無さそうな顔だったが、手を差し出してきたので私も差し出しぎゅっと握る。
「よろしく」
昔森で出会った男の子は私より少しだけ年上のようだったし、孤児院には同年代の子はいなかったので、なんだかむず痒かった。
「「で……………っっっか…」」
私とエド(そう呼んでくれと言われた)は、王都の中心街・ミハラの入口にある、ひたすら巨大な門の前で立ち尽くした。
入隊試験があった会場はここより一つ前の町だったので驚くほど立派なわけではなかったが、さすが王城のある街、門から造りが違う。
放心状態になっている間に、いつの間にか王国軍隊士の運転手さんは車とともにいなくなっていた。私とエドは顔を見合わせ、とりあえず足を踏み入れる。が。
「……ねぇエド。ひとつ聞いていい?」
「……なんだ」
お互い溢れかえる人混みに目を向けたまま、静かに疑問をぶつけた。
「王城って、どこにあるの?」
「……………………」
ガヤガヤと賑わう通りから目線を上げて、高くそびえ立つ星塔を見つめる。
星塔。それは何千年も前、人間に力を与えた神が降り立ったとされる塔であり、取り囲むようにして王城、そして王国全体が形成されている。
つまり、星塔にたどり着くことイコール、王城に着くことなのだが、全く土地勘のない2人がどれだけ歩き回ったってそう上手くはいかない。
「誰かに案内してもらうか?」
「それはちょっとなぁ……」
人々は買い物を楽しんでいるわけだし、お店の人はみんな忙しそうで、わざわざ案内してもらうのは気が引けた。
うーん、と2人で首を傾けていると、人混みの中にこちらを見ているポニーテールの女の子と目があった。同年代と思われるが、私と真逆のキリッとした顔立ちがとても美人で、思わず凝視してしまったのだ。それを機に、女の子は私の前まで来てこう言った。
「すみません、王城までの道って分かりますか?」
「大変だ。18歳の迷子が3人もいるぞ。」
虚ろな目でとぼとぼ歩くエドに、ポニーテールの美人は申し訳なさそうに勢いよく頭を下げた。
「ごめんなさい。まさか同じ新入隊者で、しかもこの街が初めてだったとは!」
私とエドはもはや悟りきったような気持ちで、いえいえと首を振った。
とりあえず、三人で歩きながら今後の相談をしていくことにする。私は今ある情報を整理しようと、女の子に尋ねた。
「確か王都って全体が円形になってるんだよね?」
「あぁ。星塔が中心になってるはずだから、目指していけば着くんだろうけど、なにせ道が入り組んでて、ね……」
「あー……集合って何時だったっけ?」
「八時半」
「………………」
現在の時刻はぴったり八時。初日から遅刻なんてしてしまったら即クビだ。約束を果たすどころではなくなってしまう。
「やっぱり、迷惑かもだけど誰かに案内してもらおっか」
私が最初に拒否した方法だが、もうなりふり構ってはいられない。
危機的状況に追い込まれたような顔を互いに見合って、近くのパン屋から出てきた女性に狙いを定める。
「あ、あの!」
「え?はい」
振り向いた女性から眠くなりそうなほど優しい香りがして、一瞬言葉に詰まった。
「私たち、王城に行きたいんですけど、もしよければ、案内してもらえないでしょうか!?」
女性はぱちくりと瞬きをした。左の目元にあるホクロが印象的で、どこか上品な雰囲気が漂っている。
もしかして、私はどこかの高貴な人に声をかけてしまったのだろうか。
一瞬そんな考えが過ぎったが、女性はにこりと微笑み、あっさりと了承してくれた。
「もしかして、今日から王国軍に?この街は初めて?」
「はい」
「そっかぁ、じゃあ迷うわよね……。私、コレット・マレーというんだけれど、お名前は?」
私、エドと、順番に女性へ名前を名乗っていく。最後に女の子が綺麗に切りそろえられた前髪を揺らして答えた。
「カミラ・ボズワースです」
「……………………ボズワース?」
「はい」
「………………」
どこかで聞いたことがある気がして、私は記憶を探り出した。
ボズワース、ボズワース、ボズワース……
答えにたどり着いたらしいコレットさんは、大きな目をさらに大きく見開いた。
「もしかして、ボズワース領主の娘さん!?」
「領主!?」
「そんなとこです」
ボズワース領。剣族が主に生活していて、とても外観の整った場所だと聞いたことがある。その領主の娘ということは、相当なお嬢様ということであり、わざわざ軍に入る必要はない気がする。
そんな私の思考を読み取ったのか、カミラはコレットさんに続けて話し始めた。
「私の姉が、王国軍剣士の隊長をやっているんです。いつも守ってもらってきたから、少しでも力になれたらと思って」
「そう……クロエさんと……… …たしかに、目元とかそっくりだし、その横髪とか同じだものね。」
カミラは右側の横髪をピンで止め、耳にかけていた。コレットさんの話からすると、カミラのお姉さんもまた同じことをしているということか。
「あのクロエさんのご姉妹なら、きっと才能も豊富なんでしょうね。……頑張ってね、三人とも。」
見上げると、そこには壮大な王城が視界を覆い尽くしていた。時計を見ると時刻は八時二十分。どうにか間に合ったことにホッとしつつも、力強くそびえ立つ星塔がなんだか恐ろしい。
コレットさんにお礼を言って別れ、もう一度改めて城を見渡す。溢れ出す畏怖の念と、なぜか少しの懐かしさを感じながら、私たちは王城に足を踏み入れた。