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セリュジア王国幸福論  作者: こじし
ボスワース領編
12/13

一か月

 その後、非常に恐縮だったが、とびきりの美人スマイルを受けた私はカミラの家から膨大なな量の本を拝借した。おかげで私の部屋は本で埋め尽くされている。

「にゃあ~」

「あれ、どこ行ってたのユア」

 私の使い魔であるはずのユアは、度々私の意志に関係なく姿を消す。出てきてほしい時は召喚術を使わなくとも何故かいるので困ってはいないが、普通は召喚術を使わなければ使い魔は姿を現すことも消すこともできないし、召喚している間は私の魔力を消耗するはずなのだが、ユアにはひとつも通用しない。本当に謎の多いネコである。

 しばらくして、クロエ隊長からエディさんを通じて手紙を受け取った。内容は、当分は私の使い魔として扱うこと、モンテマジョル領に配属されたら隊長のアンナ・メンディエタを訪ねてユアを預けること、というものだった。

 私やカミラたちの班はボスワース領から始まって、ビェルカ領、アンドレ領と回り、最後にモンテマジョル領に三か月ずつ配属されて見習い期間が修了するはずなので、少なくとも来年まではユアとともにいられる。

「おいでユア、一緒に寝よう。」

「……にゃあ?」

 上位の使い魔だからというのもあるが、一番はやはりなんといってもこの可愛さだ。できればこのままずっと一緒にいたいが、それは叶わぬ夢なのだろう。

 今だけでもと思い、私はベッドの中で思いっきり抱きしめた。



「ねえアニー。私たちがボスワースに来てから何日経ったと思う?」

 いつも通りの朝食時、なにやらカミラが神妙そうな顔で聞いてきた。

「え、えーっと…………まあ、一か月経ったね。」

 ここに来てもうそんなに経ったのかと思うと、なんだか不思議な気分だ。あと二か月経てば今度は違う領に配属されるので、今のうちにたっぷりとボスワース領を堪能しておかなければ。

 とまあ、それは置いといて。

「そう、一か月。一か月経ったのよ。なのに……」

 あー、また始まったなぁと、クレオンと私は顔を見合わせた。


「どうして姉さまはいまだに帰ってこないの!?」


 初日にクロエ隊長は三日ほどの留守だと聞かされていたにも関わらず、あれから一か月経ってもまだ隊長は戻ってきていない。

 カミラは手紙のやり取りだけはしているようだが、毎回『少し滞在が延びる』と書かれているらしく、カミラの元気は日に日に失われていくばかりだ。

「たいちょーなんだから仕事も多いんじゃねぇの? てかどこに行ってんの?」

「……ビェルカ領、ですって。」

「じゃあ長引くのも無理はねぇって。」

「どうして?」

 聞くと、クレオンにしては珍しく言いずらそうな様子で口をもごもごさせた。多分見かねたとかではないだろうが、朝食を食べ終えたダーシャが私の背後から答えを述べた。

「だって、剣族と拳族は仲悪いんだもーん。」

「え」

 私を含めてみんなが苦笑いを浮かべる中、ダーシャはいつも通りの表情で進めていく。

「戦闘スタイルも真逆だしぃ、ほかの国じゃよく差別しあってるし、もう遺伝子的にそーゆう運命なんじゃない?」

「そ、そんなことはないと思うわよ……?」

 カミラがすかさずフォローを入れるが、あまり意味を成していない。

「まあ私はカミラちゃんのことけっこう好きだからぁ、みんながみんなってわけでもないよねぇ。どちらかというと黒魔族の方が嫌いだしー」

 そう言って、ダーシャはまた一足先に食器を片付けていった。

 最後の一言は私の方を見て言った気がするが、まあ気のせいだと思うことにする。いや思いたい。

「…………。」

 数分間ほど見習い四人の間に沈黙が流れたが、それを破ったのは意外にも、あまり自分からは喋らないリリィだった。

「で、でも、それにしたって少し長引きすぎでは……?」

「やっぱりそうよね!?」

 再び火が付いたかのように身を乗り出したカミラは、ほかの先輩隊士の笑い声や話し声をかき消すほどの声を張り上げた。リリィがびっくりして縮こまっている。

「別に姉さまは相手が拳族だからって敵意はむけない方だし、第一……はっ」

「おぉ? どしたどした」

「まさか……いえ、あり得る……きっとそうだわ…………またあの男が……」

 以降永遠にブツブツし出したカミラを放って、私とクレオンとリリィは食器を片付け、各々任務の準備へ自室に戻っていった。



「―――それじゃあ今日の任務ね。」

 エディさんの前に、まだブツブツと何か言っているカミラを含めた見習い隊士五人が集められた。何気にこの五人で一緒に同じ任務をするのは初めてである。

 リリィはそもそも白魔族なので、通常は軍医隊の中で仕事をしているし、任務はだいたい先輩隊士を含めて三人組でこなすため、今回は少し特別な雰囲気だ。

 一体どんな任務なんだろう、と主に私とリリィが固唾を飲み込んだ。


「君たちには……副隊長の捜索を行ってもらう。」


「…………………は?」

 副隊長の捜索? 捜索はいいとして、副隊長の?

 呆気にとられた私たちを見て、エディさんは申し訳なさそうに項垂れた。

「いや、ほら……。隊長の出張が思ったより長引いて、その分の書類仕事が副隊長に回っちゃってさ…………その、あの人書類仕事嫌いだから、まあ……」

「要するに、脱走しちゃったってことですかぁ~?」

 ダーシャがそう言うと、エディさんは顔を手で覆って地面に崩れこんだ。

「ほんっっっとダメな上司でごめんなさい……僕を殴って…………」

「いやエディさんは悪くないんじゃ……」

「隊長から見張るよう頼まれてたんだけど……あの人逃げたり隠れたりするプロだから……」

 つまり、一筋縄じゃ捕まらないから見習い隊士全員を捜索にあてたということか。

「俺かくれんぼならめちゃくちゃ得意なんで! 誰が先に副たいちょー捕まえられるか競争な!」

「いや一応任務だからね?」

「もうどう受け止めてくれても構わないから、どうかお願いね……」

 かつてないほどにどんよりムードのエディさんに背を向けて、私達はそれぞれ違う道に分かれて捜索を開始した。


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