魔法の成り立ち
ちょこっと世界の核心に触れるお話。
「いやあぁかっわいい~!」
きゃあきゃあと食堂中に響き渡る声に圧倒されつつも、私はだいぶ舌に馴染んできた隊宿舎の朝食を口にした。
初任務から一週間。はじめはあまり接点を持たなかった先輩隊士の皆さんとも少し打ち解けてきた。
初日に感じた異様な視線もまだ消えてはいないが、明らかに少なくなった気がする。というのも、きっとこの子のおかげだろう。
「にゃあ?」
ひと鳴きすればあら不思議、周囲の視線を一気に集め、次々と骨抜きにしていく。
あの夜、成り行きで私の使い魔となったネコ、ユア。
かわいらしい見た目をしているが、ネコは上位の使い魔。扱いにくいがかなり有能らしい。普段あまり見かけるものではないし、軍の中にも従えているものは少ないので、朝食や夕食の際は皆毎日頭やのどを撫でにやってくるのだ。
「私も撫でていい?」
「カミラ!」
力強く頷くと、カミラもまたへにゃりと顔を緩ませてユアの首元を撫で始めた。
「いいなあ黒魔族は……こんなに愛くるしい生き物と一緒にいられるなんて……」
「あはは」
「俺の竜も可愛さなら負けてねぇよ?」
私とカミラの間ににょきっと顔を出してきたクレオンがにやりと笑った。その後ろからはダーシャが頭をカクカクさせながら、いかにも寝足りなさそうにやってくる。
「おはようクレオン。竜って明らかにかっこいいの部類じゃない?」
「わかってないな~! 俺の竜はかっこいいしかわいいの!」
少し遠くから、うちの竜もかっこかわいいぞー! と声がしたかと思うと、いや私の子の方が、いやうちが、と竜族の『うちの子』自慢が始まった。
「朝からうるさ~いなぁ~」
ダーシャは相変わらずのマイペースぶりで、リリィは縮こまりながら黙々と食事をして、カミラはデレデレして、クレオンは元気で。
「あはは!」
この初めての空間が、なんだかとても心地よかった。
*
「お、お邪魔します……!」
「そんなにかしこまらなくて大丈夫よ。」
さあ入った入った! と、カミラは躊躇なく私の背中を押して足を進ませた。
今日は軍に入って初めての休日。というわけで、お願いしていた本を貸してもらうためにボスワース邸へご招待されてしまったわけだが。
「いや無理だよ……! 私友達の家とかくるの初めてだし、そもそもこれは家……? お、大きすぎない……?」
「まあ仮にも親が領主様だからね。他の領主邸の中にはもっと豪華なとこもあるわよ。」
「これより豪華……?」
門前から既に滲み出る厳かな空気感に圧倒されていたが、中に入るとさらに気後れしてしまった。
従者さんたちが出迎えて、荷物を持ってもらい、流れるように部屋へと案内されていく。初めての経験で心臓が鳴りっぱなしである。
「というわけで、書庫になりまーす。」
「……は、はーい……。」
楽し気なカミラとは反対に、私は十歳くらい年老いた気分だ。
「一応ここに学院で使ってた教科書類はあるんだけど、気になるなら他の本棚も自由に見ていいわよ。」
「ありがとう、カミラ。」
自由にと言われたが、正直歩き回りにくい。しかし好奇心の方が強くなり、お言葉に甘えて練り歩くことにする。
教育、文学、医学、と細かく分類されていて、どこかの図書館のようだ。
本のタイトルと作者を見渡しながら、ふと歴史書の本棚で足を止めた。
「アニー、どうかした?」
机で紅茶を飲んでいたカミラが、隣に来て私の視線を追った。
「この、ユリシス・ビェルカって人、なんだか他の本棚でもよく見たけど」
「ああ、なんたってその方は『天才』だからね。」
「?」
カミラはいくつかの本や教科書を持ってきたかと思うと、私に背表紙を確認させた。
「これも、これも……全部ユリシス・ビェルカ?」
「そう。しかも発行はすべてここ十年間。十一歳で初めて神話についての論文を書いて、それから数学でも医学でも教育でも、何冊もの本を出してる。」
「へえ……ん? 今その人って何歳なの?」
「えっと……二十三歳だったかな。」
「にっ…………!?」
こんな膨大な量を、たった五つしか変わらない青年が書いたとは。それも『ビェルカ』ということは、これまたビェルカ領領主の血統だということだ。
私は手元の『魔法の成り立ち』と書かれた本を凝視し、おもわず唾を飲み込んだ。
「ほんと参考になるから、いくつか持って帰っていいわよ。」
「わかった。」
世の中にはすごい人がいっぱいだ。
*
昔、とある人間の一族だけが富と民を支配していた。人々は平等と争いのない世界を願い、神はそれを叶えるために力を与えた。
人智を超えた力、鋼の肉体、折れることのない刃、人々を癒す力、未知の生物。神は互いにない力をそれぞれに与え、共生の道を願った。
これがのちに、黒魔族、拳族、剣族、白魔族、竜族と呼ばれるようになる。……というのが、神による『一度目の創造』。
これは、孤児院の数少ない絵本のなかにあった『魔法のちから』というお話で何度か読んだ覚えがある。その次の『二度目の創造』も、神が人間に属性を与えた話であることは知っている。しかし。
争いがなくならないのを見かねた神は、今度はすべての生き物に火、水、風、闇の四つの属性を与えた。変化に耐え切れず姿を消した生物もあった。しかし、人間の争いは増えるばかりでいっこうになくなる気配がない。
そこで神は、自身の光の力を二人の人間に託した。
彼らは五つの部族をまとめ、やがてひとつの国を作った。人々は彼らを崇め、『トイアール』と呼んだ。
「これが、本当の意味でのトイアール……ってことか。」
でも、何故私やクロエ隊長といったトイアールが今でも出現するのだろう。少なくとも私は、神に力を託された覚えはまったくない。
しかし、光の力をもってしても争いはなくならなかった。呆れた神は、人々に言う。
力を受け継ぐセリュジアの巫女の血が途絶えた時、私の存在は消滅する。
光が数多にに分かれて人界に降り注いだ時、私の力は消滅する。
「セリュジアの、巫女の血?」
代々セリュジア王国では、姫が王に即位するのがしきたりだったと聞くが、先代王が亡くなられた直後はまだ姫がおらず、異例の王子、つまり現王が即位することになったらしい。
たしか、今はアルフレッド・セリュジエ殿下には妹君がおられるから、次の王はその姫君だろうといわれている。
ただ、副隊長としても活躍している王子とは反対に、姫は名前もお姿もまったく公表されておらず、唯一存在することだけがわかっている。
少し不自然に思わなくもないが、これを読んで納得した。王子は婚約もまだだと聞くし、きっとたった現状ただ一人の巫女であるから、大切に育てられているのだろう。
そして。
「光が数多……って。これってトイアールの話?」
何杯目かの紅茶をいただきながら、隣で読書するカミラに問いかけた。
「そうよ。」
「カミラたち、『三つの光が揃った時、それすなわち神が人類を創り直す時』って言ってたよね? 三つの光?」
「今までこの世界に三人以上のトイアールがいたことなかったから、噂で三人集まるとたいへんなことになるって広まっただけなの。実際は本にある通り、一体何人集まったら力、つまり魔法が消滅するのかはわかってないの。」
「なんだ、びっくりしたぁ……。」
てっきり私が世界を滅ぼす最後の魔王なのかと思ってしまっていた。
「そんなに重く受け止めるものじゃないわ。巫女のしきたりはもう伝統として受け継がれているけど、トイアールの話は少し信じがたいもの。」
「そう……だよね!」
そうしてできたのが今日の魔法と、セリュジア王国である。




