緊急会議
01
朝。
僕はあれから一睡もできないまま朝を迎えた。
傷を負ったニトはぐっすり眠れたようだ。
他の皆も断続的にではあるが、一応眠ることができていた。
テントから出て最初に入った光景は、無数のゴブリンの死体。数は僕達の方に来たゴブリンよりも多く、目の前の死体だけでも20頭はいる。
空気は腐り始めている肉と辺りに飛び散った血で吐き気がするほど生臭い。
岩に囲まれた場所にテントを張ったのが失敗だった。臭いは留まったまま、僕達の精神を抉る。
「おはよう。皆」
隊長は座ったまま振り向き、僕達がテントから出てきたのを確認した。
立ち上がってこちらを向いた時疲れている様子は無かったが表情は少し暗かった。
「ニト、傷のほうはどうだ?」
「はい。アヤメが治療してくれたから血は止まりました」
「よかった。アヤメ。ニトの治療をしてくれてありがとう」
「私の持ってきた薬草では応急措置が精一杯でした。血は止まっていますが、いつまた出てくるか分かりません。一刻も早く城に戻って手当てしないと」
「そうだな。では急いで片付けるぞ」
僕達は急いでテントをたたみ、荷物をまとめた。隊長はその間に離れた場所にある焚き火から武器が入った厚手の袋をもってきた。
この休日、僕達は油断していた。
もしもの時に備えて常に武器を携帯しておくべきだったんだ。そうすれば、昨日みたいな事態になっても慌てずに対処できたかもしれない。
「出発するぞ。開けた場所でも各自警戒は怠るなよ。もはや、敵は来ないという保証はないからな」
帰りの道は誰も話さなかった。
警戒しているからという理由もあるが、なにより敵がどこから責めてくるか分からない状況で話す余裕なんてない。
昨日歩いたこの道も全てが怪しく見える。
鳥の鳴き声も、揺れる草むらも、風の音ですら意識してしまう。
それほどに、怖い。
見えないものほど怖いものはない。
その言葉の意味を僕は今、身をもって体感している。
行きとは違い、城には2時間かけて到着した。
「私はこれから上級騎士を集め、緊急会議をする。皆は自分の部屋で休んでいるんだ」
隊長の言うとおりに僕達は自分の部屋に戻った。部屋に入るとペットのロドリゲスが多めに入れておいたエサ箱から食べ物を取り出して、朝食をとっていた。
[おい。まだ1日しかたってねぇじゃねぇか。もう遠足はお仕舞いか?]
僕は基本、ロドリゲスを部屋から出さない。
今普通にこいつと喋っているが、こいつはただのトカゲである。僕は生まれつき爬虫類と話すことができる。
しかし、動物とは普通しゃべれない。だからはたから見ればトカゲと喋っていることになる。
そんな場面を人に見られたら白い目で見られるので僕はこいつを部屋から出していない。
「いや、中止になったんだ。昨日の夜、ゴブリンの群れが襲ってきたんだ」
ベッドで横になりながらロドリゲスに遠足で起きた出来事を話した。話しているうちに、ロドリゲスが険しい表情になっていたのに気がついた。
「どうしたんだよ。ロドリゲス。何か気になったことがあったのか?」
返事は帰って来ない。
少し不安になったので、近くにいって様子を見ようとベッドから起きあがるとロドリゲスが呟いた。
[もう、この姿ではいられないか…]
「ん?どういうことだよ。この姿ではって………」
僕の言葉を最後まで聞かず、ロドリゲスは僕の目を見て言った。
[ルイス]
その瞬間、ロドリゲスが光に包まれる。
直接見ることができないほどの光。その眩しさに僕は目を瞑ってしまう。
暗い瞼の中、ロドリゲスの声が聞こえた。
[また会おう]
それから、ロドリゲスの声は聞こえなくなった。
光は次第に弱まり目を開けれるようになったところでロドリゲスを見ると、そこにロドリゲスはいなかった。
「おい。ロドリゲス!」
そこにあったのは、白い指輪だった。その指輪を手に取り詳しく調べてみる。指輪には鱗のような模様が沢山彫られ、口で自分の尻尾を咥えていた。顔はロドリゲスの様に愛嬌のあった顔ではなく、竜の様に険しい顔をしている。触った感触はざらざらしていて、蛇を触っているような感覚だ。
調べ終わると、なぜか僕はその指輪を右手中指にはめていた。
手が勝手に動いてしまったのだ。
慌て取り外そうとするも、全く動かず取れない。
填めたままでもきつくは無かったので、僕は外すのを諦める。
その後部屋中をくまなく探したが、ロドリゲスは見つからなかった。
もう一度指輪を見る。
あいつがいなくなって、この指輪が出現した。その意味は分かっているけれど、しかし頭が理解しようとしない。
重なる心の痛みに、今の僕はどうにかなりそうだった。
02
シュメール城内に鐘の音が響き渡る。この城には複数の鐘がある。その一つに時刻を知らせる鐘がある。この鐘は一時間おきに鳴って、城下町にも聞こえる音で皆に時刻を知らせる。今回鳴ったのはそれとは別の比較的小さな鐘で音もかなり低い。
しかしその音色は城内の隅々まで響いていく。
聞こえた騎士達は何事かと思い立ち止まる。何人かはすぐに走りだした。皆同じ場所へ向かって。
彼ら向かっている場所にあるのは会議室。200人入る大きな部屋で、その中は豪華な装飾は無く、城内のどこよりも寂れて見える。豪華と言えるのは部屋の正面にある玉座とその上部に垂れているボロボロの幕だけ。その幕の中心には金色の糸で甲冑と剣が縫われている。
長方形のテーブルが20個縦に並び、一テーブルにつき10個の椅子が置いてある。
集まった騎士達は着いた順にその椅子に座り、ある人を待った。その座ってる騎士の中にルイス達の隊長、ルシウスもいた。
残っている席は正面にある玉座だけ。
玉座に座る者はすぐに現れた。
現れたのはこの国の王、アレクサンド・フェイ・シュメール。
幕に縫われた甲冑と同様の金色の鎧を着ていて、実戦向きとは思えない程綺麗な細工がほどこされている。各所に青が使われており、金色をより一層際立てている。
顔立ちは美しく、まさに美男といえる。
動きは洗練されていて、みただけで貴族生まれと分かる。彼の歩き方をみれば、他の人のなんて皆同じに見えるくらいだ。
王は変わらぬ足取りで玉座に座る。
「[召集の鐘]を鳴らしたのは誰だ」
その低く綺麗な声は会議室全体に響く。
「はい。私でございます」
立ち上がったのは王の手前の席にいたルシウスだった。
ルシウスは上級騎士の中でも一番の実力者である。副隊長の理由は王がいるからである。王は各国との政治を行う他に、騎士達からの情報も聞き入れている。
「聞こう、ルシウス。何があった」
「昨夜、我々の部隊はビラ湖で野宿の演習がてらキャンプをしていた所を、約40頭のゴブリンに襲われました」
ルシウスの話しを聞いて、騎士達がざわめきだす。その中から騎士の一人が手を挙げる。
「ビラ湖には近年、魔物は出ていなかったでしょう。どうして今になって急に現れたんです?」
「そこが問題です。近年音沙汰の無かった魔物が突然姿を現わした。私は、今後さらに多くの魔物が各国に押し寄せて来ると考えています。敵は、先程私達が遭遇したゴブリン達を偵察としてよこしたと思います。ですので、最初に攻撃を受けるのは我が国ではないかと」
ルシウスは自分の考えを王に伝える。
多くの騎士は、考えに頷いている。
「確かに。その可能性は十分にありえる。ではこれより、この国は警戒体制にうつるとしよう。各自警戒時の規則に従って行動してくれ。それと、竜が来た時の為に、現在ダグニ城近辺を調査している[竜狩り部隊]も呼び戻すとしよう」
不満点はあるか、と王は皆に聞いた。
不満は無く全員賛成と思われた中、一人会議室の中央にいた男が手を挙げた。
男の名前はクリスト・トルク
細身で異様な顔立ちをしている。エルフのような長い耳を持つが、彼はエルフではなく普通の人なのだ。
常に細目で、彼の瞳を誰も見たことがない。
喋り方は淡々としていて、覇気がない。
「クリストか。話してくれ」
「はい…。私は竜狩り部隊は呼び戻す必要は無いかと…」
その発言に騎士達はまたざわめきだす。
お前は何を言っているんだ、とヤジを飛ばす者も。
クリストはそんなことは気にせず、王の反応を待つ。
「クリスト。なぜそう考えた?理由を教えてくれ」
「相手は近年姿を現しませんでした。私の考えでは恐らく魔物は衰退しています。近年魔物を見なかったのはその為で、だから今回の襲撃もゴブリンしか居なかったのは、彼らの上位存在のオーガやオークが死に、さらにその上で指揮する竜や恐るべき古竜達も死んだ為だと思います。普通ゴブリンや、オーク達を統率するのは竜でありましょう。その統率がなければ、彼らは本能のままに動きだす。竜がいるならまだしもゴブリンに対し、あの部隊は過剰すぎでしょう。あの人達を呼び戻すより現在調べている城跡の調査を続けさせた方が賢明です」
私なら、そうします。クリストは付け足して言った。
「それはどうだろうか?クリスト」
クリストの考えに対し、ルシウスは答えた。
「古竜や竜が滅びたという証拠は、何処にもない。奴らがゴブリン共に指示して襲撃をさせたとも考えられる」
ルシウスの言うことに騎士達は便乗した。
王はそれに乗らず、クリストの考えに対しこう告げる。
「クリスト。君の考えは間違いではない。だが、ルシウスの考えが本当だった場合、私達は竜に対し苦戦を強いられる。もしそこで敗れてしまったら我々人間達は滅びてしまう。そうなるのを避ける為に、万全を期しておかなければならない。分かるな?クリスト」
「はい…王がそう仰るのなら…」
それ以降、クリストは黙った。
王は立ち上がり扉前まで歩き、振り返る。
「[竜狩り部隊]は早くて一週間で戻るだろう。その前に敵が来たら、やむを得ない。私達で対処するしかないだろう。私はこれから、各国に対し警戒するよう手紙を出す」
それでは皆、解散!
その合図で騎士達は席を立ち、会議室をあとにした。