ジャンケン
01
ビラ湖。
シュメール地方南側にある湖。
城から歩いて一時間程の場所にあり、辺りには木々が生い茂っていて、花もたくさんある。昔はキャンプ地としてよく家族連れで来る人がいたらしいんだけど、僕が生まれる前に魔物の群れによって殺された複数の死体が発見されたらしい。
どうして魔物によって殺されたのか分かったのかと言うと、魔物は人を喰う時に必ず内臓が沢山入っている腹部しか食べない。
その時に発見された死体達も例にもれず腹部だけが喰われていたのである。
それ以来、誰もここにキャンプをしに来なくなったそうだ。
どんなに綺麗な湖でも、魔物が出現するとなれば足を運ぶ人も減る。
遠足気分で魔物が来るかもなんてちっとも考えていない。
歩き始めて一時間。
予定通り僕達は湖に到着した。
「ふぅ~着いたか」
僕が荷物を下ろして湖の綺麗な空気を吸おうとした時
「ひゃっほぅー!」「湖だぁー!」
後ろからアルキールとニトが走り抜けて行った。
そしてそのまま湖の周りを走りに行ってしまった。
「「らんららら♪らんららら♪らん♪」」
よく見ると、二人共スキップをしている。
どんだけ楽しみだったんだよ。
「ふふ。二人共はしゃいでますねー」
「ったく…。これからテントを張ると言うのに…。」
さらに後ろからアヤメとニールが到着した。
「少しは騎士としての自覚を持って欲しいです…。」
「良いじゃないですかー。彼らが住んでいる場所を考えてみれば、こんな景色の良いところは滅多にないんですよー。楽しませてあげましょー?」
「ん。まあ、確か―
「あー。ニールさん。あそこ見て下さいよー。ヴォルケニルがあるグラン山ですよー。遠くからでもよく見えますねー」
「……」
クラインとライナはどこに行ったんだろう…と探していると、木に登っているクラインを見つけた。
クラインは早速木の上で休んでいる。
エルフって木登りとか得意なのかな?
まあ、エルフの住んでいるのって密林だから木登りなんてお手のものなのだろう。
なんてことを考えながらライナを探していたが、僕はライナを見つけることができなかった。
…どこに行ったんだ?
02
よう!ニトだぜ!
ここからは俺が話し手だ!
いやーこんなに景色が良いところに来たのは初めてだ。しかも空気も上手い。
俺の住んでいたヴォルケニルは岩ばっかりで味気ないからこんなに綺麗な場所はテンション上がるぜ。
実際にテンション上がりすぎて今アルキールと一緒に湖の周りをスキップしてる。
右も左も絶け……ん?
湖の周りを8割進んだ辺りで、俺は左の草むらで何かが動いたのを見つけて足をとめた。
「どうしたのニト?何かあったの?」
俺が急に止まったでアルキールが聞いてきた。
「ああ。ちょっと見てくるから、先に行っててくれ」
「うん。分かった。じゃあ先に行ってるね」
アルキールが進んで行くのを見届けながら俺は草むらに近づいていった。
こういうのは気になってしょうがないのでどうしても確認したいんだ。
近くまで来て中をのぞいてみたらそこにはライナがいた。
何故すぐに分かったかと言えばライナには猫耳がついているからだ。
ライナは獣人で動物と人間の中間の姿をしている。
獣人はサラ砂漠にあるアジュラカって場所に住んでいて長い耳を持ってるんだ。そして皆性格が積極的なやつばっかりなんだ。
なんで長い耳なのかって?
俺にはわからねぇよ!
ライナは他の獣人と違って耳が短くて性格も控えめ。
まあ、俺が会った獣人が大体長い耳を持っていて積極的な性格だっただけでライナみたいな獣人も他にいるかもしれねぇ。
でも、ライナはかがんで何やってるんだ?
気になって横から覗いてみると
「ンフフ。かわいいですねぇウサギちゃん。」
二頭の野ウサギを撫でていた。こいつ、たしかミナクイウサギって言うんだっけ?
ライナはそのウサギを「モフモフ」と効果音が付くくらいモフっていた。
「エヘ~」
動物が好きなんだろう。撫でている顔は緩んでいる。
撫でているライナもかわいいし、撫でられているウサギもかわいい。
……やべぇ。ずっと見てたくなるぜ。
ライナの頭を撫でそうになるのをこらえて、俺はライナに話しかけた。
「ライナ。動物好きなのか?」
「はい~とっても好きです~……ハッ!」
僕が隣にいるのを今気付いたらしい。
さっきまで緩んでいた顔が急に口を三角形にして動揺していた。
動揺したかと思えば、今度はこちらの様子を伺うような目になった。
「あの…ニトさん。私が動物を可愛がってるのを見てどう思いました?」
その言葉には変な感じを覚えた。
「…ん?どうって?」
どういうことだ?
「かわいいなぁって思ったけど…」
「[気持ち悪い]って思いませんでしたか?」
「いや…気持ち悪いだなんて思わねぇよ?…でも、なんでだ?」
「……いえ。何でもないです…」
そのままライナはウサギを撫でるのを再開した。
撫でていても顔が変わらない。表情が暗いままだ。
何か嫌なことでも思いだしたのだろうか。
とりあえず俺はライナの元を離れて、俺はアルキールの後を追った。
03
「うーん、見つからないなぁ…」
僕はあれからライナを探したが、結局見つけられなかったので諦めた。
さて、ここまで話が進んでいるのにまだ一度も登場していない人物がいるのをご存知だろうか。
そう。僕の友人、カイルである。
何故彼がまだ登場してこないのか。
その疑問を解決するために一つ、思い出して欲しい。
先程、僕は荷物を下ろしたと言ったが、それは僕が部隊長からもらったお金の[残り]で買った物である。
買い物リストに載っていた物ではなく。
そして更に、思い出して欲しい。
これまで出てきた人物たちは一度も荷物を下ろすという動作をしていない。
物を背負っていないんだから、当然である。
しかし、キャンプになにも持って来ないというのも不便だ。だから、皆は少なくとも必要最低限の荷物は持って来ているはずだ。
では、部隊長に頼まれた物と、彼らの荷物はどこに行ったのか?
察しの良い人なら分かるだろう。
僕らより十分遅れてカバンの魔物、ではなく、何重にもカバンをしょっているカイルがやって来た。
隣にはルシウス部隊長もついている。
いつも軽快に歩くカイルもカバンのせいか、バランスを保てず左右に揺れている。
部隊長はカイルが倒れないように押さえている。
そして、僕の近くまで来ると揺れに対し抵抗をみせず倒れた。
「……おい、カイル。大丈夫か…?」
「……ケン」
「ん?何だって?」
「ジャンケンは……もうしない……」
そのまま、カイルは眠ってしまった。
隣にいた部隊長は
「まさか、私よりジャンケンが強い者がいたとは……」
と驚いていた。
04
話は一時間前に遡る。
訓練場に集合した皆は各々の頼まれていた物と、最低限の荷物を持って来ていた。
そして、全員が揃ったところで部隊長が
「うむ。買い物はちゃんとしてきたようだな」
と皆の荷物を見ながら、次に
「では荷物は私が全て持って行こう。君達は何ももたなくていい」
「「「え?」」」
全員が固まった。荷物を全部持つ?移動中に鍛えるつもりなのだろうか?
「部隊長。それは申し訳ないですよ……」
僕は部隊長に言う。いくら持ってくれるとはいえ、さすがに遠慮する。
「ふむ、そうか…。ではジャンケンで負けた者は荷物を私に預ける。そして、ジャンケンで勝った者はその時点で私が預かっていた荷物を代わりに持つというのはどうだろう?」
まあ、後者はありえないがなと部隊長は言う。
「部隊長…どうしてそんなことが言えるんですか…?」
ニールが質問した。
「全員にジャンケンで勝つなんて…。そんなことできるはずが…」
「できる」
ニールの言葉を遮って
「私は生まれてから一度もジャンケンで負けたことがない」
と部隊長は断言する。
試しにニールが10回ジャンケンをしたが一度も勝てなかった。
「信じられない…」
ニールは余程悔しかったのか膝を付いていた。ジャンケンで勝てなかっただけでそこまで落ちこむか?
「これで信じて貰えたかな?」
「待ってくれよ!部隊長!」
「ん?どうしたニト」
「全部隊長に預けるなんて、やっぱり隊長に迷惑だぜ!せめて最低限の荷物くらいは持たせてくれよ!」
そうだ。全員分の荷物なんて部隊長でも重すぎる。
よく言ったニト。
「いや、本来私が多忙でなければ買っていた物を買ってきてもらったのだ。これくらいはさせてもらう」
「うぅ…」
部隊長の気迫に押されたのか、ニトは黙ってしまった。
ジャンケンの初めはニールからだった。
さっきのリベンジに燃えていたのだろうが、呆気なく撃沈。
続いてライナ、ニト、アヤメ、僕、アルキール、クラインときて最後にカイルの番
「「じゃーんけーん」」
拳を振りかざし
「「ポン!」」
と言って振った拳をみると。
部隊長はパーを
カイルはチョキを出していた。
「これは…」
咄嗟の事に部隊長は唖然としている。
「「「………えぇぇぇぇぇぇ!?」」」
カイル含めた全員が驚いた。部隊長よりもジャンケンの強い人がここにいたのである。
「た、隊長。これって…」
「ああ…カイル。君が全ての荷物を持つことになる」
ルールは曲げないと部隊長は言う。
「しかし、私が支えてやろう…」
部隊長は、申し訳なさそうにカイルが背負うのを手伝う。いや、部隊長。あなたがルールを曲げればいいだけです。
こうしてカイルは一時間もの間、部隊長に支えられながら湖に付いたのである。
ちなみに僕の荷物はこの時部屋に忘れていて、後で取りに戻ったため。僕がもっている。
今後この部隊ではジャンケンで物事が決まることは今後ないだろう。
8月14日投稿
お盆は太りやすいですね。煮しめが美味しくて食が止まりません。