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混血の竜騎士  作者: サガロワ
~序章~ 血は全ての始まり
10/10

記憶の拒絶 血の拒絶

 01

「………」

 カーテンの隙間から木漏れ日が差し込み、その明かりで目を覚ました僕は、見慣れない天井を見て首を傾げる。

 視界がぼんやりとしていてよく見えなけど、それでも普段見る城内のものではないことは、分かった。

 ここはどこなんだ?

 天井には等間隔にシャンデリアが並び、ガラスの装飾品がゆらゆら揺れている。

 室内の音はなく、外の木が風にあおられて揺れるのが聞こえる。

 周りはカーテンで遮られて、何も見えない。

 次に気付いたことは、僕は今ベッドに寝かされているということだった。

 ふかふかのベッドで、テントにあったのとは大違いだった。まあ、テントのでも寝れなくはないが、こちらの方がより寝やすいという感じだ。

 ……そうだ。さらに気付いたんだけど、なんでテントのベッドじゃないんだ?

 僕は思い出せる限り最近の記憶を思いだしてみた。

 最後の記憶はゴブリンと戦っている場面だった。

 確か、そのあと何かが起きて…

 あれ?うーん…なんだっけ?

 思い出そうとしても、無理だったので、ベッドから体を起こそうとした。

「痛っ………」

 胸の辺りにズキンとした痛みが走り、体を仰向けに戻してしまった。

 痛みは一つだけではなく、複数の箇所から感じることができた。

 ゴブリンで怪我なんてしたっけ?

 そう思いつつ胴体を優しく触ると、ザラザラした肌触りだった。

 この触感は……包帯か?

 胸をみると僕の胴体全体が包帯で覆われていた。他にも目をやると、どうやら胴体だけではなく、両足と、右手と、左腕の上腕部に包帯を巻かれていた。

 包帯の内側には薬草が塗られているのか、緑色の染みができていた。

 中でも特に濃い染みができていたのは、酷い痛みを感じる胴体だった。

 いや、確かに怪我を覆う為に包帯は必要だけど、でもゴブリンに対してそんな怪我を覆った覚えはない。

 ましてや足なんて、捻挫もしてないのに。

 身に覚えのない怪我の原因を探る為考えていると、正面のカーテンが開き、見覚えのある女の子が現れた。

 その女の子は長い髪を三つ編みにし、肩に下ろして、本を抱えていた。

 女の子の名前を、僕は言う。

「……アヤメ?」

 カーテンの向こうから現れた女の子は僕の部隊にいたアヤメ・アリストル、彼女だった。

「ルイス君……!」

 アヤメは僕を驚いた様子で、見ていた。

 僕も、どうしてここでアヤメが登場したのか理解できず、混乱していた。

 しかし、理解力の早いアヤメはもう次の行動に移っていた。

「お母さん達に伝えないと!」

 そんなことを言いながら、彼女は先程来たであろう道を走り去って行った。

 取り残された僕は、まだ理解できずに固まっていた。

 そう時間もたたないうちに、遠くのほうから複数の走る足音が聞こえた。

 次第に足音は大きくなり、僕の寝ているベッドの前で止まった。

 ベッドの前には、またも見覚えのある人達と、そうでない2人が現れた。

「皆……」

 僕の前には、涙目になったカイルが、息を荒げたニトが、暗い表情で見つめるライナが、驚いた顔のアルキールが、じっと僕を見るクラインが、心配な顔をしたニールが、微笑んだ顔のアヤメが、神妙な面持ちの隊長が、部隊の皆が、そこにいた。

「ルイス・マクベスさん。ちょっと失礼」

 その脇にいた、一人の女性は到着するやいなや、僕の体をチェックし始めた。

 瞳孔や口内、心音を確認したのち安堵した女性は

「皆さん。もう大丈夫です」

 と部隊の皆に伝えた。

 その後女性は隊長対してこう伝えた。

「ではルシウスさん。私は奥のほうで作業をしてますので、何かあったら来て下さい」

 そう言って、女性は去っていく。

「ええ、分かりました」

 と、隊長は女性に対し深く礼をした。

 最初に飛び出してきたのはカイルだった。

「心配……したん…だぞ………!もう…戻らないんじゃないかって………!」

 涙を我慢できなかったカイルは小さい声でそうらいいながら僕を起こして抱きしめてきた。

「ちょ…痛い痛い痛い痛い!」

 その衝撃で、また胸の傷が痛んだ僕はカイルに必死にお願いした。

「あっ…ごめん…」

 我に帰ったカイルは僕から離れた。

「で……僕は、どうしてここにいるんだ?」

 自分では思い出せなかった部分に、その答えがあると思った僕は皆に聞いた。

「まさか、覚えてねぇのか?自分がどうなったかを?」

 クラインは僕の質問に首をかしげて、質問で返してきた。

 僕は思い出せた部分を全部答えた。

「うん……ゴブリンと戦っていたところまでは思い出せたけど、そこからどうなったか思いだせないんだ……教えてくれないか?ゴブリンと戦った後何が起きたのか」

「うーん。言ってもいいのかねぇ…」

 クラインは頭をかきながら横を向いた。

「クライン。僕が話すよ。いいですよね、隊長?」

 とニールがクラインの後を継いだ。隊長はニールに小さく頷いて許可した。

「ルイス。これを君が知れば、君はきっと普通ではいられないだろう。それでも聞くかい?」

「ああ、聞かせてくれニール。その準備はできてる」

 僕は不安ながらもそう答えた。

 こう言わないと、話してもらえないと思ったからだ。

 じゃあ、話すよ――とニールは説明を始めた。

 つながりが分かりやすくなるように、僕が覚えていた出来事を少し遡ったところから話してくれた。

 ニールの説明にピンときていない僕だったが、ゴブリンとの戦闘中に城壁の角笛が鳴り響いたと聞いた瞬間、頭の中の黒い部分が溶け出し、その奥から、これまで忘れていた記憶が吹き出した。

 僕の心臓は破裂しそうなほどに動悸していたが、なんとか正気を保つことはできていた。

 ニールが口に出した言葉を聞くまでは。

「ルイス。君はそのリザードに襲われてしまったんだ」

 その言葉を引き金に、僕の体から血の気がなくなり、氷のように冷たくなっていく。

 僕の記憶違いだと思っていたその出来事は、ニールの言葉によって確定されてしまった。

「あぁあああぁぁぁぁぁ!」

 僕は、耳を押さえて叫ぶ。

 今すぐ忘れたいと思っても、その記憶は離れてくれない。鉤爪の如く深く、えぐるように残っている。

「ニール、もういいだろう!」

 隊長がルイスを止めにかかる。

「その胴体の痛みはリザードから受けた傷だ」

 しかし隊長の言葉を無視して、ニールはさらにたたみかける。

 胸の傷みはさらに酷くなり、痛みを感じる度に体を叩きつけられる感覚に教われる。

 僕があの時、リザードの攻撃によって地面に叩きつけられたように。

「胸の傷だけで数十針も縫うことになった。叩きつけられた衝撃で至るところに打撲と擦り傷ができていて――」

「もうよしなさい!!」

 奥で作業をしていたアヤメの母が、叫び声に気づいてニールを止めた。

「もう彼に意識はありません!良く見て!」

 ニールははっとして、ルイスを見た。

 ルイスはその時既に、傷の痛みと衝撃的な事実に耐えられず、気絶していた。

「すいません……つい………」

 ニールは申し訳ない表情をしていた。

 しばらくは私に任せてください―とアヤメの母が言ったのを聞いた皆は、その場から去っていった。




 02

「……ここはどこだ?」

 目を開けると、僕はまた知らない場所へ来ていた。

 正確には場所ではなく、空間なんだけど。

 目の前に広がる光景は暗闇だった。

 なにもなく、音もしない。

 奥行きも感じられない。

 そんな不思議な空間に、僕は立っていた。

 何故またこんなとこに……?

 …そうだ。僕はニールの説明を聞いて、そして、思い出した記憶による衝撃に耐えられなくなって。

 気絶した。

 だとしたら、ここは夢の中なんだろうか?

 [ああ、だいたいあってる。だいたいな]

 今の状況を理解しようと、順を追って考えていると、どこからか声が聞こえた。

 いきなり聞こえたので驚いてしまったが、冷静になり、その声を頭の中でもう一度再生してみた。

 その声は、かつて僕がペットとして飼っていたトカゲ「ロドリゲス」の声だった。

 [久しぶりだな、ルイス]

 挨拶と共に暗闇から現れたロドリゲスは、かわいらしい小さなトカゲの姿ではなく、長いヘビのような姿をして、登場した。

 しかし顔はヘビのそれではなく、僕が現実で襲われたリザードに似ていた。

「うわぁ!リザード!」

 気絶する前の記憶はしっかり覚えているので、そのヘビのような姿のロドリゲスに驚いてしまった。

 [落ち着けルイス。これが俺の本当の姿なんだ]

「…そうなのか?」

 [お前に嘘はつかねえよ。それと、あんな雑魚竜と一緒にするのはよしてくれ]

 ロドリゲスは怪訝そうな顔でそういった。

 いや、ドラゴンの顔なんて生でみるのは2回目だから、まだ表情が詳しくわからないんだけど。

 とにかく、ロドリゲスはリザードと一緒にされるのが嫌なようだ。

「雑魚って、お前もいたんなら見ただろう?あのリザードは相当強いぞ。そもそも、ドラゴンは魔物より明らかに上の存在だろ?」

 [ああ、魔物よりは上さ。でも、ドラゴンの界隈では雑魚だ。格が違うと言ってもいい]

「格が違うって……一体どういう――」

 [俺のことはどうでもいい。今はそこまで大事なことじゃないからな]

 僕の質問を遮るかたちで、ロドリゲスはこう言った。

 [いま大事なのはルイス、お前についてだ]

 ……僕?

 ああ、胸の怪我のことか。[確かに胸の怪我も大事だな。だけど、ここで重要視するようなことじゃねぇ。あんな怪我お前ならすぐに治る。ここで重要視するべきなのは、お前の心と、体に流れる血についてだ]

「……え?」

 これを見てみな]

 ぬう、と。

 ロドリゲスの顔の横に丸く白い球場の物体が現れた。

 球状の物体と言ったけど、本当は違うのかもしれない。

 何故こんなあやふやな説明かと言うと、その球状であろう物体は、一部欠けていたからだ。

 割合的には3分の1程度欠けていて、無くなっていた。

 [お、気付くのが早いじゃねえか。じゃあこの後俺が何言いたいか、わかるか?]

「うーん……、この欠けてるのは、僕が大怪我をしたのと関係してるのか?」

 [大正解。ご褒美に舐めてやるぜ]

 と言って、ロドリゲスは僕の顔を舐めてきた。

 触りなれない(というか初めての)ドラゴンの舌に、僕は身震いした。

 ドラゴンの舌ってあんなにザラッザラなのか!?

 まるでヤスリみたいだった。

 [人間でも、動物でも、魔物でも、生死に関わる程の怪我とか出来事を負うと、こんなふうに心が砕けちまうんだ]

「……で、完全に砕けると死んでしまうのか…?」

 [おお?またまた大正解。今度はご褒美にパクっとしてやるぜ]

 ロドリゲスは、今度は僕を口で咥えた。

 はたから見れば、僕はドラゴンに食べられているだろうな。

 口の中は粘液でベタベタしていた。

 いるだけで体がゾクゾクしてくる。

「んー!んーー!っぶはあ…!何すんだお前!?」

 さすがに加減をしろとロドリゲスを叱る。

 特に気にすることもなく、ロドリゲスは話を続けた。

 [なんか話しがそれちまったな、戻そう]

 逸らしているのはお前だ。

 [今回、ルイスはリザードの攻撃によって瀕死に陥り、ご覧の通りに心も砕けた。けど、死ぬレベルまでにはいかなかったんだ]

「ニールは、相当な怪我だった言ってたな。本当、生きてるのが奇跡みたいだ」

 [ああ、奇跡だな]

「で、この欠けた僕の心がどうしたんだよ。元に戻るのか?」

 [大正解、と言うにはちょっとおしいな。実はな、ルイス。この心はな]

 ニヤリとしたロドリゲスは僕に明かした。

 [埋め合わせることで強くなるんだよ]




 03

 [聞いたことないか?窮地に陥り、それを克服した者は強くなるって]

 ああ、ピンチを乗りきった人間が強く成長するってやつか。

 [まあそんな感じだ]

「じゃあ、僕もその欠けた部分を埋めて強くなれるのか?」

 [ああ、強くなれるぜ。ただし]

 そこでロドリゲスは一旦区切り

 [お前の場合はちょっと厄介なんだよな]

 と続けた。

「なんだよ。何が厄介なんだよ」

 [まあそう焦るなって。ここで関係してくるのが、お前に流れる血ってわけだ]

 僕はただの人間だぞ?何があるって言うんだ?

 いや、お前はただの人間なんかじゃない。けど、オレの口からは説明できない。ルイス、お前がどういうやつなのかはお前自身が見たほうが分かりやすいだろう]

 それに、そろそろ見てるやつも夢の中に飽きただろう―とロドリゲスはよくわからない発言をした。

「おいおい、勿体ぶるなよ。教えてくれよ」

 [急で申し訳ないが、ルイス。ここでまたお別れだ。最後に一つ、久しぶりに会えたお前に言っておきたいことがある]

 今まで淡々と話していたロドリゲスだったが、そこで微笑み、僕にこう伝えた。

 [何があろうと、自分で自分を否定してはいけないぜ。最後の最後に頼りになるのは、自分自身なんだぜ]

 周囲が白くなってゆき、質問を返す余裕もなくロドリゲスは消えた。



 04

 再び意識を取り戻した時、僕はベッドの上にいた。

 どうやら、あれからかなり長い間僕は気を失ってしまっていたらしい。

 どうりで、変な夢を見るわけだ。

 ロドリゲスがあんな長いヘビみたいなドラゴンな訳ないしな。

 あれじゃ、まるで伝承にあるヨルムンガンドじゃないか。

 なんて思いつつ、僕はベッドから反動をつけて起き上がり、近くにあった手洗い場へ足を運んだ。

 かなり長い間眠っていたようだから、髭とか相当生えてるだろうな、伸びていたら剃りたいな。

 なんて思いながら僕は手洗い場に着いた途端。

 僕は嘔吐した。

 急に吐き気が襲ってきたのだ。

 眠り続けていたはずだから、食べ物なんて口にしてなかっただろ、なんて思いながら流しをみて、僕は絶句した。

 そこに広がっていたのは、生々しいほどに真っ赤な[血]だった。

 咄嗟に目を逸らそうと洗い場の鏡のほうを向いて、今度は固まった。

 そこに、僕はいなかった。

 そこにいたのはドラゴンだった。

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