表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

ご依頼は突然に






 私立小桜大学付属第二高校の文化系部活動には、『創作(ソウサク)部』という団体が存在する。

 名の通り、各種創作活動の全般を行うことを活動の主目的とする団体である。


 しかし――



     *



上水流(かみずる)先輩ごめんなさ――い!!」

 ある春の日の、放課後。

 壊れはしないかと懸念するほど勢いよく開け放たれた引き戸の音にも、静寂を裂いて唐突に部室に飛び込んできた涙声の絶叫にも、創作部部員・上水流(かみずる)()(つき)は驚いたりはしなかった。

 むしろ、そうなるだろうなと予想はしていた。昨晩、自室にて、彼女から貰った『プレゼント』を開封したときから、ずっと。

「お疲れ、トーコ」

 上水流は、両手に持っていた粘土を机に置くと、ハンカチで手を拭きながら後輩の愛称を呼んだ。後輩――白峰 灯子(トーコ)。彼女は部室の中に上水流の姿を見つけると、おぼつかない足取りで上水流のもとまで歩いてきて、上水流の胸元に縋りついた。

 頬が濡れているのは勿論だが、眼鏡のレンズにも、たくさんの涙の粒が散っている。

「ごめんなさい先輩、ごめんなさい。わたしが昨日、先輩にあげた手作りクッキー、バニラエッセンスと間違えて大量にバルサミコ酢入れちゃって……!!」

 そして上水流は、その告白にも動じたりはしなかった。――妙な味の原因は、それか。

 とはいえ、常日頃から後輩のとぼけた行動を見続けていたせいで、今さらこの程度のことでは動じなくなってしまった。だから今日も今日とて、適当なことを言ってやる。

「気にするな、トーコ。バルサミコ酢は加熱すると甘くなると言うし、以前の砂糖と塩の取り違えよりは成長したんじゃないか。多少は。微々たるものだが。たぶん。恐らく」

「うう、うう。だけど、だけどわたし、バルサミコ酢、一瓶全部入れちゃいました」

「酢は加熱すると飛ぶから大丈夫だろう。たぶん」

「そ、それにそれに、先輩に失敗クッキー食べさせたの、これで通算十回目です」

「ついに二桁の大台だな。おめでとう」

「……え、め、めでたいでしょうか。でも」

「ああ、めでたい。なんと言っても桁が違う。百点満点で九十点を取るよりも、百点を取った方が嬉しいだろう。それと同じだ」

 ぱちくりと、トーコの大きな目がまばたきをする。はらりと一粒、涙が頬を流れた。

 沈黙。のち――

「……そう言われると、なんだか、おめでたい気がしてきました」

「そうだろう。おめでとう」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「この喜びを糧に、今後とも頑張ってくれ。主に注意力の向上とか」

「は、はい」

「いつも言っているが、お前は少しそそっかしいから、ときどき立ち止まって、間違いがないか考えるといい」

「は、はい! ……あの、あの、先輩」

「どうした」

「そうしたら、そうしたらわたしも、いつかは、クールで気品があって意味ありげな笑顔の似合う知的美人に……!?」

「いやそれはどうか知らんが」

「白峰灯子、頑張ります!」

 後輩のなかなか難しそうな将来目標は、聞かなかったことにする。

 右手を高く挙げて、まるでお手を褒められた犬のようにえへえへ笑うトーコ。まあ、何にせよ、元気が出たなら良いことだ。彼女の色素の薄い髪を、雑に撫でてやっていると――

「お疲れ様です」

 ドアの開く音とともに、挨拶が聞こえた。男の声。

 声の主は室内の様子を検めたようで、「あ、やっぱりトーコ、もう来てたのか」と続く。上水流はその声の持ち主を知っていた――視線をやると、そこには確かに、上水流の知る男子生徒が立っていた。

 彼もまたこの部の部員で、そして上水流の後輩だ。

「廊下まで大声が聞こえてるぞ。……今日も今日とて、トーコがすみません」

「いや、わたしも慣れたよ。お疲れ、鑑」

 幼馴染(トーコ)を見ながら、困った様子で頭を掻く男子生徒、鑑千秋。彼のことだ、クッキーの件もすでに知っているかもしれない。

 上水流の表情から、考えていることを察したのだろう。「それも知ってます」と言った。

「朝、登校したら、俺と顔合わせるなり『どうしよちいちゃんわたしバルサミコ酢――!』ですから。……まったく、トーコ。お前本当に、少しは周りに気をつけろよ」

「う」

 鑑にため息をつかれたトーコの目が、また潤み始めた。このまま放っておけば、また先ほどの大騒ぎに逆戻りだ――喚かれるのはもうご免だと、口を挟む。

「あまり言ってやるな、鑑。これでもこいつは、この部の大事な『資産』だ」

「……ま、先輩がいいならいいんですけど」

 上水流の背に隠れたトーコは、鑑に向かって、べえ、と舌を出している。

 まったく、こいつもこいつだ。しかし、前例からして、二人が仲違いをした場合の仲裁役は間違いなく自分の仕事となる。そんな事態を避けるため、上水流は両手を打って音を立てた。

「ともかく。さっさと活動を始めようじゃないか。でないと――」

 と、言いかけた言葉が途切れたのは。

 遠くから、ばたばたばたと廊下を慌ただしく走る音が聞こえてきたからだった。最初遠くあったそれは、少しずつ大きさを増し、やがて。

 音の主は、創作部のドア、磨りガラスの向こうで、止まった。

「――『創作部としての』活動をする暇がなくなる、と言いたかったんだけどな」

「遅かったみたいですね」

 鑑が言ったと、ほぼ同時。

 まるで先ほどのトーコと同じように、いやそれを上回るほど勢いよく、部室のドアが開かれた――



     *



 私立小桜大学付属第二高校の文化系部活動には、『創作(ソウサク)部』という団体が存在する。

 名の通り、各種創作活動の全般を行うことを活動の主目的とする団体である。



 しかし。



 一部の小桜二高生は、この団体のことを正式名称で呼ばない。

 なぜならその名称が、彼らの本質ではないことを知っているからだ。


 彼らを知る生徒たちは、あるいはその実績を称えるために、あるいはその功績を憎むために。

 彼らのことを、こう呼んでいる――




捜査(ソウサ)部、依頼に来たわよ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ