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婚約者と乙女

婚約者と初対面

作者: 千鶴

 アルフレッド=リグタードが婚約者であるリーデシア=アルミアに出会ったのは齢三つの時だった。


「今日は隣領地のアルミア侯爵家を招いているの。粗相のないように気を付けなさい」


 母に告げられた言葉にアルフレッドは静かに頷く。まだ三歳になったばかりの彼は他の子供たちと比べ早熟で、冷静な少年であった。肩につかない藍色の髪は癖がなく、幼いながらも整った顔立ちは精巧に作られた人形のよう。華奢で物静かな姿は美少女と間違えられても仕方がないほど綺麗で美しかった。

 侯爵家同士の友好関係を築くため挨拶を兼ねた顔合わせ。その為だけに麗しく整えられたアルフレッドは無表情のまま両親の隣で佇む。あまりの静かさに母と使用人は少年の将来を憂いていた。この子は一体何に興味を抱くのだろうと。客人を招くと伝えてからも何ら表情を変えない子。冷静と言えば聞こえはいいが、まだたったの三歳。本来ならば緊張するなり好奇心を抱くなり、あるいは理解できず不思議な顔をしているか。他の子ならば泣き出すかも知れない。いくら貴族の子として教育しているとしてもここまで感情を見せないなど異常である。当主である父は跡継ぎに相応しい子だと喜んでいたが、我が子を愛する母は心配でならなかった。


 馬車の音が聞こえて止まる。到着したアルミア侯爵家を使用人が案内する。部屋で待つアルフレッドは微動だにしない。飾られた鮮やかな花の数々が風に揺れ薫りを届けるが彼は瞬き一つしただけでその表情に微かな困惑も焦燥もありはしない。やがてノックの音が響き、使用人が客人の来訪を告げた。


「アルフレッド、相手にはお前と同じ年頃の娘がいる。機嫌を損ねるなよ」


 今まで黙っていた当主が思い出したように言葉を吐けば、息子ははいと一言頷いた。それだけで親子の会話は終わる。あまりにも淡々としたそれに母は表情を曇らせるが、すぐに柔和な笑顔を顔に貼り付けた。

 ゆっくりと扉が開く。視線を前に固定していたアルフレッドは無感情に眺めていた。しかし音も立てずに開いたその先に、彼は運命と出会った。

 登場したアルミア侯爵家の当主とその妻、そして一人娘。謝辞を述べるアルミア侯爵家当主すら目に入らず、少年はただ一点を見詰めていた。

 ウェーブがかった栗色の髪。光を受け輝く琥珀の瞳。子供らしくふくふくとした赤い頬に血色の良い小さな唇。風に乗り届く香りは花のように甘く上品であった。母の腕に身を寄せ両親の顔を見詰めていた少女は父に挨拶をするよう促され、緊張した面持ちで一歩前に踏み出した。


「初めまして、リーデシア=アルミアと申します。何卒宜しくお願い致します」


 小さな唇から紡がれた声は幼い少女らしく舌足らずで柔らかで、アルフレッドの耳に優しく滑り込む。頭を下げて再び香った少女の花のような薫りを吸い込み、少年は確信した。

 天使がいる、と。そして決断した。この天使と結婚しよう、と。

 思考を一瞬にして目の前の天使一色に染めたアルフレッドは彼女の前へ歩み出る。慌てて制止の声をかける自身の両親の声すら届かず彼は少女の前で跪き、熱で潤む瞳に情愛と懇願を載せ高らかに告げた。


「アルフレッド=リグタードと申します。麗しくも愛しき我が天使よ、どうか僕と結婚してください」


 突然のプロポーズに両家の当主は唖然とした。ただの挨拶として顔を合わせたはずが礼儀知らずにもその場で告白した息子に父は卒倒寸前である。誰も現状を把握出来ず困惑する中で告白を受けた少女は大きな瞳にみるみるうちに大粒の涙を浮かべ少年の手をとった。


「嬉しい……不束者ではありますが宜しくお願い致しますっ」


 弾んだ声で真底嬉しそうに愛を受け入れたリーデシア。今度はアルミア侯爵家当主が卒倒しそうになる。慌てて妻が夫の肩を支えるが幼い子供たちの行動は止まらない。


「麗しき天使にお会いできるなんてきっとこれは神が僕に与えてくださった最大の幸運に違いありません。我が家には自慢の庭園があるのです。どうかそこで貴方に相応しい花を贈らせてください、美しくも可憐な我が愛よ」

「まあ素敵。私ももっとあなたとお話したいわ。ぜひ案内してくださいませ」


 手を取り合って微笑み合う二人。周りには幻視の大花が咲き乱れ煌めく陽光が降り注ぐ。そのまま庭園へ駆けていく子供達を思わず見送り、暫くしてからやっと我に返った両家の当主及びその夫人はその場で緊急会議を開いた。今回は顔見せを兼ねた挨拶だけのつもりがまさか息子が突然プロポーズをかまし娘が笑顔で受け入れるなんて前代未聞。早熟だとは思っていたがこの歳で将来の伴侶を定めるなど誰が予測出来たであろうか。


 そんな両親を完全に無視し少年と少女は庭園の中でも一際高い大木の下にてただただお互いを見詰めあっていた。無表情だ感情がないだと心配されてきたアルフレッドはそんな過去など遥か遠くにぶん投げられ放り捨てられたかのように、甘く蕩けて過大な熱に浮かされた瞳を少女へと向けている。愛しい恋しいと雄弁に物語るその表情が少年の激情を伝えてくるかのようだった。一方リーデシアは無邪気ににこにこと微笑んでいて大変可愛らしいが、憐れなるかな互いの想いの差には大きな隔たりがあるように見える。しかしそんなことお構い無しに、自らの溢れ零れ落ちる愛情に堪えきれなくなったアルフレッドはリーデシアを抱き締めた。抵抗せず大人しく収まった彼女に少年は心の底からの幸福に満足すると、使用人が呼びに来るまでその体勢を維持し続けた。


 以来アルフレッド=リグタードはリーデシア=アルミアに関することだけは年相応の表情を見せるようになる。リグタード侯爵夫人は息子の相応の姿に心底安堵すると共に将来嫁に来るであろうリーデシアが息子の愛に潰れないよう全力でサポートすることを心の中で誓った。故にその後リーデシアが花嫁修業と称して泊まりに来たときも実際に嫁いできた時も歓迎し、嫁姑の仲はびっくりするくらい良好であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話が好きです。アルがちょっと腹黒そうですが 溺愛っぷりがほのぼのしていて読みやすかったです(^-^)
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