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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT01.Transfar Students
8/21

01 いってらっしゃい

 (たける)が2年間それなりに慣れ親しんだ大阪を離れ、東京にある探偵派遣協会コズミック関東支部でなんとも浮世離れした訓練漬けの毎日を送るようになって20日後、大阪で会って以来 姿を見せなかった日下部(くさかべ) 孝臣(たかおみ)が現れた。


久しぶりだね、元気にしてる? などといった爽やかな やりとりは無く、至極端的に、明日、私立紫山(しのやま)学園に潜入することを告げられた。


元はといえば この軍隊並みにストイックでスパルタチックな訓練も、協会の重役を張る家系に生まれながら17年間シャバで自由奔放に生きてきたところに いきなりエージェントとして怪異調査に放り込んでやるのは さすがに可哀想だと嘲笑まじりに憐れんだ上層部の計らいによるものだ。


武も入隊当初はそのつもりで仕方なしに訓練を受けていたのだが、20日も他の未来ある軍人たちとスパルタ教官に鞭打たれていれば それなりに仲間意識が芽生えてくるもので、待ちに待ったスタメン宣告に対し大いに面食らってしまった。


とはいえ、関東支部では ちょっと名の知れた優秀な先輩エージェントが言うのだから仕方ない。

戦友たちとの別れを惜しみつつ、翌朝、武は孝臣とともに東京を離れた。


 山形駅に着いたのは、昼過ぎだった。


頭のなかの日本地図が不明瞭な武には、山形が東北地方だということは分かっても、その位置関係が分からない。

しかし、東京から遠く離れているということだけは うんざりするほど よく分かった。


それから更にバスを何度か乗り継ぎ、車窓越しに続く のどかな風景に88回目の欠伸をしたところで ようやくバスを降りることができた。


 ナントカ村を彷彿とさせる寂れたバス停が なんともノスタルジックだ。

また、いい感じに日も暮れつつある。

これで農機具を手に村人たちが襲いかかってくるようなことがあれば、即席で鍛え上げた自慢の足で全力逃走をはかるしかないと覚悟にも似たことをついつい考えてしまう。

もちろん武はバディとして親睦を深めるべく孝臣にも この感性を披露したのだが、いっそ清々しいくらい無視されてしまった。


気を悪くしたのかもしれない。

先に歩きだした孝臣を追い抜き なんとか視界に入ろうとしたが、孝臣がこちらを向いてくれることはなかった。


後ろ歩きをしながら手を合わせ謝っていると、いつの間にか本当に村のようなところに入っていることに気づく。

 地図によれば、ここは初瀬村(はつせむら)といって、学園がある紫山の麓にあるということだ。


「初瀬とは、嘗てこの山で生き倒れた無縁仏を弔った地であることに由来するらしい。この山を生きて越えることはできない、死をもたらす “ 死の山 ” ―――――これが転じて紫山と呼ばれるようになったという説もある」


 なんとも ありきたりな話だ。

それは ともかくとして、やっと喋ったかと思えば村と山の由来を淡々となんの面白みもなく語っただけとは真面目すぎる。


ならば この愛想のないガイドの話に乗っかることで言葉のキャッチボールができるかもしれないと思った武は、この山は祟られているのかもしれない などと おどけたボールを投げてみたのだが、期待が高すぎたのだろうか。

ボールは小柄な孝臣の遥か頭上を越え、明後日の方向に消えてしまった。


 人っ子ひとり見当たらない村を歩くこと数分、前方から川のせせらぎが聞こえてきた。

現れたのは、この色味の少ない村で異様な存在感を放つ朱色の太鼓橋だ。

どうやら、この先が紫山ということらしい。

孝臣の横から覗き見した地図でも分かるように、まるで山と村とを隔てるようにして川が流れている。

しかも、紫山に入るにはこの橋を渡るしかないそうだ。


 なんとも意味深だと思いながら渡ろうとしたところで、突然 後方から声がした。

見ると、先程まで全く見かけなかった村人らしき お年寄りが数名、こちらに手を振っている。

たしかに、「いってらっしゃい」と―――――。


もしや孝臣の知り合いかと思い本人に確かめてみると、ものすごく怪訝な顔をされた。


「まさか。紫山に入る者には手を振りましょう って村の決まりでもあるんじゃないか」


 そうクールに背を向け歩いていってしまった。

関東支部長のご子息としてエリートコースまっしぐらで突っ走ってきた優秀なエージェント様ともなれば、こんな交通の便も悪い寂れた村に今もなお住み続けている いたいけな お年寄りの歓迎を蔑ろにすることなど造作もないということなのだろうか。


 好意は好意で返すのが礼儀だ。

手を振ってもらえたら全力で振り返すのが正しいに決まっていると、武は全身全霊をかけて大きく手を振った。



 石畳が続く山道を登ること20分。

すっかり日も暮れて、ようやく目的地である私立 紫山学園に到着した。

ここまでの道のりを考えると、荷物を先に送っておいて正解だったと安堵する。


「やや、よく来ましたね」


 さっそく現れたのは人のよさそうなオッサンだ。

ポロシャツに便所サンダルとなんともラフな格好をしているが、守衛室から出てきたということは警備員なのだろう。


やたらペコペコと頭を下げてくる警備員に連れられ学生寮に案内される道すがら、ふと何かよく分からないが森の中から突き出して(そび)え立つ円筒形の塔のようなものが気になった。


そもそも校内に森があるということからして奇妙だ。

警備員に訊ねると、あれは展望塔で、その名の通り周辺の山々や村の様子が一望できるばかりか、晴れていれば天体観測も楽しめるという。


そんな魅力的な施設を横切り、すぐに現れたのは白い4階建ての建物だ。

学生寮だと言われ中に入ってみると、中は まるでレトロを主題とした旅館のエントランスのような雰囲気で広々としている。


待合席のようにソファとテーブルが置かれ、自動販売機と公衆電話が2台並んで設置されている。

その奥は、どうやら風呂場のようだ。


 初めて目にする寮というものに軽く感動しながら赤い絨毯の上に乗り上げたところで、手前の扉から誰かが出てきた。

40代後半くらいのオバサンだ。

いや、いくら男子校だからと言ってオバサンがいることに引っかかりを覚えたりはしない。

武が奇妙に思ったのは、その服装だ。


メイド服―――――

……そう。あれは、どう考えてもメイド服にしか見えない。


オバサンといえども、男子校の、しかも全寮制ともなれば、いろんな意味で希少価値が高いのだろう。

俗世に飢えた男子高校生たちの需要に応えるべく、やむを得ず あのようなイタいコスプレを着せられているのかもしれない。


まだ心の準備もできていない段階で この学園の闇を目にしてしまったことに上手く収拾をつけることができずにいる武の心象など知る由もなく、こちらに気づいたメイド服のオバサンは、ドレスの裾を揺らしながら走ってきた。


「武くんと孝臣くんね! 待ってたのよ~! 私は、思金(おもかね) チエ。ここの寮母よ~」


 まさかの寮母だった。


寮母がオバサンでコスプレでメイド……。

もう開いた口が塞がらない武に、なかなかにパンチの効いたウインクを飛ばすオバサン。

すると、つつと寄ってくるなり腕に抱きついてきたではないか。


「長旅で疲れたでしょう? さあ、部屋に案内するわね~」


 そのまま何か抗えない力で腕を引っ張られた武は、半ば引きずられるかたちでエレベータの前に連れ込まれた。


学校の中でエレベータを見たのは、小学校以来だ。

もっとも、それは昼食の配膳車を1階の給食室に送るためのもので、興味本位で こっそり乗りこんだところ給食員たちに見つかり、こっぴどく叱られた。


そういえば、あの時もオバサンだったか。

もしかするとこれは ある意味 祟られているのかもしれないと、腕に豊満な胸を押しつけてウインクを飛ばしてくるメイド服のオバサンに武は顔を青ざめさせる。


 ボタンを押してから しばらくして到着を知らせる音が鳴り、ドアが開いた。

ここでもチエに半ば連れ込まれるようにして乗り込む。


孝臣はといえば、武には目もくれず そそくさと奥に立ちやがった。

この薄情者! と睨みつけるが、例の如く目すら合わない。


 チエが手馴れた様子で “3” のボタンを押すと、ドアはスムーズに閉まった。

―――――と思いきや、突然 響いた衝突音に肩が跳ね上がる。


見れば、閉じたと思ったドアの間に、スポーツバックらしき物が挟まっている。

どうやら、駆け込み乗車のようだ。


間もなくして開いたドアの先には、気だるそうに首をもたげた黒髪の男が立っていた。


「コラ、大和(やまと)くん! そういう野蛮な乗り方は やめなさいっていつも言ってるでしょう? 次やったら、その可愛い ほっぺにキスマークつけちゃうぞ」


 ジャージ姿の男は、チエの想像するのも おぞましい発言を意に介さず、さっきドアの間に挟まったスポーツバックを肩に掛け乗り込んできた。

気だるそうに押しボタンの “4” を押すと、そのまま壁に凭れ顔を俯ける。

あの長い前髪といい、態度といい、かなり陰気な奴だ。


 再びエレベータのドアが閉められた。

薄暗い密閉された空間に、静寂が流れる。


なんとなく重たい空気にドアの上にあるディスプレイを見上げると、 “1” と表示されていた文字が、その瞬間 “2” に変わった。


ディスプレイから目線を後ろの壁に立つ孝臣に移すと、落ち着きがない とでも言わんばかりに睨まれた。

仕方なく、もう一度ディスプレイに目をやる。

その瞬間、表示は “3” に変わった。



 チエに抱え出されるようにしてエレベータを降りた武は、10枚の扉が向かい合うようにして並ぶ廊下を進む。

チエによると、この1番奥の右側の部屋が武たちの部屋ということだ。


「部屋は、基本的に3人で1部屋なの。いるかしら~、(さとし)くん♪」


 チエの声の高ぶり具合から察するに、どうやら “ お気に入り ” らしい。

会う前から同情できるなんて奴は初めてだ と思いながら、腰に回された手がいよいよ怪しくなってきたことに何か言いようのない焦りを覚える武。


「この部屋ですか、思金さん」


 孝臣の呼びかけに、ようやく手が離れた。

安堵いっぱいに膝から崩れ落ちそうになりながらも孝臣が指した扉を見ると、プレートに210と書いてある。

3階にあるにしては奇妙な部屋番号だなと思っていると、フリルを揺らしながら前に出てきたチエが、種類も大きさもバラバラな大量の鍵が提がった鍵束を取り出した。

手慣れた様子で手に取った鍵を差し込む。


扉の向こうに現れたのは、横に等間隔で並ぶ3つの扉だ。

段差で隔てられた玄関の横には簡素な台所と、その向こうにはテーブルの3辺を囲うようにして椅子が3つ置いてある。


「台所は自由に使って頂戴。食材は、うちに入ってるスーパーで買えるから。と言っても食堂があるから、みんな ほとんど自炊しないのよね~」


 因みに、食堂の運営もチエが主体となってやっているらしい。

学食というやつには大いに興味があるが、渡された無料券の裏にべっとりとつけられた口紅に武は思わず顔を引きつらせる。


 玄関の正面にあるのが孝臣の部屋、その隣が武の部屋ということらしい。

さっそく中に入ってみようとした武だったが、智くんはいないのかしら と言いながら奥の部屋に向かったチエについ目がいく。


何度か扉がノックされたが、応答はない。


「おかしいわね~。今日の放課後は完全オフのはずだけど」


 スケジュールも把握済みか! これまで感じたことのない身震いが武を襲う。

そして更なる恐怖を掻き立てたのは、チエがあの鍵束を取り出した瞬間だ。


非常に手慣れた様子で解錠したチエは、躊躇う様子もなく扉を開け放つなり駆け足で部屋に飛び込んでいった。

程なくして、尻尾を踏まれた猫のような断末魔が上がる。


「居留守なんて使って!んも~う!いじわる! ちゃんと挨拶しなさい」


 そうしてチエが引きずりだしてきたのは、紫紺のシャギーボブが印象的な目つきの鋭い男だ。

ただし、その頬には毒々しい赤を放つキスマークがつけられており、今にも死にそうなくらい小刻みに震えている。

会う前はあれほど同情していたというのに、いざ惨状を目の当たりにすると不思議な物で、こいつよりは まだマシだ と突き放しにかかっていることに気づく。

そんな武の薄情な心を知ってか知らずか、挨拶するように言ったチエは、震える男の反対側の頬にもキスマークをつけて部屋を出ていった。


ついに事切れた男を前に、茫然と立ち竦む武と孝臣。

もしかすると、とんでもないところに来てしまったかもしれないと今更ながら後悔した。

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