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be.-存在-  作者: 藤沢あき
ACT00.Prologue
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03 エージェント・タカオミ

 照りつける太陽がアスファルトを焦がす住宅街。

その長さと仁義なき傾斜角度から心臓破りと恐れられる坂で、神山(かみやま) (たける)は自転車のハンドルを握りしめた。


どれほど困難な状況に陥ろうとも最後まで諦めない。

逆境こそが漢の見せどころだと大きく踏み込むペダルに、ついこの前パンクから立ち直ったタイヤが低く唸りを上げる。


そんな汗してまで自転車配達に こだわらなくとも原付免許を取ればいいとか、自転車を降りて歩けばいいなどと そんな野暮な話は よそう。

ラストスパートをかけ けたたましく鳴くセミを笑う奴は、某フライドチキン屋の等身大人形と共に道頓堀に投げ入れられてしまえ。


 一漕ぎに全神経とプライドを注ぎ ようやくその頂に立った時には、店を出てから すでに20分が経過していた。

これがラーメンやチャーハンの配達なら完全にアウトだが、荷台に固定した岡持の中身は『宝楽』特製・激辛冷麺 一皿だ。

しかも、仕上げは配達先ですることになっているので、麺や具材は別にしてある。

なんの心配もない。


ただひとつ、不安があるとすれば、配達先が住居でも事務所でも店舗でもなく、目下の下り坂の終点にある電信柱だということだ。

注文を受けた時は何も考えず岡持を手に飛び出してきたが、よくよく考えてみると おかしい。


まさか、冷やかしなのではないか―――――。

最悪の結果が脳裏を過る。

そして悲しいことに武は、これまでの経験上、自分の直感が高確率で当たるということも知っていた。


 ―――――いや、“知っている”と言いきれるほど理解しているわけではない。

すべてが すべて当たるというわけではないからだ。

ただし、“画”が映るものについては その限りではない。


武の目には、今はっきりと この先 自分の身に降りかかるであろう顛末が映し出されている。


 顎に流れた汗を拭った武は、ひとつ短い息を吐いてペダルに足を掛けた。

ハンドルを握った瞬間、思う以上に緊張していたことに気づいてしまったが、だからといって ここで引き返すわけには いかない。


滑りそうになる それを固く握りしめ、漕ぎだす。

とはいえ、目下は、上りに引けをとらない傾斜角度を誇る下り坂だ。

武が加えた力は、その一瞬だけだった。

それだけで すべてが動きだす。


周辺の視界が恐ろしい速度で過ぎていくなか、生温かい風に受け止められることもなく滑り落ちていく。

幸いなことは、対向車も通行人もいない独壇場だということだった。

そうでもなければ、突然 飛び出してきた何かに咄嗟の判断でハンドルを切るなどということはできるはずもなかった。


 “画”で見たコンクリート壁に ぶつかる前に、岡持を手に自転車を飛び降りる。

着地には失敗したが、なんとか冷麺は無事だ。

ひとまず息を吐く。


「呆れるほど優れた運動神経だな」


 前輪を ひしゃげ、見るも無残な姿になった愛車を起こそうとしていた武が顔を上げると、誰かが立っている。

キャップ帽を被っているうえに逆光になって顔は よく見えないが、どうやら子どものようだ。


まさか こいつが飛び出してきたのだろうか。

だとすれば、車同様 自転車も すぐには止まれないのだということをしっかり言い聞かせてやらなければ。


そう思い立った武は、安堵に緩んでいた口元を締め直し、自分比で年長者らしく威厳たっぷりに立ち上がった。

しかし、その差が あまりにも ありすぎて逆に子どもから遠ざかってしまったため、やむを得ず膝に手をつく。


せめて雰囲気だけはと眉間に力を入れ子どもの顔を睨みつけてみれば、どうだろうか。

透き通るような白い肌に艶やかな垂れ目―――――

今朝の美少女ではないか。


思わぬ巡り合わせに驚き飛び退いた武だったが、その瞬間 足元の岡持を蹴ってしまった。


威厳もへったくれもなく動揺する17歳を、子どもに間違えられた美少女は腕組みをしたまま恐ろしく冷めた目で見据えている。

違和感に気づいたのは、冷麺の無事を確認した後だった。


よく見れば、服装も違う。

この暑さを助長させるような上下黒のスポーツウェアで、なんとも威圧的だ。


 動揺を越えて呆けに入っていた武に美少女が突きつけてきたのは、顔写真入りの手帳だ。

探偵派遣協会コズミック関東支部捜査課特殊捜査係ランクAAエージェント日下部(くさかべ) 孝臣(たかおみ)と書かれている。

名前からして明らかに男だ。


これは一体どういうことなのかと しばらく手帳と美少女とを行き来していた武だったが、思いがけず鬱陶しそうな顔をされてしまった。


「君が店で会ったのは妹だ。僕と妹の見分けもつかないようでは、先が思いやられるな」


 なんの先だと訊くなり、美少女―――――いや、少年から黒塗りの箱を投げつけられる。

持ち手付きで何やら頑丈そうな それは、まるでマフィアがブツの受け渡しに使うジュラルミンケースのようだ。


そんなユーモア溢れる感想が出るほどには我を取り戻した武は、そのままの軽いノリで金具の繋ぎを外して中を改めたのだが、中身を目にした途端、軽さにかまけたノリが一瞬にして吹き飛んでしまった。


拳銃だ―――――。


「不本意だが、上からの指示だ。君を僕のバディとして正式に認めてやる」


 すぐに顔を上げたが、そこに少年の姿は無かった。


 急に這い上がってきた恐怖に、武は慌ててジュラルミンケースを閉じる。

と、その時、ケースから何かが落ちた。

拾い上げて見てみると、それは武の顔写真が入った探偵派遣協会コズミックの手帳だった。

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