月イチのサキュバスくん 前編
今回は前後編です。
少しでもお楽しみいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!(* ̄▽ ̄)ノ
まずは顔を洗う。
洗顔フォームを充分に泡立て、優しく顔全体を包み込む様に。
濯ぎはぬるま湯でしっかりと泡を落とす。
水分を取るのは柔軟剤で柔らかくなったタオル。
もちろんゴシゴシ擦ったりはしない。優しく軽く押さえる様に。
間髪入れず化粧水。
コットンにたっぷり含ませ、肌の中に押し込める様にパッティング。
次に乳液、最後に美容クリーム。
化粧水と同じラインのものだ。
テクスチャを利用して、念入りにマッサージもする。
中心から外側に向けて、優しく指先を動かす。
「ん、良い感じ」
鏡を見て、艶々モチモチ肌に満足げに頷く。
さぁ着替えだ。
今日は何にしようか。
シンプルに、そうだな、スモーキーピンクのハイネックのサマーニットに、ボトムは濃い青のフレアジーンズにしようか。
靴はベージュのチャンキーヒールでいいかな?
うん、こんなもんか。あまり気負わない方が良い。
さて化粧に取り掛かる。
ファンデーションは下地無しで手軽に使えるBB。
そしてアイラインにアイシャドウ。チークは薄く。最後に口紅。
厚化粧にはならない様に心掛ける。ナチュラルメイクが理想だ。派手は趣味では無い。
ウイッグはどれにしようか。
今日は少し風があるから、ロングを軽く纏めようか。
さあ出掛けよう。バッグは肩に掛けて。
夕飯は何にしようか。
カフェでキッシュのプレートか、洋食屋でハンバーグか、それともそれとも……
石原真津実は、れっきとした男である。
しかし月に一度、こうして女装をして夜に出掛ける習慣がある。
実は真津実は、サキュバスの血を引いているのだ。
先祖にサキュバスがいて、時折子孫に性質を継ぐ子が産まれる。真津実がそれである。
それまでは女の子にしか出なかった。真津実が初の男の子なのだ。
継いだ子には胸元に星形の痣が出るので、産まれた瞬間に判るのだ。
「男の子に出たって、どうしろと」
「でも男前にはなるかもだし」
両親はそう言いながら戸惑った。
これまでの女の子たちは皆美人で気立ても良かったらしく、幼い頃から男の子に囲まれる羽目になった。
そしていずれも良縁に恵まれ、いわゆる玉の輿に乗ったのだ。
真津実も確かに美形には育った。
だがサキュバスの性質のせいか、中性的だった。
身長はあまり伸びず、声もやや高めだった。
高校時代のある日、男友達が真津実の顔を凝視しながら言った。
「石原お前さ、女装とかしたら似合いそう」
その一言で、周りが騒めき立った。
「ほんとだ! 真津実ちゃん可愛いから!」
待て待て待て。一体何を言っているのかと真津実は突っ込んだが、本人を置いて周りは大盛り上がり。
このままだと本当に女装させられかねないと、真津実は逃げる様にその場を離れた。
幸いその話はそれで終わったし、当時の真津実は女装なんてとんでも無いと思っていたので、その内忘れた。
しかし二十歳を越えた頃、大学で出来た友人に蒸し返されてしまった。
その友人は高校時代の出来事を知らないし悪気も無いので、真津実は適当に流した。
だがその短期間で、真津実の意識にも多少の変化があった。
時折テレビで見る様になった女装云々の番組。それらが真津実に影響を与えていた。
しっかりと男性らしい男性が、化粧とウイッグ、服装で女性らしく変身する。
それを徐々に羨ましいと思う様になっていた。
真津実はネットで女装が出来る店を調べ、思い切って行ってみる事にした。
自分で化粧品などを買ってみても良かったが、仕方が解らなかったからだ。
女装スタジオでは、まず服を着替える。
ハンガーに掛けられた大量の女性服の中から、シンプルな山吹色のワンピースを選んだ。
次に化粧だ。スタッフが仕方を丁寧に教えてくれた。女性らしい立ち振る舞いも。
仕上げにロングヘアのウイッグを付けて、恐る恐る姿見の前に立つ。
と、その出来栄えに息を飲んだ。
「す、凄くお綺麗です……!」
そう言ったスタッフの顔は半ば呆然としていて、やや上擦ったその声の調子からも、お世辞で無い事が解る。
鏡の中にいたのは、非の打ち所がない美女だった。
化粧はかなり控えめにしてもらった。
ファンデーションは薄めに、目元もあまり弄っていない。
元々大きめな眼ではあったが、ほんの少しアイラインを入れただけで、まるで猫の眼の様に愛らしく大きくなった。
チークもピンク色をほんの少しだけ。
口紅は艶のあるベージュ掛かったピンク。ど
ちらも派手な色では無いのに、とても華やかだ。
「すげー……」
つい口に出ていた。凄い、こんなになるなんて。
真津実の中に沸き上がる何か。
まるで中身から女性になってしまったかの様な感覚。
少し面倒かな、と思っていた女性らしい仕草まで、苦も無く自然に出来そうな気がする。
「この後はお散歩ですよ」
そう言うスタッフの声で我に返った。
「あ、は、はい」
声だけはどうにもならない。
この姿に似つかわしく無い、耳障りな声。
高めとは言え、女性の声には程遠い。そう言えばのどぼとけも。
少し気分が落ち込んだ。
「ストールとか巻かれます? のどぼとけを隠すためにされる方多いんですよ」
それは嬉しい。スタッフのアドバイスに従って、グレーと紫のストールを選んだ。
しかし声……こればかりは仕方が無いのだろうか。
「あ、あ、あ、」
真津実は意識して、女性らしい声を出そうとしてみる。
「あー、あー、あー」
すると、流石に鈴の様な声にはならなかったが、少しハスキーな女性の様な声になった。
これなら行けると思った。急に自信が沸いて来た。
「散歩、行って来ます」
「はい、行ってらっしゃい」
スタジオを出て、ヒールの足で一歩外に踏み出す。
途端に視界が大きく広がった。
女装をした自分を、街が歓迎してくれている様な気がした。
嬉しさで笑みが浮かぶ。
ついスキップなんてしたくなる。
しかし堪えた。
景色が新鮮に映り、周りを見渡しながら、しなやかに歩く。
前を歩く男性が、気配を感じたのかふと真津実を振り返る。
眼が合うと、男性はその場に呆然と立ち尽くしてしまった。
どうしたのかしら。そう思うが足を止めず歩く。
すると今度は前から歩いて来る男性と眼が合った。
するとその男性もその場に立ち止まってしまう。
一緒に歩いていた女性が怪訝な顔をして、男性と真津実を交互に見た。
これはもしかして、もしかして?
男性たちは真津実の美しさに、骨抜きになってしまったのでは無いか。
自意識過剰だろうか。
しかし女性は何とも無かった。男性だけだ。
となると、そう考えてもおかしくない。
その時、自分がサキュバスの性質を継いでいる事を思い出した。
女子からは同性の友人の様な扱いを受け、男子からは『石原ならイケるかも』なんて言われた事があるが、恐らく中途半端に顕れていた結果なのだ。
それが、女装する事によって、存分に発揮されてしまったのでは無いだろうか。
正解かどうかは判らないが、腑には落ちた。
しかし女装したとて真津実の恋愛対象は女性である。男性を誘惑してもなぁ……
真津実は苦笑するしか無かった。
ありがとうございました!
後編は明日投稿予定です。
お待ちいただけたら嬉しいです!(* ̄▽ ̄)ノ




