(`・ω・´)花粉マジで辛い…。
「随分と…買い込みましたね」
少女は買い物袋の中に入ったマスクの入った袋の山を見て、呆れたように言った。友人はその袋から一つ取り出して、早速、さっきまでつけていたマスクを外した。新しいマスクの付け心地はどうか? と、尋ねる間もなく、彼女はくしゃみを一つして、充血した目を瞬かせた。
「目薬は?」
「無くした」
言った彼女に、紙袋を差し出す。彼女は、おっ、と軽く頷き、その袋を開封した。
そして、それを思い切り投げた。
「どうかしたんですか?」
「飴が入ってた」
僕はポケットの中から目薬の箱を取り出して、彼女に差し出した。彼女は殺意の籠った目をこちらに向ける。僕は肩を竦めつつ、鼻を啜った。
「今度は無くさないように」
「黙れ」
彼女は言いながら、目薬を差している。空になった箱が、まだ布団を除けていない炬燵板の上に転がっている。籠の上に残ったミカンが三つ、冬に置き去りにされたように寂しげだった。
――友人は涙をだらだらと流しながら、テレビに視線を移した――
少女がそのミカンを一つ手に取り、皮を剥いた。中のあの薄い皮まですっかりと捲って、
「はい、どうぞ」
と、僕に差し出した。
「あ、はい。ありがとうございます」
思わず返して、僕はマスクを下ろした。彼女は、そのまま、僕の口元にまで近づける。
あ、あーん? 疑問形の僕の口の中に、柑橘系の甘酸っぱい味が広がる。
「はん。女子高生さまにあーんしてもらう気分はいかがかね?」
「背徳感に打ち震える」
「黙れ」
聞かれたから答えたのに。
少女はくすくすと笑った。
「花粉症って、そんなに辛いんですか?」
「…」
友人は、少女の呑気な言葉に、幾分か、何か思うところはあったらしい。
けれども、それは、怒りとか、そういう感情ではなく、言うなれば、そう、『愚痴、聞いてくれる?』みたいな、そんな、弱気な目線である。
「正直、何で人間って、目と鼻がついてるんだろう? ってくらい、辛い」
「花粉症を重度の障害認定にして欲しい。国から補助金貰いたいくらい辛い」
あ、そうなんですか~…。
分かっている。花粉症ではない人には、絶対に理解してもらえないのだ。
そして、花粉症の中にも、軽度の人間と、そうではない人間がいる――と、僕は信じている。
友人を見る。
彼女は、少女が剥いたミカンに目をやった。
「…いりますか?」
「…今、マスクを引き下ろしたら、大惨事になるから」
「大惨事?」
――うん。鼻水が大洪水になってるから。
僕はポケットから目薬を一つ取り出した。友人に渡したものにしても、僕が今持っているものにしても、恐らく最安値を更新し続けているであろう安物である。何故か?――この目薬の容器が空になるまで使い切った記憶がついぞないからだ。
大人って、大変ですね。
と、少女が他人事のように呟く。
いつもは、僕にしても、友人にしても、『花粉症でない奴らは皆、花粉症になって同じ苦しみを味わえ!!』と、呪詛を振りまくタイプではあるのだけれど。
「お前はなるなよ。絶対」
友人のぶっきらぼうな言葉に、僕も、マスクの下で苦笑しつつ、頷いた。