(`・ω・´)料理は愛情(キリッ)
バターと小麦粉と牛乳。それをフライパンの中にぶち込んで、火に掛ければホワイトソースを作ることは出来る。
例えば正しい比率でそれを加え、火にかけたとして、それが美味しい代物かどうかは僕には解らない。
いや、そもそも、正しい比率と言うのが、何を差すのか解らない――そこらへんは結局、経験則になるわけだ。
「まぁ、味の決め手がコンソメスープの素ってのは、邪道な気がしないでもないけどね」
「何言ってるんです?」
「独り言」
ドアを開くと、玄関が見える。その通路の右手にシンク、トイレに繋がるドア。左手に洗面所、洗面所の横についたドアに、小さなバスタブのある浴室がある。僕らが立っているのは、その通路だ。目の前にはシンクがあり、そして、そこに、小さなまな板と、何とか頑張って二つ貼りついたコンロがある。僕は玉ねぎを薄切りにし、次いで、ベーコンを切っている。
少女は顔を顰めている。
友人はリビングでテレビを見て、がははと笑っている。勿論、その手にはチューハイの缶が握られている。そろそろアルコール依存症を心配すべきなのかもしれない。
「独り言は、良くないです」
少女は眉根を寄せた。頬を膨らませてくれれば、何だか、ハムスターのように愛らしくて良い気もするのだけど。
いつか、この子も恋をして、そして、その相手に好意を抱いて欲しい、と思うようになれば、自然とそのような擬態もするようになるのだろうか。
と、要らないことを考えるのも、彼女に言わせれば、良くない癖なのだろう。
「良くないね」
「味の決め手は、コンソメスープの素なんですか?」
「…そうね」
「そうですか」
少女は大人びた顔で、頷いた。
それは、幾百の言葉よりも、僕の心に伝わる。――そう、ここにいるのは、僕一人ではない。
「ちゃんと教えて下さい。ちゃんと、私を見て」
「うん」
じっ、とやぶにらみの視線を向ける彼女に、僕は落胆と言う言葉の意味を考えずにはいられない。
「玉ねぎをスライスする。ベーコンも、まぁ、適当な大きさに切る」
「はい」
「フライパンをコンロに。火を入れる」
「はい」
「バター投入。えい」
「あ、何グラムですか!?」
適当。と、言うと、露骨に彼女は顔を顰めた。
僕は彼女の父親でもないし、兄でもないし、勿論、弟でもない…筈なのだけど。
それでも、彼女にこういう風に拗ねられてもどこか嫌いになれないのは何故だろう。
―――――――――――
「美味しい?」
「美味い」
「美味しいです」
友人はいつものように頷いた。
少女も、また頷いた。彼女は悔しそうにする。それが、嬉しい。
グラタン皿のマカロニグラタンは、少し冷めている。敢えて、そうしている。アツアツのものよりも、冷めた方が美味しい、と僕は主張して、友人は同意し、少女は疑った。それが一週間前。そして、今、僕らは同じものを食べている。
「適当なんですよね?」
彼女は言った。僕は頷いた。
けれど、適当、ってのは、適度に当たれ、ってことで。
「レシピ通り。適当」
「何ですか、それ」
彼女はげんなりとした顔をする。友人は、缶をまた開いた。
窓の方に歩いた。まだ雪は残っている。けれど、もうすぐ、それも溶けてしまうだろう。
「溶けてる?」
「残ってる」
「氷結するかな、道路」
「分からない」
「滑るの怖いんだよな。俺、運転下手だし」
「誰でも怖いと思う」
友人が缶を差し出した。僕はそれを受け取った。
太陽は真上から、生温く地上を照らしている。
「私も、免許取りたいです」
少女も窓の外を見つめた。免許を取ったら、どこにでも行ける。と、そう言えば、この年頃に僕はそんなことを思っていたような気がする。
いや、それも、彼女の年を越して、しばらくしてからだったのかもしれない。
免許を取って気づいたことがあった。例え、車に乗れても、結局、どこにも行けやしなかった。
「原付の免許なら取れるんじゃね? でもま、危ないしな」
友人は懐かしそうに、そんなことを言った。
少女は頭を振った。
でも、僕は。
一度くらい、車に乗る前に原付に乗っておいても良いのかもよ? なんて、つまらないことを考える。
勿論、道路に雪もないような春のうららかな日差しの中で。
「お酒、呑むんですね」
少女が言った。
「昼間に呑む酒は美味い」
僕は答え、プルタブを開けた。
「…ま、たまにはね」
友人と缶を合わせて、僕はグラタンを美味しく召し上がることにする。
少女は小首を傾げつつ、免許を取りたい理由を幾つも並べ始めた。