(`・ω・´)昔は雪とか好きだったけれど、大人になると割と嫌いになるもんだよね。
「禁酒して何日目よ?」
友人がチューハイの缶をまた一つ空にして、僕に尋ねる。
何日目だったか。
「あの子が訪ねて来てから、呑んでないんだろ?」
ん? と、また新しい缶のプルタブを開いて、掲げて見せる。
呑んでみるか? と、言いたげである。
僕は頭を振って、身を起こして、部屋の中を映し出す窓を少しだけ開いて、外を眺めた。
「雪が降ってるよん」
「知ってるよ」
彼女も立ち上がり、そして、僕を押しのけて、同じように窓の外を眺めてみた。
そして、「寒っ」と身を抱いて、窓を閉めた。
冬の夜の闇は深くて、酷く寂しい。
――もしも、こんな日に部屋で独りぼっちだったら。そんなことを、ふと、考えた。
「迎えに行こうか」
友人が、ぽつりと呟いた。
「僕も、同じことを、考えてた」
言うと、彼女は、一瞬、真顔になって。
そして、居た堪れないほど悲しく顔を歪ませた後で、そして、儚げに微笑んだ。
「うん」
よっぽど、彼女からまだ蓋を開いていないだろうチューハイを一本分捕ろうか、と思ったけれど。
酩酊状態から素面になった時に彼女をからかえるネタが無くなってしまうのは惜しい。
「行こうか」
クローゼットの中からコートを取って羽織る。
部屋の外に出る程度の事なら、それで充分だった。
―――――――――――
雪は足を取られる程深く積もっていた。
「通勤の時にさ、車に乗りながらすれ違う子供とか見るじゃん」
「うん」
「俺も、同じように学校に通ったんだ、って思ったけれど、多分、同じようにじゃないな」
「うん」
「ずっと不真面目だったし、他の学生たちが乗ってる時間じゃなくて、一便も二便も遅らせた時間の電車に乗って」
「うん」
「ガラガラの車内で、本を読んでたんだ」
きっと、それが彼女の全てだったんじゃないか。
と、ふっと、酷く遠くを見て幸せそうに微笑む友人を眺めた。
彼女は分厚いマフラーを厚手の手袋で掴みながら、その本の内容を聞かせてくれた。
どうにも支離滅裂だけれど、元々はそれはOVAを小説化したものらしい。
雪が吹き抜ける音で、いくつかの単語は聞こえなかった。その度に彼女に尋ねた。彼女は嬉しそうに答えた。
「…その頃に、こうして一緒に歩きながら、話したかった」
――まだ、遅くはないだろ。
その程度の言葉も、僕は吐き出せない。
「今度、貸してよ、その小説」
「もう、捨てちゃったよ。いや、捨てられた、かな」
「…」
遠くに、少女の姿を探したけれど、信号機と街灯の光しかないこんな場所じゃ、ようとして見つかる筈もない。
それでも、駅までの道の途中で会えるんじゃないか、そんなことを思いながら、ふっと、自分の学生時代を思い出す。
電車の中で、本を読んでた。
「僕も、そうだった」
「だろうな、暗そうだもん。お前」
「…」
女って、こういう生き物だよなー。
最近、あの少女もそういう節が見えだして来た。
――いや、割と彼女は初めっからそんな感じであったような気も…。
―――
「いた」
「ん?」
車も人もどこにも見当たらない信号待ちの横断歩道。
その向こう側に、小さく少女の姿が確かに見えた。
「ああ、いたね」
「おーい!おーい!」
友人が大きく手を振ると、彼女は少し戸惑ったように、恐る恐る手をあげて。
そして、周りを見回して、そして、誰もいないのを確認して。
ゆっくりとはっきりとした姿になってくる彼女が横断歩道の前で立ち止まり、そして、大きく手を振った。
「おかえり~!」
「ただいま!」
友人の声に、少女は応えた。
僕も、何か言おうと思ったけれど。
何を言えばいいのか、分からないまま、ただ、心に湧き出る感情そのままに、微笑んだ。