(`・ω・´)君の未来がどうなろうと知ったことではないとか言いたくない
――「なあ、あの子って、お前の何なんだ?」
友人がテーブルに頬杖を突きながら、おみやげに持って来た煎餅をぼりぼりと齧りながら尋ねてきた。テレビはアニメを映している。恋愛系のアニメだ。僕は余り好きではない。山あり谷ありのストーリーに、豆腐よりも脆いメンタルはきっと耐えきれない。だから、PCを覗き込んで、必死で、その情報を遮断していたのだけれど、彼女の声には反応せざるを得ない。
「何って」
「何かしら匂わされてるんだろ? お前のことは知ってるって」
「聞いてない」
「聞けよ」
友人は無表情だった。あの少女がこの部屋に居着くことを望んでいないことは知っている。アパートメントの一室に住民のプライバシーの全てを保護することを望むのは少々高望みと言う物だ。となれば、自然とリスクも生まれる。
その時に、僕とあの少女の間に、何かしらの関係性があることは、良い方向に身を結ぶかもしれない。
――例えば、実は、彼女が僕の生き別れの妹だったとしたら――。
「聞きたくはないな」
「そうかよ」
舌打ちをして、彼女は煎餅の袋の口をこちらに差し出した。
「酒ある?」
「今は無い」
「断酒してんの?」
「酒の勢いとか、怖いし」
「お前。やっぱ、あの子追い出すべきだわ」
正直、そこまで自分が信じられないわけじゃない。
けれど、未成年の女の子に、『お酒吞みたいです』と言われて、拒み切れる自信がない。
そういう後ろ向きの理由なわけだけども、勿論、友人のハエを見るような視線を抗うことは出来まい。
「酒、買って来る。自分の分だけで良いよな」
「うん。コンビニ行くなら、ポテトも宜しく」
「解った」
――友人が部屋を出ていった後、間を置いて、呼び鈴が鳴った。
この部屋を訪れるのは、大体、友人か、宅配業者か、あの少女だ。
「はい」
向こうに届くか届かないかの声で応え、どたどたとわざと慌ただしくドアに近づく――
チェーンをつけたまま、ドアを開くと、そこには、少女の姿があった。
「ただいま」
彼女がにこやかな笑顔を浮かべる。
いや、ここは、君の帰るべき家ではないのだけれども。
――そう言うべきなのかもしれないけれど、その笑顔を見ると、そんなことも言えなくなる。
「…」
とは言え、おかえり、と言うのも、違うような気がして。
「いらっしゃい」
少女を傷つけやしないだろうか、と少々胸を痛めつつ、こんなことを言う羽目になる。
―――――――――――――
「ご友人の方は、いらっしゃらないんですね」
「今、買い物に行ってるよ」
「それじゃ、すぐ、戻ってくるんですか?」
「戻ってくると思うよ」
そうですか。
ため息を一つ吐く。
「あいつの前で、ため息とかつかないでよ?」
「あ、はい」
素っ気なく応えた後、彼女は鞄から教科書やノートを取り出した。
「ちょっと、勉強しても良いですか?」
「どうぞ。あいつが帰ってきたら、アニメとか見ると思うけど、邪魔にならないかな?」
「別に良いです。ずっと居るわけでもないですよね?」
「流石に夜になったら帰ると思うけど。何とも言えないかな」
友人の居着く時間も随分と長くなった。
多分、少女と、僕を警戒してるんだろう。
それも純粋な厚意からだ。あいつはそういう奴だと、分かっている。随分と馬鹿な自分の行動に振り回しているとは思うのだけど、どうにも、少女の件は断り切れなかった。今更に突き放すことも出来ない、と言うのは、多分に言い訳だろう。彼女に何を求めているわけでもなく、彼女から、何かを求められているわけでもなかった。それも、僕が知らないだけなのかもしれないけれど。
「進学をしたい、とは思っているの?」
「一応は」
「そう」
そうでなければ、学校に通ったりはしないんだろうか。
――結局、学校へは、親からの連絡もなく、放置をされているらしい。
何て親だ! と、思ったものの、彼女の家出の一助をしている自分に、そんな資格は無いだろう。そもそも、僕は、少女のことを何も知らないし、知ろうとすら思っていない。
だから、こんな質問も、無責任で、デリカシーの無いものだろう。
「奨学金とか」
「使えたら、使いたいですね。だから、勉強しないと」
――少なくとも家賃の負担が無いなら、随分と経済的には楽になるだろうな。
と、ぼんやりと考える。けれども、彼女が今の暮らしに耐えられるものだろうか。
僕が、嫌になってしまう可能性も高い。
嫌になったら、どうするんだろうか。突然、引っ越しでもするのか。がらんどうになった部屋の中で立ち尽くす少女を、誰が慰めてくれると言うのだろう。
「そっか」
無理しないで、なんて言える筈もない。
不意に、何故、目の前の少女のことをここまで気に掛けるのか、考えた。
それこそ、将来のことにまで、首を突っ込もうと思うのか。
――何となく、察しはついていた。僕は、自分の昔と重ね合わせているのだろう。
何もしてあげることの出来なかった、誰かのこともまた、重ねている。
代替行為なのだ。それなら、理屈ではない。
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「ただいま」
友人が戻って来た。
「おかえりなさい」
少女が玄関に向かって声を掛ける。
『いらっしゃい』と言いかけて、僕は言葉を噤んだ。
「ポテト冷めてない?」
「冷めてるよ。てか、おかえり、はよ。」
「…おかー」
「殴んぞてめー」
言いつつ、買い物袋を差し出す。一番手近なコンビニも徒歩十分程度の距離だ。酒を呑む為にそこまで頑張れるものだろうか――心なしか彼女の顔は紅潮していた。どうやら、一杯やりながらここまで来たらしい。
袋の中には、二本ほどチューハイの空き缶が入っていた。いっぱい呑んでる。
「安心しろ。全部、俺が飲むから」
勇ましく友人が駄目なことを言う。
袋の中には、まだ未開封の缶が七本ほど入っている。