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てんしのたまご  作者: odayaka
1/6

(`・ω・´)まあ、泊まっていきなよ




 「どこにも行き場所が無いんです」


 開いたドアの隙間から、顔を見せたのは女の子だった。

 セーラー服を見る限り、そして、その顔を見る限りは、まだ学生なのだろう。

 中学生か、高校生か。

 目元は、泣きはらしたように赤い。


 「そう」


 チェーンをつけたまま、彼女の顔をまじまじと見る。

 見覚えは無い。

 彼女位の年頃の親戚がいた記憶もない。

 いたとしても、わざわざ、こんなところに現れる筈もない。


 「僕は君のことを知らないのだけど」

 「私はあなたのことを知っています」

 「そうかい」


 じっと見つめる。

 誰かに似ているだろうか。

 やはり、心あたりは、ない。


 「解らないな」

 「解らないと思います。きっと、あなたは、私のことを知りませんから」

 「隠し子はいない筈だけどね」


 殊更、真面目な顔を作って応えると、彼女はくすりと笑った。

 そんな顔を見てしまうと、もうどうしようもなかった。


 チェーンを外して、ドアを開く。


 「入りなさい。外は寒いだろう」


 いいんですか? と、彼女は尋ねなかった。






―――――――――――――





 シャワーを貸して下さい。


 と、言われたので、快く貸した。

 が、ラジオのポッドキャストを聞いている時に、不意に気づいたことがあった。

 ――とは言え、今更じたばたしたところでどうしようもない。


 「ありがとうございました」


 部屋のドアが開くと、そこに元の服装の彼女の姿があった。

 内心、安堵しつつ、頷き返す。


 「コーヒーでも飲むかい?」

 「はい」

 「砂糖とミルクは」

 「たっぷりと」


 無遠慮な子だとは思わなかった。

 甘え上手な子なのだろうか。

 或は、自分が、単純すぎるだけなのかもしれない。


 部屋の中を見回した。

 本棚とテレビとテーブルの上にノートパソコン。

 埃の積もった机、ベッド。

 ドアを開くと、玄関が見える。その通路の右手にシンク、トイレに繋がるドア。左手に洗面所、洗面所の横についたドアに、小さなバスタブのある浴室がある。


 「パソコンはいじらないで欲しい」


 彼女は頷いた。



―――――――――――――――――



 テレビの中で、見知らぬ芸人が適当なことを喋っている。

 深刻そうな顔で相槌を打つアナウンサーの顔には見覚えがあった。

 どうでもいい話を、さも、この世の一大事、と言った風にしゃべる姿は滑稽だった。

 明日には忘れ去られるような話でも、彼らは同じように話すだろう。


 「どこにも行き場が無いのかい?」

 「はい」


 正座をした彼女は、丸めた手をスカートの上に置いている。

 頬杖をついてテレビを眺める僕とは、対照的だった。

 もしも、僕がまともな大人だったなら、彼女を翻意させることもやぶさかではないだろう。

 或いは、その対極にいる大人だったのなら、彼女に対して、何らかの要求もするかもしれない。

 例え、そのどちらであったとしても、ろくな結末にならないのは容易に想像はついた。

 いや、恐らく、自分がどのようなことをしたとしても、この経緯がある限り、自分は世間から抹殺されるであろう予想がついた――が、どうでもいいことだった。そう、目の前のテレビの中の出来事の様にどうでもいい。


 「じゃ、ここにいればいい」

 「いいんですか?」

 「良くないんだろうね」

 「でも、ここにいてもいいんですよね?」


 会話になっていない。

 けれど、彼女も僕も気にしちゃいなかった。


 「良いんだろうね」

 「何で他人事なんですか?」

 「君は他人だからね」

 「私は知っていますよ。あなたのこと」

 「隠し子はいない筈なんだけどね」


 今度は笑わなかった。


 「君がどうして僕のことを知っているのか、って。聞いた方がいいのかな?」

 「聞きたくないんですか?」

 「死ぬまでには聞きたくなるかもしれない。或は、警察に捕まる前には聞きたい」

 「教えましょうか?」

 「でも、知りたくない。面倒くさそうだし」


 出来れば、誰とも関わり合いにはなりたくない。

 それでも、どうにもならないほど、誰かを求めることがある。


 「それじゃ、どうして、私を家にあげてくれたんです?」

 「君が困っていそうだったから」

 「はあ」


 彼女は間の抜けた顔を浮かべた。


 「あと、君は、僕を陥れるような真似はしなさそうだ」

 「どこでそれを判断するんです?」

 「何となくだよ」


 何を担保に人を信頼するのか。

 彼女は黒髪だった。

 彼女は化粧っ気がなかった。

 彼女はファッションに全く興味が無さそうだった。

 彼女は清潔感があった。

 ――きっと、そんなもの、何の理由にもなりはしないようなこと。


 「何となくですか」

 「そ、何となくだ」



―――――――――――――――――――





 「ご近所さんに姿を見られたら、不味いですか?」

 「不味いかもね。通報されたら、僕は前科者になる可能性がある」

 「物騒ですね」

 「見知らぬ未成年の子供が、怪しい男の一人暮らしの家に入り浸っているのに、誰も不審に思わないのなら、その方がずっと物騒ってもんさ」


 ――彼女はベッドから顔を出している。

 僕は床に敷いた布団の中でじっとしている。


 「でも、私たちの間には、まだ何もないですよね」

 「そうだね。僕らの間には何もない。それでも、うがった見方をする人はいるものだよ。それに、何もない、と証明することは、多分、出来ない」

 「そうですよね」

 「家出の理由、聞かなくてもいいよね」

 「聞かないんですか、聞きたくないんですか」

 「聞きたくないね。面倒だ」

 「面倒なことが、本当に嫌なんですね」


 ――嫌だね、面倒なことは、嫌だ。


 口の中の呟きが彼女に届くことは無い。

 酒を呑んでいれば、もしかしたら、泣いてしまうほど、心細くなる。


 「いつまでいて良いんですか?」

 「聞かないで欲しい。答えたくないから」

 「学校、通いたいんです」

 「家出してるのに、通えるのかい?」

 「…あの、学費とか、流石にそこは、自分で何とか」

 「いや、そうではなくて、家族が、学校に連絡したりとかしたら色々と」

 「あ…。う…」


 彼女は口ごもってしまった。

 家族と一緒にいるのが嫌だから、家出をしたのかい?

 そんな簡単なことさえ尋ねることが出来ない。

 学校へ連絡を入れるよりも、まず先に、警察に連絡がいっていたら。

 それこそ、僕は前科者になる可能性があるわけだが、さて。


 「学校や、警察で…」

 「…」

 「君の、家族といたくない、って考えに正当性があれば、そのまま、家族と離れて過ごす方法も生まれるかもしれない」

 「本当ですか?」

 「わからない」

 「適当なことばっかり…」


 溜息が衣擦れの音と重なった。


 「何もかもがどうにもならなくなっても、僕にはどうしてあげることも出来ない」

 「冷たいですね」

 「ただ、訪ねて来たら、部屋の中にいれてあげるくらいなもんさ」

 「…それでいいんですか?」

 「どういう意味かは解らないけど」

 「どうにもならなくなったら、どうにもならなくなってるってことですから」

 「どうにもならなくなる気持ちは分かるから」


 --彼女が、起き上がり、ベッドに腰を下ろした。


 「部屋の中にいれてくれた時、少しだけ、幻滅したんです」

 「そりゃ、あんまりだ」


 真っ暗な闇の中で、彼女の表情は見えない。


 「シャワーを借りた時、簡単に応えましたよね。もう、最低って思ってました」

 「以後、改めるよ。何を改めればいいのか解らないけど」


 溜息が漏れる。幸せはドンドンと遠ざかるばかりだ。


 「何も返せません。分かってますよね?」

 「何もいらない。めんどくさがりなの、分かってるだろ?」

 「バカですよね」

 「自覚はしてる。多分、本当にどうしようもないんだ」


 彼女はベッドの中に再び潜り込んだ。

 黙りこみ、やがて、寝息を立て始めた。



――――――――――――――




 ――後日。







 「で、目を醒ますと、ベッドの上に紙切れが落ちてたんだ。『ありがとうございました。家出娘より』」


 差し出すと、友人は、青ざめた表情で、メモを受け取った。

 そこには、存外、上手な字が並んでいた。


 「お前、今から自首しに行ったらどうだ?」

 「何もしていない。ただ、困った子供を家に泊めただけだ」

 「それが不味いって言ってるんだ! てか、マジで何なんだ、お前! 最近は、そういうのに本当に世間の目は厳しいんだからな!」 


 何だか、最近ってところに生々しさを感じる。


 「次に来たらちゃんと追い返せよ。どういう事情があるのかは知らんが、そんなの危な過ぎるだろ。そんな爆弾、抱え込んだりするなよ」

 「約束してしまったし、しょうがないさ。それに、僕が泊めてやらなければ、本当に危ない目に遭うかもしれない」

 「そういう風なことを考える奴がつけこまれるご時世じゃないかー!」


 とうとう頭を抱えてしまった。

 この友人は気の良い奴なのだけれど、どうも頑固でいけない。

 いや、この場合、多分、僕がおかしいのだろうか?


 ピンポーン。



 と、呼び鈴が鳴ったのは、そんな時だった。

 午後七時。春に移り替わろうとする今の時期にも、まだ冬の気配を感じさせる夜の闇が、窓の向こうを支配している。


 「おい、この部屋に、俺以外の来客なんてあるのか?」


 怪談でも体験しているかのように、彼女は酷く動揺している。

 僕は頭を振った。玄関へと足を向ける。


 「おい、よせ。流石に…」

 「約束だからな」


 ため息を漏らしつつ、玄関のドアを開く。

 そこには、黒髪の少女の姿があった。


 「…今日も、良いですか?」

 「聞かないでくれ。面倒くさいから」


 そうですか――と彼女は玄関に女性用の靴を見つけた。


 「…」


 そして、真顔で僕を見る。


 「おいっ、どうせ、今回も手の込んだ悪戯なんだろっ! …って、ほ、本当に、家出娘いたー!」


 部屋の中から顔を出す、口調の荒い女友達の方も見る。

 そして、僕を、また見つめた。


 「恋人ですか?」

 「友達だ」

 「こんな時間に?」

 「君もこんな時間に来た」


 ぷくぅ、と頬を膨らませる。

 まるで漫画のような感情表現だ。

 愛らしい、と思うのは大人としては当然ではないかと思う。


 「シャワー、借ります」

 「どうぞ」

 「ま、待てー、家出娘、待て!」



 家出娘家出娘言うな。

 周囲の住人に通報義務を課すのはやめてくれ。


 「バスタオルありますか? シャワー浴びた後で、巻いて出ますから」

 「探しておく」

 「おいっ、この変態無感情面倒臭がり鈍感男! 探すな! てか、入れるな! てか、追い出せー!!」



 

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