ナシュマ編
ザーニアに戻ったナシュマは、稼業として傭兵協会に所属をした。だが、最近になって一つだけ心配ごとがある。
「あー、ようやく明日かぁ」
独りごちて暦の紙をめくった。ナシュマに頼ってばかりではいけないと、叉胤も傭兵として働き始め、初めての仕事で十日ほど遠征に出ているのだ。簡単な護衛の依頼だそうだが心配でたまらない。
「怪我してなきゃいいけど。つーか変な奴に襲われてたりしてないよなぁ。あー、心配だ」
「みぃ~」
ふわふわと飛んできた白いミミットが、ナシュマの肩に乗る。箏のところへ戻すわけにもいかず、ナシュマと叉胤で引き取って以来、すっかりと二人には馴染んだ存在になった。
「み、みひぃー」
「ん? なんだ、客かぁ?」
ミミットが翼で指し示した方に目を遣る。
「ん、ぅおっ!」
そこにいた人物に、ナシュマは驚きのあまり腰を抜かしそうになった。
「み、ミサキっ、それにディーラさんっ?」
「その姿で会うのは初めてだが、久しぶりだなナシュマ」
「ただいま、ナシュ」
彼らの後ろから、ひょっこり顔を出した叉胤が笑顔で手を振ってくる。
「叉胤!? へ? ただいまって……もしかして、護衛の依頼って!」
「ああ、俺が依頼主だ。ここまでは長旅だから、念の為に護衛をな。叉胤ならば腕の信用があるし、ミサキも叉胤に会いたがっていたからな」
「ぅは~、傭兵協会から、依頼主極秘だわ、新人の叉胤が指名されたって聞いてたから、変な奴じゃないかと心配しましたよ。ディーラさんだったのか。良かった」
「ナシュ、心配しすぎ」
「パパは変じゃないよっ。カッコイイんだぞ!」
「あはは、そうだな。ディーラさんはカッコイイよな」
しゃがみ込んでミサキの頭を撫でた。無邪気に笑った彼の笑顔が可愛い。
「ヨミ村の復興はどうですか?」
「おかげさまで、だいぶ進んだよ。俺とミサキが旅に出ても大丈夫なほどにな」
「これからパパと親子二人旅するんだぁ」
「そうか、楽しんで来いよ」
「そこでだナシュマ、しばらく村の病院が不在になる。俺が戻るまで村の用心棒を兼ねて、お前に病院を任せたい。裏とはいえ医者だったんだろう? それなりの報酬も出そう」
「はぁ、確かにそうですが……」
ナシュマは叉胤に視線を送る。叉胤とは離れて暮らしたくないのだ。かといって、折角叉胤の始めた仕事を辞めさせたくもない。
悩みを余所に叉胤が笑った。
「ふふっ。ナシュ、安心して。あのね、オレもヨミ村の護衛頼まれてるんだ。だから、ナシュも一緒に行こう」
「どうだ、ナシュマ?」
「ま、そういうことでしたら」
「ありがたい。後ほど協会へ正式に依頼しよう」
「良かったねー、パパ! ナシュマお兄ちゃん、パパの病院よろしくお願いします!」
少し大人びたように見えるミサキが、笑顔でぺこりと頭を下げた。ナシュマも同じく笑いながら、もう一度ミサキの頭を撫でる。
「お任せあれだ。それにミサキには恩があるからな」
「向こうでの一件か? 村に寄ってくれたクラウドから聞いたぜ。息子が役に立って何よりだ。それでは村の件よろしく頼む」
「じゃぁねー! パパ、お買い物したい!」
手を繋いで楽しそうに去る背中を見送り、ナシュマは立ち上がると叉胤を後ろから抱きしめた。
「おかえり」
「みぃ」
「ただいま、二人とも」
「叉胤、ヨミに行くのいいのか?」
「うん。復興したところを狙ってまた夜盗が来るかもしれないからね。それに、ミサキ君のお家護ってあげたい」
「そっか。叉胤がそう考えてるなら俺も異存はねぇよ。護ってやろうな」
二人と一匹、彼らがヨミへ移ったのはそれからすぐのことだった。




