叉胤編
魔界とのことも一先ず落ち着き、叉胤はナシュマと出会ってから初めて一人で行動した。いつもナシュマやヨハンと一緒だった。甘えていた。叉胤はそんな自分を成長させようと、ナシュマに内緒で出かけたのだ。
昂揚した胸を押さえながら、大勢の人々が行き交う露店通りに向かった。交易が発達しているのか様々な特産品が並ぶ。ユーライで見かけた黄色い果実も売られていた。
「懐かしいなぁ」
「兄さんユーライに住んでたのか?」
「ああ、少しの間ね。この果汁を搾った温かい飲み物の味は未だに忘れられないよ」
「買ってくかい? 銅貨二枚でいいぜ」
「銅貨……?」
そういえば人間界でやり取りをしたこともない。物価も通貨がどんなものかも知らない。全てナシュマ任せだったから。
「おいおい、金持ってないのか」
「ああ。あの、金を稼ぐにはどうしたらいいんだ? 今まで他人に世話になってたから、分からないんだ」
「世話に、ね。そうかい、裏から逃げ出して来たのか。そうだな、この街で傭兵になりゃ、物資補給から要人護衛まで仕事はたんとある。上手くやり繰りすりゃ、日々を過ごすくらいの金なら稼げるぜ」
「そうか。ありがとう、腕には自信があるんだ。お金を稼いだら改めて買いに来るよ」
「待ってるぜ。ああ、傭兵協会の本部はこの道を真っすぐだ。頑張れよ」
「裏ってなんだろう?」
相手の話に理解できぬ部分もあるが、確かに傭兵となれば独り立ちに近づく気がする。叉胤は教えてもらった傭兵協会に向かい、登録をして待機場所の壁に貼られた無数の依頼票を見る。
「凄いな、こんなにあるんだ」
ペットの世話、人捜し、護衛といった様々な依頼が並ぶ。この他にも貼り出せないような地下の仕事もあると、ヨハンから聞いたことがあった。
ザーニアは、光と闇の差が激しい街だと思った。表通りは往来もあり明るいが、一歩裏通りに入ればひと気はなくなり、途端に色を失う。それは魔界にも似ている。
「だからこの街に来たのかな」
「叉胤っ!? お前、なんでこんなとこにっ」
「あ、ナシュ。うん、果実が欲しくて、ナシュマと同じ傭兵協会に入ったんだ」
「ん、なっ? それくらい買ってやるから危ないことは……」
「今までの戦いの方がよっぽど危なかったよ。それに、いつまでもナシュマに頼っちゃダメだと思って。オレ、人間界の通貨がどんなものかすら知らないんだ」
「だからってなぁ」
「お願い。ね、ナシュ」
叉胤は両手を合わせて懇願した。ナシュマが頭を掻く。
「あーもー仕方ねぇなぁ。だが危なそうな仕事は俺もついて行く。それが条件だ」
「うん、了解っ。ありがとう」
「いーや。叉胤の何かやりたいって気持ちは嬉しいしな。そうだ、これからヨハンのところに行くんだが、一緒に行くか?」
「ザーニアに帰って来てるの? うん、行くよ」
「んじゃ、行こうぜ一緒に」
差し出された手を握って外へ出た。
太陽が輝いている。一秒でも長く、こうしてナシュマと歩きたい。もっと人間に近づけば、彼との距離も必然的に近くなるはずだ。そんなことを思いながら、叉胤はナシュマの少し後を歩いた。




