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カズキ編

 カズキは旅に出る前、クラウドに連れられて大聖堂に併設された建物へ来た。少し古びた煉瓦で造られた壁には、年期の入った深緑色の蔦が絡まっている。


「ここは?」


「教会の孤児院だよ。俺とライはここで育ったんだ。カズキに会わせてみたい子がいてね」


「前に言ってたやつ。まぁ、いいけど」


 中に入ると、聖騎士が珍しいのか、多くの子供たちがクラウドに寄ってきた。カズキは胸の奥に炎が立ったのを感じて、彼の首に回している腕に力を込めた。ちいさな嫉妬だ。同時に優越感もあるけれど。


「ああ、そこにいたのか」


「……ぇ……」


 クラウドが視線で示した先には、子供たちの輪から少し離れた壁際に、見たことのある風貌の少年が立っている。銀の髪に紫の瞳。自分自身がそこにいるようだ。


「カズキ、あの子だよ。会わせてみたかった子は」


「何、アイツ」


「カズキの兄弟みたいなものかな」


「はぁ?」


 いくらクラウドの言うことでも理解し難い。皺を寄せた眉間にクラウドの指先が触れた。


「あの体も血も、全部カズキと同じなんだ」


「どうして?」


「場所を変えようか」


 中庭にある芝生に二人は腰を下ろした。やはりこちらを窺うように、壁の陰から自分がこちらを見ているのは、不思議な気分だ。


「カズキ、(そう)に血を取られたことがあっただろう? それを元に造られたのがあの子だ。向こうでナシュマが実際に見たそうだよ」


「うわ、何に使われたのかと思ってたら、そんなことっ?」


「そして都合のいい刺客としてあの子が送られてきた。ライに杯の話をしに行った時だ」


「背中の傷凄かった時だね。アイツがやったの?」


「正確にはあの子の召喚した聖獣にな」


「聖獣っ?」


「ああ。あの子も召喚できる。カズキと同じだから。しかし、あの戦い以来眠り続け、今は俺のことを含めて全てを忘れているそうだよ。目覚めたのもごく最近のことだ」


 頬にクラウドの手が当てられた。碧い瞳に視線がぶつかる。


「俺の勝手な言い分なんだが、同じ血が流れているということは、血を分けた肉親と同じことだと思ったんだ。例えるなら、双子であるナシュマとヨハンみたいに」


「そんなこと言われても……」


「戸惑うのは分かるよ。それでも一度会わせてみたかった」


 カズキはもう一度自分を見る。目が合った自分が恥ずかしそうに俯いた。


「肉親か……」


 今まで親や兄弟のことを考えたことはなかった。クラウドがいるのでそれでも構わないと思うが、無視をするには、彼は自分に似過ぎている。


「ねぇクラウド、アイツの名前は? まさか同じ名前じゃないよね」


「ああ、ユイト=ネオバルディア、だよ」


「えぇー!! 何でクラウドと同じ名前なのっ!?」


「その、後継人であるバスウン様からのお願いでね。彼の想いは消えてしまったけれど、せめて俺の名をあげて欲しいと」


「ボクですら貰ってないのにぃ」


 カズキは不満を表して頬を膨らませた。


「欲しいのかい? 俺がいても?」


「欲しいよ! ボクも、クラウドと同じ家族の証。ボクの名前は『カズキ』だけしかないもん」


 しかもそれは、思い出したくもない男から与えられたもの。クラウドから貰う名前は何千倍も嬉しい。


「欲しいな?」


「そうか、欲張りな子だな」


「クラウドに対してはね」


「ふふ、それでも悪い気分ではないよ。カズキになら俺の全てをあげるよ。カズキ=ネオバルディア。俺と同じだ。一緒に使おう」


「うん! ありがとう!」


 カズキは頬に口づけてユイトを呼んだ。近くで見れば、本当に同じなのだと納得できるほどに似ている。


「あんたボクと同じなんだって。クラウドの名前使うの許してあげるから大切に使ってよね」


「大切……それは無くしちゃいけないもの?」


「そうだね。俺も長く使ってくれると嬉しいよ」


「クラウドさんが笑ってる……これは、していいことだね」


「ねぇ、クラウド。そろそろ行こうよ。そーだ。ユイトだっけ。旅が終わって帰って来たら、また会いに来てあげるよ。だから元気でね。約束だよ」


「約束。破るのは、悪いこと。してはいけないことだから、しない」


「当たり前だよ」


 カズキは手を差し出す。握り合った手は冷たいのに、心はとても温かくなった。ユイトを今すぐに肉親などと思えない。けれど、また会いに来てもいいとは思える。


 今はそれだけでいいのだろう。そう言ったらクラウドが笑ってくれたから。


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