第九二話 味わえない事 ~ メリー編
蓮子と心が入れ替わって一日が経ってしまったわ。
二と八が続く方は必見……なのかしら? キマシタワーはないわよ? 多分……。
今、物理学の講義中なのよ。喋る事はないけど、この後授業があるから、ちょっと自分を見失いそうだわ。
「んん……」
蓮子の考えがすっと入り込んでくる。そうね。それだったら辻褄が合うわね。
そういえば思ったけど、心って魂みたいなものかしらね? だって、魂は肉体を宿としているんでしょ? 今の状態も言えてるんじゃないかしら? 蓮子の体を借りてやってるようなものだし。
講義内容をほいほい頭に詰め込んでいくわ。蓮子って神童かしら? 気持ち悪い。
「うぐぅ……」
あー、流される、流されるわ。どうやら裏を保てていれるのは時間の問題ね。折角蓮子の体で遊んでやろうかと思ったけど、思うようにいかないんだったら意味がないわね。つまらないわ。
私は目線を時計に向けて時間を見たわ。もうすぐ終わるわね。
そう思ったら、いきなりチャイムが鳴り響いたから少し肩が上がったわ。これは絶対私の本能。
次々立ち上がる生徒と一緒に私も混じったわ。
「終わった終わった。さて次は……体育か」
私の苦手な科目……蓮子、借りるわね。って、もう借てたわね。
━━━━
蓮子の体ってこんなに軽いのっ!? 吃驚だわ!
私は寒気で覆われたグラウンドで女子サッカーをしてるわ。今はボールは持ってないけど、いずれか……来たわ。
「蓮子!」
誰がこっちにパスをして、そのパスを相手に取られる前に受けとる。相手ゴールは後五十歩くらいよ。
軽い軽い!
勢いづけて、向かってくる相手選手の間を抜けていくわ。後三十歩。
もう直前よ。興奮して維持がし辛いわ。頑張れ私。後二十歩。
とんとん拍子で進んで、ラインを越して、足を引いて、蹴って……。
「いよっし! やった!」
勿論、入ったわ。なかなか経験しない事だから楽しまなくちゃね。維持しながらね。いつまで保てるかしら?
私はそのまま授業が終わる頃まで走り続けたけど、軽い足取りで調子づいていったわ。
でも、やっていくうちに自分が保てなくなるわけよ、これが。
(……きついわ。どうする?)
蓮子の体と私の心の硬い壁を突き破る事は出来る? 出来ない?
(ええいっ! もう我慢の限界だわっ! 蓮子の意思くらい突き破る事だって……!!)
パスが回って来た途端、何かが起こり、蓮子の意思を突き破ったわ。えっ、嘘。ちょちょちょ!?
今まで蓮子の意思がボールを蹴っていたのが、急に私の意思に変わったわ!おかげで我慢は切り抜けたけど、今の状況を切り抜く事が出来なくなったわ。今、どんな状態かというとね……塞がれたわ。前を三人に立ち塞がれて苦戦なのに。
さっきまでは、意思は蓮子に任せて、疲れをシェアする感じだったの。今? 全部私だわ。人前なのに、何で?
そんな事より、この状況をどうにかしなきゃ話にならないわ。
そうね……周りから味方からの声が聞こえるわ。なるほどね。ならば!
「せいやっ!」
相変わらず声は違うけど、私のちゃんとした意思で言ったわ。
上手くいったわ。これで大丈夫だわ。前に居た人はボールを追いかけていったわ。私も追いかけなきゃ。私、フォワードだし。
ゴールに近い頃。ようやく蓮子の体が疲れ始めたわ。そんな時にまたボールが来たわ。丁度いい感じでスムーズに転がっていくわ。よしっ、取った!
再び相手ゴールとご対面よ。あれ、これ、まずいかもしれないわ。
蓮子の意思が消えたせいで、どうやってゴールを決めるか分からないわ!蓮子っ! 助けてよっ!
何処かに消えた蓮子の意思は無慈悲。仕方がないわ! このまま止まったら大変な事になるわ。
ドリブルはまだしも、シュートは……何とも言えないわね。私、サッカーとかはいつもディフェンダーとかだし、ずっと動かないし……要には、やり方が分からないの。適当に蹴ったら何とかなるかしら?
ゴールまで後、二十五歩くらいだわ。あー、マークされてて、周りは敵で囲まれているのに、私の蝸のような遅いパスが味方に届くわけがないわ。もう蹴るしかないわ。
「うー……! そりゃっ!!」
ボールが上へと跳ねて、そして、私の恥ずかしさが具現化されたかのように、高く跳んだわ。