第九一話 逆転秘封倶楽部
裁判じゃないですよ。
「メリーの口調ってどんな感じだったっけ?」
「忘れたの? 毎日聞いているのに?」
周りにはほぼ誰もいないわ。そこで講義を聞きながら、教材を見ながら、小声で話してたわ。
昔の漫画とかアニメとかって、少し口調が違ってても姿が同じなんだから皆、気のせいだと思うでしょ? でもね、今じゃ人々って敏感だからすぐにばれたりするかもしれないのよね。その敏感性は男性が微妙な色が見分けられるようになったくらい。
「じゃ、メリーは私の口調を覚えてる?」
「勿論よ。でも言うのが恥ずかしいわよ」
「そういうもんだよねぇ……」
口調を変えるといつもと調子が狂って余計気持ち悪くなるわ。それも含めて口調合わせは嫌なのよ。
教授の声はもう耳に入ってこなくなった。
私達は真剣なのよ。いつ捕まるか分からない倶楽部をやっているのに、更に怪しい事してたら、私達おしまいよ。
「取り敢えず、次が終わったらもう終わりだから早く部室に行こう」
「分かったわ」
私達は教授の話についていくのに真剣になったわ。勉強してる時は大丈夫よね? 多分、きっと。
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「あー、見える見える。メリーはいつもこんなの見てたの?」
「ええ。大した境目じゃないからずっと黙ってたわ」
誰も……聞いてないわ。大丈夫。
私達は講義を終わらせて、急いで安置に行こうとしてるわ。そう、私達の部室よ。これから面倒な人に会う事も知らずに速歩き。
「宇佐見さん! ハーンさん!」
(で、出た早苗……)
蓮子はそう思ったでしょうね。私もだわ。
何でも言っちゃう早苗は今の私達にとって最悪よ。どうやって切り抜けようかしら?
「どうしたの?早苗」
あれ……今、私何て……?
私は眉を寄せたけど、早苗はそれを見ていない。
「今日は一緒に講義を受けてたんで怪しいなって思ったんです」
「貴女の方がよっぽど怪しいわよ、早苗」
蓮子が言ったわ。
「そーですかね?それで、何でなんですかっ?」
「私の気分転換だよ! 気にしないで!」
また……どうなってるの?
「そうですか? ……じゃあ、またお会いできたら!」
「じゃーね……」
私はすぐに私の姿と向かい合った。
「ねぇっ! どうなってるの!?」
「やっぱり蓮子も? 何か勝手に口が動いたのよっ!」
分かってても、口封じされてるっていう感じだったわ。しかも、いきなりだったから吃驚よ。
「んー……変わったのは心だけって事かな?」
「どういう事よ」
「だからね? 心は自分でも、口調とか声とか考え方は相手のままなんだよ。多分」
「如何にも、ね。でもそうなった原因が分からないわね」
早苗が来て急になったから大体予想はつくけど、そうとは言い切れないわね。
「取り敢えず部室で考えようか」
「そうね。エニーにも言わなきゃいけないし」
「じゃ、行こう」
私達は周りの目線を感じながらも急いで校舎の右端へと急いだ。一歩踏み出す度に冷や汗が一滴垂れるような気持ちでいっぱいだったわ。
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「はぁ……なるほどですね」
「そうなのよ」
蓮子よ。今、返事をしたのは。間違えないで。
私達は早苗と喋った時みたいな感じでエニーに説明した。すっごく大変だったわ !何せ、『それでね、私が蓮子で、こっちがメリーだよ』なんて言ったのよ。私の事を''蓮子''って言ったのよ? なんという屈辱。
「でも、これで分かった。私達がこうなる時っていうのは、人前で喋る時だよ」
自分で言っておきながら凄く気持ち悪い。裏は溜め息なのに、表は納得した表情だったわ。このまま表の気持ちに流されたら、私達どうなるのかしら?
「うーむ……なかなかややこしいですね」
どっちが私でどっちが蓮子なのか分かり辛く感じたのか、エニーは私達への目線を左右交互に変えながら唸った。
「あ、でもさ。人前じゃ口調とか変わるんだったら、明日からは別々に授業とか受けられるね」
「普通に言う?」
「だって、ずっと一緒に居るわけにはいかないでしょ? ……うぐっ」
あー! 一瞬、表に流されかけたわ! 裏を維持させるのは結構きついわね……。
「ハーンさん、何だかきつそうですね……離れましょうか? 私、そろそろ新聞部の集会もありますし」
「そうしてくれると嬉しいよ……」
「では、失礼しました。ゆっくりしていってください」
エニーは立ち上がって部室を出た。丁寧に扉を閉めてくれたわ。
「はぁ……」
その場の溜め息。辛いわ。
「私もメリーと同じ感じになりかけたよ。何て言うのか、自分が封じ込められるっていうか……」
「そうよね……明日、もう一度鏡を調べましょうか」
「そぅだね」
私は蓮子。蓮子は私。鏡……対称? 私と蓮子は対称的な存在?
あー、これは蓮子の考え方なのかしら? 私よりも賢い気がするわ。だけど、使いづらいわ。
でも……楽しくなりそうだわ。
「あー! 口調とか変わるけど、有り難いかって言われると、ちょっと違うかなぁ?」
明日になったら元に戻ってたみたいな事はちょっと嫌かも。
今は元に戻るよりも、蓮子ってどんな事をするのかに意識が向いていたわ。これも流されてる?
「でも、蓮子?」
「何?」
「楽しくない? 違った事が出来るって」
私は立ち上がって、部室唯一の窓を開けた。蓮子なんだからきっと……。
「六時ジャスト」
やっぱりね。蓮子が境目が見えたなら、私も変わってるかもって思ってたのよ。
「どう? 私の体は? 蓮子」
「メリー、まるで私だね。ちょっと楽しいかもね。相変わらず境目が見えるけど」
そっか。私は今まで沢山境目を見てきたわ。今じゃそれには解放されたけど、その代償に他のものに縛られるのね。
「そういえば、前からずっと境目境目言ってるけど、''境界''に変えない? こっちの方がかっこいいし、私達っぽいでしょ?」
「そうね。じゃあ、今度からそうするわ」
「それで瞳は瞳のままにしよう」
そう、私達が目を瞳って呼ぶのはね、いつの日か、離れ離れになった時でも秘封倶楽部だっていうのを感じさせるためよ。これを決めたのは私が退院して、善光寺に詣った後。蓮子が決めてくれたのよ。流石に離れ離れなんて事はないと思うけど、蓮子は『念のため!』って言って無理矢理。この時の蓮子の気持ち、分かるかしら?蓮子になったからっていっても、記憶までは分からないわね。残念だわ。
「いいわよ」
入れ替わっても秘封倶楽部。
大丈夫よ。今が楽しいなら楽しみながらも、ゆっくり戻る方法を探しましょ?
取り敢えずは鏡よね。
「じゃ、今日の活動はここまで! 解散よ!」
「流されてるわ」
「あ……」
私達は愉快に笑った。
朝はあれだけ疲れた顔だったのに。誰がこうさせたのかしら?




