第八九話 夜の大妖怪さん
次第に小さくなってくる愉快な声は、ついに消えてしまったわ。
「そんな事があったのね。知らなかったわ」
「そりゃそうだよ。言った事ないもん」
蓮子の過去を聞いて少し驚いたわ。てっきり生まれつきばかりだと思ってたわ。
「あぁ、いつの間にか晴れてる。今は……十一時三十七分二十一秒だよ」
「まだ日にち変わってないのね」
長く感じたわ。蓮子の話し方が下手なせい?
「そんなに早く過ぎてほしいの?」
「何となく。日にちが変わったら私達の世界に帰れるかなって思って」
「実際、そうかもね」
空を暗くした雲はもう、所々にあるくらいだったわ。月も出てないから星がよく見えるわ。
「そういえば、エニーはどうなっているかしらね?」
「怒ってるでしょ?」
「分かってて言うのね……怒られる覚悟は?」
「ない」
「余裕ね……」
この自信ありげに言うって難しい事よ。よく言えるわ。
「あら、こちらも楽しそうね」
「誰っ!?」
何処からか声が聞こえてくるわ。私達は後ろを見たり、左右を見たりしたわ。そしたらね、私だけが見えたのよ。蓮子の横に境目があることに! でも、蓮子に見えるかどうかは微妙ね。
「蓮子、あそこ……」
「ん、何処?」
やっぱり見えないわね。開き方が少し悪いわ。
「出て来なさいよ。私にしたらもうばればれよ」
「分かってた? なら仕方ないわね」
境目が大きく開いて、恐らく蓮子にも見える大きさになったわ。
「おおっ! そこにあったの!?」
「貴女は……?」
ほぼ同時に言ったわ。
大きく開いた黒い境目から、人が飛び出てきた。
「私は八雲紫よ。多分霊夢から聞いているかと思うわ」
プライドの高い人だわ。八雲紫ってこんな感じだったのね。凄く上品な人だわ。
あ、でも、人じゃなくて妖怪ね。
「八雲……紫? なんか、結界を操るとか何とかの人?」
「失礼ね。確かに私は結界を操る事が出来るけど、人じゃないわ」
「あ、そっか。大妖怪だったね」
「それしか聞いてないの?」
それを言うって事は他にも何かあるって事ね。じゃなかったら何故言うのかしら?
「まだあるの?」
「あるわよ。幻想郷の創作者だとか、神隠しの原因とか」
まだあるのね……。
「幻想郷を創ったの!?」
「ええ!私がいなきゃ今の幻想郷はないわね。それほどの重要人物よ」
自分で言うのね……正直引くわ。
やった事が凄くても、性格がこれだとマイナスの方が大きくなるわね。
大妖怪と名乗る八雲紫は境目の縁に身を乗り出したわ。
「へー……」
蓮子は八雲紫の性格の悪さには気にせずに興味を引いたわ。不思議なものには目がないんだから。全く……この癖にどれだけ振り回された事か。
「さて、貴女達の話を聞かせて。私、初対面だからまだ貴女達の事知らないのよ」
「分かったわ」
取り敢えず、いい妖怪っぽいから話してあげてもいいかも。
私達は私達の事を出来る限り全部話したわ。エニーの事もルーミアが私達の世界に紛れ込んだ事も。
「そんな事があったのねぇ……大変ね、貴女達も。さて、今何時かしら? 蓮子」
私達の能力は話したからもう知ってるわ。だから聞いたのね。
なんだか少しだけ貴女の事が羨ましく思えたわ。
「今は……十一時五十八分三十五秒だよ」
「ならそろそろ、帰そうかしらね?」
「私達を?」
「主語が抜けてたわね。そう、貴女達を、よ」
やっと帰れるわ。もう疲れたわ。もしかしたら、酔っているせいかもしれないけどね。
「はいはいはい」
「''はい''は一回ね」
「はいはい」
「また久々の説教受けたいぃ? 蓮子ぉ」
何を言ってるのよ、私ったら! 何か人前ですっごく恥ずかしい。
「いやっ! いいですっ!!」
''受けたいですぅっ!''って言う人がいるか。いたらきっとドMね。
「あっそぉ」
「うん、そう」
「さて……いいかしら?」
あら、私達、人を待たせてるわ。いけないわね。
「はい。すいません」
「別にいいわよ。貴女達みたいなやり取りは何回も見た事あるから」
そういえば、ここって酒好きが多いわね。ルーミアだって明らかに未成年なのに呑んじゃっているし。その代わりに、すぐに酔い潰れちゃったけど。
「じゃあ、戻る境界を開くわよ? あ、言い忘れてたわ」
紫が開こうと思っていた境目は中途半端に開いていたわ。私が抉じ開けたいくらい、いらいらする隙間だわ。
「何?」
「貴女達凄く力が強いから、周りに結界を張っといたわ。それだけよ。」
「は、はぁ……」
紫は話を切らしたから、後の言葉に詰まったわ。でも、紫はそのまま続けた。
「お待たせしたわね。じゃあ……」
そう言い残すと目の前の縦長い境目は横に広がったわ。
「また会うときまでね……時間は貴女達がここに潜り込む前に戻しておくから」
「はい。分かりました。お世話になりました!」
蓮子は弾みの良い声で紫にお礼を言ったわ。最後はこうでなくちゃね!
私も紫にお礼を言った後、二人手を繋いだわ。そして顔を見合わせて、振り返らずに真っ直ぐ黒い境目に飛び込んだわ。
でも、何か違和感があった気がしたわ。何かしら?誰かに何かを弄られたっていうか何ていうか……。
━━━━
「本当によかったかしら? 弄っちゃっても」
紫は秘封倶楽部達を見送り、スキマを閉じた。そこに、後ろの人影が話しかけてきた。
「大丈夫大丈夫。後は任せておけばいいから」
「奴に? 大丈夫かしらね?」
「私は嘘はついた事だけはないよ」
「怪しいわねぇ……」
「じゃ、また今度」
「いつになったら見せてくれるのかしら? 貴女の姿」
紫は人影が消える前に聞いた。
「いつになるかなー? また今度、ってだけは言えるかな?」
「あら残念だわ」
人影は返事を返さずに消えてしまった。
静まり返った幻想郷に星を隠すほどの月が優しく照らしていた。
━━━━
「狡いですっ!!二人だけでそんな所へ行くだなんて、酷いですっ!!約束したじゃないですかっ!!」
放課後、勿論エニーは私達に向かって激怒したわ。覚悟はしてたわ。ただ、顔が近い事以外。
「わ、私は何も悪くないわよ?蓮子の好奇心のせいよ」
「私ぃっ!?ちょ、メリー、私を裏切るのっ!?酷いよっ!?」
「別に裏切ってなんかいないわよ?本当の事言っただけじゃない」
言い訳じゃないからね。真実よ。客観的に見てあげたわよ。
「ますます酷いっ!!」
まるで私の思った事が分かったかのように強い口調で言った。でも、怒ってはいない。少し涙目だけどね。流石私の相棒だけあって我慢強い。
「宇佐見さんっ!!」
「はーい……」
〜少女説教されるのを聞き中〜
「さてと!次は何処へいきますか?」
「切り替え……早いなぁ……」
蓮子は項垂れて反省していたわ。反省しないよりまだましよ。よかったわ。
「んー……何処にする?蓮子何かある?」
「んー、鏡とかは?」
「鏡……?」
「ほら、鏡の中を通ったら異世界に来たっていうのあるじゃん」
よく思い付くわねー。変な無駄知識を取り入れすぎよ、蓮子。
「なるほど……!では、早速行きましょうよ!鏡の国へ!」
私はやる気満々なエニーと、ようやく立ち直った蓮子に引っ張られながらも、鏡の国を探すために鏡をまず探したわ。
丁度切り良く終わりましたよっ!
そして、久々の説教ですw