第七話 依頼人は……
「人を呼び出しておきながらおっそいわね」
蓮子の家から一番近いカフェテリアで依頼人と待ち合わせをしていた。依頼人は恐らく蓮子のご近所だろう。暫く寛いで待っていると、カフェテラスの向かい側の路地から依頼人がやって来た。
一時間前━━
「依頼人はこのカフェテリアに来るから先に行ってて。あっ、来たらお茶渡すんだよ」
蓮子が私の前で地図を広げ、待ち合わせ場所に指差す。
一日を跨いだのは久々なのよ。なのに蓮子は朝から元気がいいわ。それに対して私は間の悪い欠伸をしてだらんと体が伸びていた。
「蓮子は? ふぁー……」
「私はちょっと急用があって相談依頼を実行することが出来なくなったんだよ。だからメリー宜しく!」
「全く……」
眠くて怒る気分になれなかった。仕方なく待ち合わせ場所に印の付かれた地図をしぶしぶ見ながら歩いた。
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とまぁ、一時間前の話はこのくらいよ。
私はカフェテリアに着き、テラスで合成珈琲豆で出来たブラック珈琲を飲みながら依頼人を待った。化学の力で出来たブラック珈琲は最高に苦い。お陰で目は覚めたものの……
「人を呼び出しておきながらおっそいわね」
流石に十五分も待たされると困るわ。こっちだっていろいろしなきゃいけないのに……
ぶつぶつと文句を言っていると走っている蓮子がこっちへやって来た。
「あれっ? 蓮子、急用じゃなかったの?」
「うん、これが急用だよ」
「えっ? ちょっと待って」
どう言うこと? 一度頭を整理しようか。えっと、今日は七月〇日の夏休み初日の日曜日。午前九時十七分。蓮子が急用のため依頼を実行出来なくなったから私に任せた。ん? ちょっと待って。『依頼を実行出来なくなった』、『急用がある』って……
「蓮子。依頼人は貴女ね」
「ご名答! よく分かったね」
まんまとはめられたわ。じゃあ私一人で依頼解決をしないといけないの? 冗談じゃないわ。
「メリー。忘れていないよね?」
「うっ……」
しかも蓮子は賢かった。お陰で私に珈琲一杯分の料金の負担がかかった。
「で、何の依頼よ」
「それが人に聞く態度なの?」
「ええ、そうよ」
取り合えず適当に答えておく。相手が蓮子だから話し易い。
「はぁ……実は私が育てていた夏野菜が急に枯れたんだ」
「野菜? そんなの育ててたの?」
依頼にしても、蓮子のプライベートにしても意外性があったのでこれしか言えなかった。
「そんなに意外?」
「うん。蓮子、物理学に熱心だから野菜になんて興味無いかと思ってた」
「物理学者だって生き物くらいは育てるよ」
「で、枯れるって……まさか天然?」
「そんなわけ無いでしょ。合成だよ」
植物も合成化になって植物が枯れなくなってしまったのはそう最近ではないわ。そしていよいよ一週間前には天然植物は絶滅したという話よ。化学って怖いわね。生き物まで合成化にさせるなんて。今はマウスの合成を作成中だとか。
「合成なのに枯れる?」
「うん。きっと企業に不正があったんだね」
「まぁそうでしょうね。それで?依頼の内容は?」
「あぁ、言っていなかったね。それで一緒に稲荷大社に行きたいんだけど」
「稲荷大社? あぁ、伏見のね。でも何で神頼みなのよ。枯れたにしても対処法はいくらでもあると思うんだけど
「稲荷大社に行くのはまだ理由があるからだよ。稲荷大社は稲荷駅に凄い近いから電車ですぐ行けるね。さぁ、行こう!」
私は珈琲代を払い、蓮子に引っ張られるがままに電車で稲荷大社がある伏見へと行く。
稲荷神が穀物の神ということは言わないことにした。
まさかの蓮子が依頼人。どんな依頼なのでしょうかね?