第七三話 博麗の巫女さん
「失礼するわよ」
遅い来客はそう言って、振り向いていた先客を見て立ち止まった。
「あ、霊夢、丁度いい時に来た!」
近夏は椅子から立ち上がって彼女の元へと向かった。
遅い来客の名前は''霊夢''っていうらしいね。
一瞬、霊夢の目線と合った。私は深緋の瞳で彼女を一瞬見つめる。
だけど言葉の通り、見つめていたのはほんの一瞬。霊夢はすぐに目線を近夏に変えた。
「は? 私、ただ散歩しに来ただけなんだけど」
「だったらここに立ち寄る事なんてするわけがないよっ。ほら、座った座った!」
近夏は遅い来客である霊夢の背中を押して、近夏の座っていた椅子の隣に座った。
「な、何よ。っていうか、何で''丁度いい時''なのよ」
「それはこちらの人達が霊夢に会いたいって言ってたから━━」
「誰よ。貴女達」
「ぅえーと……」
霊夢が興味なさそうにこっちを見てきてちょっと怯む。
こういう、コミュニケーションの取り辛い人って苦手なんだよね。何処から話せばいいかよく分かんないし、友達にもなりにくいよ。
「わ、私は宇佐見蓮子。こっちはマエリベリー・ハーン」
難しい。この人相手だと本当に難しい。
例えるなら、前にいる霊夢が真面目警察官。その隣に監視官の近夏。私達は容疑者、って感じ。
「ふーん。で? 用件は? 私に用があるんでしょ?」
真面目警察官が単刀直入で私達に事情調査を開始する。だけど、質問の意味が分からない私達は戸惑ってしまう。
「えっ? ちょ?」
私は監視官である近夏にアイコンタクトを送った。監視官は素早い対応をしてくれた。
「あ、ごめん。えっと、こちらは貴女達が用件を伝えたいって言っていた博麗の巫女、博麗霊夢です」
「そ、そうなの?」
そういえば、服装が白と赤を強調としている巫女服に似ている。でも微妙に違うような……。
「そうだけど。で?」
真面目なんだけど無愛想だなー。嫌いになってきそう。
っていうか、もう刑事ごっこはおしまい!
「実は! 何だかここの時空が歪んでいるらしくて……それを未来の人が博麗の巫女に伝えろって言ったので……」
「それだけ?」
「え、まぁ……はい」
霊夢の質問で嫌な予感がした。
「なら帰るわ」
その嫌な予感は的中してしまった。してほしくなかった。
「ちょちょちょっと? 霊夢?」
霊夢が椅子から立ち上がろうとしたのを近夏が引き止める。呼び捨てとかしてながも気遣いはしてくれるんだね。よかった。ため口ばっかり言ってたからどうかなって思っていたけど。え? 私も同じ? 気のせいじゃない?
「何よ。別にそれだけなんでしょ? なら尚更よ」
「ちょっと待ってよっ! この人達はわざわざ霊夢にそれを伝えるために外の世界から来たんだよ?」
「なら伝えてくれてありがと。さ、貴女達を返さなきゃね」
「ちょっと霊夢っ!」
何だか言い争いを始めちゃった。別に伝えたんだから帰ってもいいんだけど、やっぱり気になる。時空の住民に会ってみたい!
「本当に失礼だって! 霊夢!」
「あの!!」
言い争いに必死だった二人は私の声で背筋が立った。そしてきょとんとした。それはメリーもだったよ。
「私達、暫くここにいてもいいですか?」
「蓮子、何を言って━━」
「時空の住民に会ってみたいの。この目でね」
メリーは何度も聞いた溜め息をここでもした。どうせ、''またやっちゃったわね……''みたいな事考えているんでしょ。
「……あー! 仕方ないわね。いいわよ。その異変、解決するわよっ!」
「やっと踏ん切りがついたみたいだね。よかったよかった」
幻想郷では事件の事を異変って言うみたいだね。私達の世界ではあまり言わないもんね。
「勘違いしないで。踏ん切りをつけたんじゃないわ。気を変えたのよ」
「どっちも同じだよー。さてどうする?何から探しますの?霊夢」
どんどん話が進んでいく。追い付くまでが精一杯だよ。もうちょっとゆっくり話してほしいな。
「んー……時空っていうから、取り敢えずは寺子屋ね」
「寺子屋があるんですか?」
寺子屋っていつの年代? 凄く古くない?
「そっちにはないの?」
「普通にないよ」
「ふーん。ま、そうよね。ついてく?」
霊夢が返事をしながら、椅子から立ち上がりこっちを見た。近夏も止めようとはしなかった。
「はい! 勿論! ね、メリー」
「え、ええ」
「そう。なら……あ」
私達も立ち上がり、霊夢が出口の扉の方を向いたけど、振り向いてまたこっちを見た。
「な、何ですか?」
「貴女達、どうやって来たの?」
今までそこに気付かなかった事に驚いた。いや、言うタイミングが難しかっただけかもしれないね。
相変わらず無愛想に尋ねてくるけど、あまり気にならなかった。
「んー……何て言うんだろうか……?」
「難しいなら行く途中にでも聞かせて」
「は、はい。あ、ちょっといいですか?」
メリーが扉に背を向けて、近夏の方に向いた。何を言うのかな?
「近夏さんは何故私達の世界の事を知っているんですか?」
近夏はメリーのいきなりの質問に戸惑った様子を見せたけど、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。
「あたしは元はといえば、外の世界のただの野生の白テンだったからね。妖怪化後、色々あって、ある方達から神様代理としてやるように言われて来たんで、外の世界の事は知ってるよ」
「そうなんですか」
「用が済んだなら、さっさと行くわよ」
「はい」
扉の近くで待っていた私と霊夢はメリーが追い付く前に扉を開いた。
ぎー、とレトロな音を響かせた。




