第六四話 風の噂
私達は中庭の真ん中。隅の方には少し人が居る程度。ここで何言ったって大丈夫ね。
「ねぇ、エニーって呼んでもいい?」
また蓮子が失礼な事を! 全く、本当に自由人なのね。
「別にいいですよ。そういえばお二人の名前を聞いてませんでした」
名前、いいんだ……私の時は嫌だったけど。
そっか、私達の事何にも知らないんだったわね。
「あーそうだったね。私は宇佐見蓮子。物理学専攻。『月を見て今いる場所が分かり、星の光を見て今の時間が分かる瞳』を持っているんだ!」
「星の光で時間、月で位置……ですか。そちらは?」
エニーは蓮子を見ていたけど、私の方に体を向かせた。
「私はマエリベリー・ハーンよ。蓮子にはメリーって呼ばれてるわ。専攻は相対性精神学。因みに蓮子と同じような瞳を持っているのよ」
「どんな目ですか?」
また字が違うぅ……。目は''目''じゃなくて''瞳''だって。
ちょっといらっとくるわね。何故かしら? 顔が近いからかしらね。
「けっ『結界の境目を見る瞳』よ」
「結界の……境目!? 一番見てはいけないものじゃないですか!?」
「近い近い近い。一回離そうね」
「あっ、また私ったら。同じ過ちを……」
近かった顔が離れると太陽の光が私を照らす。
蓮子の方をちらっと見ると、空をじっと見ている。今何時かしら?
「すぅ、はぁ……さて。何故二人共そんな目を持っているのですか?」
だから……やっぱりいいわ。いちいち言ってるときりがないわ。後できっちり言っとかなくちゃ!
「生まれつき……? ね、蓮子」
「え、あっ、えっ? な、何?」
集中してるとすぐ驚くんだから。前にも何回もあったわね。
吃驚している蓮子は少し慌てる。一人、道に躓いている蓮子を想像してると少し苦笑いした。でも、私はそんな蓮子を笑いながらも助けるわ。
「もう……蓮子のその瞳はいつからのかって」
「あー、んー……いつだっけね? 分からないから生まれつきなのかな?」
「随分と曖昧ね。何か隠してるの?」
「別に……そんな事ないけど?」
「そう」
意外に隠してたりしてね。私に黙って……狡いわね。
考えても分からない蓮子の秘封は、いつまで経っても分からないまんまだったわ。
「それで……エニー、本題本題」
「あー! すいません。つい訊ねるのが私の癖でしてね」
新聞部だものね。そういうのも分かる気がするわ。
そういえば相棒、蓮子はどうやって情報を仕入れるのかしら? また蓮子の秘封を見つけたわ。また考えなきゃ。
「丁度いい頃ですね……風が言ってる……」
エニーは心地よさそうに目を瞑り、耳を澄ました。私も同じ事をやってみるけど、風が体を通り抜ける音しか聞こえないわ。
目を開いて蓮子を見ると、蓮子も同じ事をしていた。目が開いた時に透かさずアイコンタクトをするけど、蓮子は首を横に振った。
一体エニーには何が聞こえるのかしら?風が人のように話すのかしら?
「んー……校内のカフェで抜き打ちサービスを明日にて行うそうですよ?」
目を開けてこっちを見たエニーは、至って普通の顔で言った。エニーは大学二年生って言ってたわね。二年もやっているから普通になってくるか。
「そ、そうなの!? い、いつ? 何のサービス?」
あそこのパフェが大好きな蓮子。透かさず訊ねるわ。
「え、えっと……時間はお昼辺り。サービスは……一割引ですね」
「ほ、本当? 本当だよね?」
大好きだからって言って追い詰めるのは駄目よ、蓮子。って言っても駄目か。
「ええ……まぁ、はい」
「本当? ありがとう!! やった!!」
流石のエニーも蓮子の追い詰めには敵わないわね。ちょっと後退してたものね。
「メリー! エニーの能力凄いと思わない? 思わない?」
うわっ、私まで絡まないでよ。苦手なのよ、ハイテンション蓮子は。
「え、ええ。そうね」
「よしっ! 気に入ったよ、エニー! 貴女は次から秘封倶楽部所属を許可する!この私がね」
「えっ、教授に所属願は━━」
「大丈夫!私達は非公式だから!」
いや、そういう問題じゃないから。
全部言い終わるまで聞いていたエニーの言葉も、ついに口が鋏まれた。蓮子のせいでね。
取り合えずなんやかんやあったけど、エニーは秘封倶楽部に所属する事になったわ。勿論、所属願はちゃんと出したわよ。