第四話 細手長手のお誘い
近づいてくる''何か''。
暗くてよく見え辛いけど、それは腕のようだった。それも不気味なほど真っ紅。
「ぃゃ……ぃゃ」
叫びたいけど何故か喉が潰れて声が出なかった。それでも近づいてくる腕。私は怖さのあまり、布団に潜り込み、必死になって隠れた。怖さのせいか、凄く震える。
暫くして、ガサッと鳴ったと思ったら、急に布団が捲れられた。
「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁっ!! 来ないでぇぇぇぇ!!」
私は力を振り絞って滅茶苦茶に叫んだ。今までにこんなに叫んだのは超特大のクラッカーが鳴ったくらい。正直言って死にそうだ。それでも叫び続けた。
暫く叫んで、体と喉の力が尽きてふと前を見ると腕は彫刻のように硬直していた。
「……キミワ ワタシヲ オドロイテ クレタ」
「えっ?」
片言で一文節ずつ区切っていたとよりも喋ったことの方が驚いた。それはそうだ。その腕には口なんて一つもないからだ。腕は驚いている私を無視して続ける。
「ワタシワ オマエニ アウマデ ダレニモ シンジテ モラエナカッタ ホソデナガテト イウ ザシキワラシダ」
「は、はい」
もう何もされないと思った私は冷静になって、細手長手の話しを聞く。
「イワテノ アル フルオオヤシキニ ヒソンデイタ ワタシワ ニンゲンニ シンジテ モラエズニ クルシンダ」
「なんで苦しんだのですか?」
細手長手が次の言葉を言う前に率直で質問した。
「ソレハ ニンゲンニ シンジテ モラエナカッタリ オドロイテ クレナカッタリ スルト ワタシワ キエテ シマウカラダ」
「なるほど……」
細手長手はそのまま続けた。しかもさっきよりゆっくりな口調で。
「ナァ オマエ」
「……は、はい!」
少しぼーっとしていたのでいきなり呼ばれて吃驚した。
「オマエ……シニソウダナ」
「えっ?」
確かにさっきから息切れが止まらない。何もしていないのに体力が砂の山のように削れていく。
「ワタシニ イイテイアンガ アル」
何だろう。頭にハテナマークを浮かべながら細手長手の話しを聞く。
「ワタシヲ トリコメ。ソシタラ オマエワ モウ ナニモ トラワレナクテ スム」
「本当!? 自由になれるの?」
「アア ヤマイモ スベテ ナオル。ダガ ソノカワリニ オマエノ イチブブンヲ イタダクガナ」
なんと都合のいい話なんだろう。約八年間苦しかったことも、全てなくなるのだ。断る理由が一つも見当たらない。
「ドウダ?」
「勿論ですっ! でも一部分ってどこを?」
それが一番気になったところ。大切なものを取られると困るからね。
「ソレハ オマエガ キメテモ イイ。タダ ケイヤクヲ ムスブ タメニ ヒツヨウナ ダケダ」
「そうなの……はぁはぁ」
そろそろ体の限界が近い。体は重く、息切れが酷くなる。
「ドコナラ イイノカ?」
「うーん……ふぅ……」
息切れを続けながら深く考える。無くなってもいいもの……
暫く体を耐えながら考えていると、ハッと思いつく。あそこなら……。
私はそれを細手長手に伝える。
「ウム ホントウニ イイノダナ?コウカイ シナイナ?」
はい……は、早く、お願いします……」
「……ヨシ イクゾ」
━━━━
「へ、へぇ……」
蓮子が少し戸惑いながら言う。あれほど質問攻めだったけど、今は大人しいからいいわ。ずっとこのまま静かだといいんだけど━━
「その細手長手の進行経路を教えてくれる?」
また質問……。
目を伏せて嫌な顔をしていたら、
「やっぱりいいよ」
私を見た蓮子が質問を止めた。また説教をされるのが嫌なのかも。
「まだ続き、あるわよね?」
「はい。続き、いきますよ」
病院に入ってから二時間は経っているけど、私達はこうの話を聞き続けた。