第二話 捨てられた古の病院の怪
初夏の土曜日の夜━━
百年以上前から地球温暖化影響も無くなっているから、私達の言う初夏は七月の上旬よ。
あの時、急に私があんなこと言ったから、蓮子がその病院で妖怪を探そう探そうって五月蝿かったわ。まるでつい最近絶滅した蝉みたい。まぁ、私が原因だから何も言えないわ。
真夜中に待ち合わせ場所の、天然植物が一つもない都会に囲まれた、例の夢で妖怪が出てきた捨てられた病院に来たんだけど……。
「十二分五十六秒遅刻!」
相変わらずの遅刻。しかも待ち合わせをするにつれどんどん更新していく。
「おっ? 今日も記録更新かー。私も成長したのかな?」
「全っ然成長してない! 全く……何時になったら学習するのかしら」
「いや、星を見て歩いてたらついうっかり。アハハハ……」
ちょっとムカッとくるけどここは受け流すわ。何といっても今は真夜中。大騒ぎになったら私達の夢での妖怪探索が台無しだからね。
「もうっ……というか、何でこんなに真夜中に行くのよ」
「真夜中の方が妖怪の怖さが引き出し易いでしょ?それに肝試し気分で行けれるからね」
蓮子の口から出たのは凄く呆れる答えだった。
「それだけでこんな真夜中に行くの?」
「面白いから良いじゃん。じゃあ……行く?」
「何よそれ、ちょっと待ってて……ええ。良いわよ」
蓮子が私の目に触れる。
━━━━
病院の周りは少しだけ天然植物があったわ。そんなことどうやって分かるかって? なんとなくよ。
「おー……今度は時空を飛び越えたのか。メリーもだんだん怖くなってきたね」
「しょうがないでしょ。勝手になるんだから」
「まっ、それは置いといてね。じゃあ、行きますか! 失礼しまーす」
「あっ、ちょっと待ってよ」
過去に跳んでもやっていないほどの古い病院。
蓮子が中に入って行くから私も恐る恐る入る。後ろを振り返っても何も起こらない。私はどんどん進んで行く蓮子について行く。
暗い病院の廊下を暫く歩いているとロビーらしき所に出たわ。何か嫌な気配がする。これは━━
私が急に立ち止まったから、一緒に手を繋いでいた蓮子が転けそうなった。だけど何とか保った。
「おっと? メリー、どうしたの? 急に━━」
「シッ! 蓮子、あそこ見て」
私は声を潜めてそう言ってロビーの先の方に人差し指を指した。私が指した方向を蓮子が見るとそこには人陰が見えた。
「あれって……まさか?」
「きっとそのまさかよ。あれこそきっと━━」
━━私が見た妖怪よ
その妖怪というのは腰と思える辺りから何かが二本出ている。あとの特徴は暗くてよく分からないけど、確かにあれだわ。
前見た時もそうだったけど、妖怪は少し震えている。確かにあの二本を見れば誰だって妖怪って思うけど、でも本当に妖怪であるのだったら、何故震えるのかしら? それが疑問よ。
私達は暫く固まりながらじっと陰に隠れた妖怪を見ていると、その妖怪は震えを止め叫んだ。
「わ、私を襲いに来たのなら……こっちだって襲ってやるっ!」
夢ではこれと同じような台詞を聞いて夢から覚めたわ。
でも良かったわ。だってあの襲われた時みたいにならなくてすむわ。
取り合えず今は蓮子がいる。きっと大丈夫。
私が安心している間、蓮子は焦っていた。
「いやっ! 別に貴女を襲いに来たワケじゃなくて━━」
「問答無用っ!」
妖怪は私達に向かって走って来た。私達の走る速度よりも速いわ。流石妖怪ね。
「ひぃっ!? メリー、左!」
「えっ?」
自分のことしか考えていなかったから、蓮子の声が聞こえなかった。勿論、このままだと妖怪の攻撃を受けて怪我をするわ。蓮子にとって、ここは夢かもしれないけど、私とってはもう現実と一緒よ。ここで怪我したら夢から覚めたときでも傷を引き継いじゃうわ。
「メリー!」
「!!」
蓮子は咄嗟に私の手を掴んでに左に避けたわ。すると、さっきまで私達がいた所からガンッと鉄の棒をぶつけたような音がした。蓮子、何か全体の行動が速いわね。じゃなきゃ、あんな速度で襲ってくる妖怪を避けられないわ。ここは夢だから?
私達に避けられた妖怪はまた叫んだ。
「何で避けるのよ!」
「いやいや! 急に襲ってきたら普通に避けるから! あと本当に襲う気ないから!」
妖怪は次の攻撃を仕掛けようとしていたが、蓮子の言葉を聞いてピタリと止まった。
「その言葉……信じていい?」
陰の妖怪は急に声のトーンを下げて、半信半疑で言ってきた。私もずっと考え事をしないであの妖怪になんとか襲わないように言わなきゃ、蓮子に悪いわ。
「勿論よ。そもそも私達ただの人間だから何もできないわ」
能力に関して言えば''ただの人間''じゃないけど襲わないと伝えるにはそう言うしかなかったわ。というか、それしか思いつかなかったわ。
私の話を聞いた妖怪は安心したのか、陰から姿を現した。
「そ、そうですか……きゅ、急に襲ってきちゃってごめんなさい!」
人の姿を持つ妖怪のような彼女はお辞儀をして謝った。彼女の綺麗な白く長い横髪がお辞儀と遅れて靡く。長い横髪は片方しかないけど。
「分かってくれたらいいんだよ。さぁ、自己紹介しないとね! 顔、上げて」
彼女はゆっくり顔を上げた。
彼女は病院の患者と思わせる薄緑の病衣を着ていて、それと同じデサインのスリッパを履いていた。中の服の色は白い。その服は恐らくワンピースであろう。手には点滴に使うための棒を持っていて、薬を体に入れるために必要なチューブは右腕へと繋がっている。
さっきお辞儀をしていたときは白く綺麗な髪の毛が邪魔をしていて姿がよく分からなかったけど、顔を上げてくれたお陰でよく姿が分かったわ。
「じゃあまず私達からね。私は宇佐見蓮子。こっちはマエ、茉、痲、蟇……イタッ!」
蓮子の言葉の結界が異常に歪んでいたからひとまず叩いた。
「何するのよっ」
「言いづらいのは分かるけど漢字に変換しないで!」
「あれ? わかった? 全部''マ''なんだけど」
「言葉の結界が歪んでいるわ」
「えっ? 言葉の結界!? 何かメリー、想像以上に電波だね……そーっと」
「何か言っt……って、ちょっと蓮子! 待ちなさいっ!」
〜少女説教中〜
私は蓮子が本気で反省するまで説教を続けた。そうしないと、また同じことを繰り返すからよ。
「メリーぃぃ。いくらなんでもやり過ぎだよぉ……私の心がトラウマになりそう……」
「少しは反省しなさいよね。えっと?自己紹介していなかったわね。私はマエリベリー・ハーンよ」
私は完全に伸びきった蓮子を気にせずに自己紹介をした。
「えーっと……」
彼女は伸びた蓮子を見て躊躇った。
「ああ。蓮子のことは大丈夫よ。あの人はああ見えても、結構丈夫だから」
「酷いよーメリーぃ」
「気にしなくてもいいわ。さあ」
「は、はい……私は童こうと言います……えぇーっと、うむぅぅ」
彼女は私の目線に気づいたのか、言葉に詰まらせ、目を逸らした。
私の目線はさっき彼女が人陰だったときに見えていた、腰辺りから生えているあの気味悪い''二本 ''だった。その''二本''はムラのない赤色の腕のようだった。
「えっと……気づいているかもしれませんが、私は細手長手って言う座敷童子の一種を取り込んでいます……」
「細手長手、ね、っと」
今まで伸びていた急に起き上がった。やっぱり蓮子は丈夫だわ。やっぱり夢の中だから?
「へー、これが妖怪かー。ちょっと期待外れー」
蓮子は割と普通な表現でまじまじと見つめる。
「細手長手については少し聞いたことがあるね。確か細手長手を見たものは幸不幸をもたらすだとか、特に悪さはしない座敷童子だとか何とか」
「そんな古い無駄知識は何処で拾ってくるのよ……」
蓮子に聞かれないように小さな声で言う。所謂独り言ね。
「でも、妖怪とかって基本的に岩手県辺りに居なかったけ?」
それについては私も知っていた。確か妖怪は凄く昔に柳田國男が書いた『遠野物語』など、岩手県遠野市を舞台にした物語に出てくるものだったかしら。もしそうなら何で今時の京都にいるの?
「あっ、それにはいろいろ理由がありまして……長くなりますけど、聞きますか?」
「聞かせて! どうして細手長手が赤いのかも」
「聞くところそっちなの!? 確かに気になるだろうけど……」
「えっとぉ……じゃあ立って話すのもアレなのでこっちで話しましょう」
話しに区切りをつけて、私達はロビーにある長椅子に座って過去の世界を見ながらこうの話を聞くことにした。