第一八話 儚くなる日、芽生える日
あれから長年の年月が経った気がする。その勘は当たっており、年は明応三年。
━━私は何をしていたのだろうか……。
あの時にまとわり付いていた茨はもうなくなっていた。となるともうあの暴走は止まったのだろう。それにあれから長年経っているから、その間に剥がれ落ちたのだろう。
「古屋ー! 古屋ぁぁー!」
……遠くから声が聞こえる。懐かしい声だ。私はあの声の持ち主を知っている。そう、この声は……
━━季節……竺紗だ。
声は再び聞こえてくる。
「古屋ぁぁぁぁぁぁぁ! 久し振りぃぃぃぃっ!!」
声の持ち主である竺紗は私の方へ走ってくる。そして私にくっついてきた。
━━ぐぐぅっ! 止めろ! 苦しい!
「あぁ、ごめんごめん」
取り合えず元気でなによりだ。
しかし、暴走神を止めたのは一体誰だろうか。こころが止めたのか? 分からんが。
抱きつくのを止めた竺紗を見ると涙目になっていた。会える事がなかったから悲しかったのか。
━━大丈夫か?
「だ、大丈夫……じゃない。会いたくても会えなくて……寂しかった。だから会えて嬉しいよ。古屋ぁぁ……古屋ぁぁぁ……」
竺紗はまた抱きついてきた。だが、その抱きつき方はさっきとは違い、優しく、大切なものを守るかのような、甘えた抱きつきだった。
━━……。
「……」
何も話すことがなかった。ただ静かな風を聞いているだけだった。
しかしその静けさはすぐに撃ち破られた。
「そうだ! 古屋!」
さっきの涙がなかったかのように竺紗が笑顔で私を呼んだ。もう寂しさなどどうでもいいようだ。
━━なんだ?
「私、古屋が気を失った後、どうなったか知ってる?」
━━知るわけがないだろう。気を失ってたのだからな。
「そうだった」
ケラケラと笑う竺紗。可愛い。
━━それで? あの後、どうなったのだ?
「それがねー私が暴れてる事を知った出雲の神がね、私を消したんだ! 酷い話でしょ?」
━━消すって……どうやって……というか、覚えているのか? その時の状況とか。
「あぁ。あの時はね、凶暴な力に操られてたから私、閉じ込められたんだ」
━━閉じ込められる? 何処に。
「んー何って言うのかな? 例えるならば凶暴な力の牢獄って感じかな?」
━━その牢獄の中でも外が見えるのか?
見えなきゃ今までの内容を言えるわけがないが、一応聞いてみる。
「いや、見えなかった。だけど音は聞こえた。勿論、声も」
━━そうなのか。
だから、状況が分かるのか。だが、気になる事が一つ。
━━どうして私が気を失った事が分かったのか?
「だから言ったでしょ? 声は聞こえてたって。古屋の声が急に途絶えたから、そう判断したんだ」
━━そうか。
「うん。必死に出ようと頑張ってみたけど……無理だったよ……ごめんね」
竺紗はしゅんとした。また再び涙目になりそうだ。
━━泣くな。神が泣いてどうする。
「うん……」
泣きじゃくるほどではないが、竺紗の目からは涙が流れ、私の剥き出した根へと落ちていく。
再び沈黙が訪れるが、私は竺紗に尋ねた。
━━なぁ、竺紗。
「……何?」
詰まった声で返事をした。
━━さっき出雲の神に消されたと言っただろう?なら、誰がお前を復活させたのか?
竺紗が下へと落としていた顔を上げ、きょとんと見つめた。その顔には涙の跡が残っている。
「誰がって……まさか分からない?」
━━うむ?
竺紗はまたきょとんと見つめ、瞬きを二、三回した。そして口を開いた。
「信者だよ! 稲荷神の信者だよ! 信者が私を求めたから復活する事が出来たんだよ!!」
━━な、なるほどな……
すっかり忘れていた。神は信仰で成り立つことを。
竺紗はそんな事を忘れていた私にきついお仕置きをした。
「なんで忘れているんだよ! これ結構重要な事だよ! 古屋、神木として失格っ!!」
━━わ、忘れるくらいで失格とはないだろう!?
「忘れてはいけない事なんだよ!覚えないと、いざという時に大変なことになるよ!」
確かにそうであった。あっさり認める私が格好悪い。
━━も、申し訳ないっ!!
「『も、申し訳ないっ!!』で済まされるかーーっ!! 神として、そしてお前としての誇りが汚されるわーーー!!」
竺紗は怒って見えるが、私に気を配っているのだと思う。やっぱり優しい奴だな。
そして約二時間の説教が私を襲うが、襲えば襲うほどに安心感は増していった。
━━季節竺紗は帰って来た。とな。
竺紗ちゃん復活!良かったー!
でも、喜ぶのは早いです。
まだまだ続きます。




