第一六話 稲荷神の怒り
竺紗は力を極限まで取り入れていた。その表情は見えないが、震えている事から苦しんでいる事が分かる。だが止めようとしない。竺紗は我を忘れているのだ。しかし、手も足もない私は取り抑える事が出来なかったのでただ見ているだけが大いに悔しかった。
「もっと……もっと!!」
ぴしっ
何かに皹が入る音がした。それと同時に震えが止まった竺紗がこっちに振り向いて歩いて来る。
━━な、何を……
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄叫びと一緒に竺紗が走って来る。こうなってしまった以上、私は彼女に何もしてあげる事が出来ない。私と竺紗は共に''無''になるしかなかった。それまでの道のりは長いが。
もうここまでかと、その時を待っていたが━━
カン
さっきの音とは別物が私を守っていた。
「くうっ……」
━━そ、其方は……
音がしたところにいたのはあの無表情能面、秦こころだった。こころは薙刀を使い竺紗の強烈な拳を防いだ。だが、今来たばかりのこころの体力はほぼ限界に近かった。
━━こころ……一体何処から来たのか?
「近いところ……くっ……」
━━いや! その疲れから見て近くではないだろう!
「そんなこと考えている場合なのか! 今はこの子の処理が大切」
こころは般若の面を被って力強く怒鳴った。勿論、無表情でだ。
まぁ確かにそうだ。場所など関係ない。今はこの暴走神をどうにかすることだ。
竺紗が生やした蔓は暴走神と繋がっているかのように暴れていた。その蔓が暴れる度に悲鳴が聞こえた。
「どうしたらこの子の暴走が治まるか?」
━━恐らく彼女は力を取り込み過ぎている。だからその取り込み過ぎた力を全て出せればもとに戻るだろう。
「なるほど。了解した! でもどうやって……うっ!」
今こころは暴走神の攻撃を止めたままだ。これからどう動くかで次の攻撃が決まる大事なところだ。一歩踏み外せば一溜まりもないだろう。
━━うむ……どうすれば良いのか……
もうこころの限界の底もあともう少しで見えそうだ。その前になんとか次の行動を思いつかないと話にならない。
しかし私は戦いなどあまり見たことがない。なのでこういう時にどう対処すればいいが分からないのだ。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
暴走神がごり押しでこころを━━いや、私を殺しに来ている。何故かは知る由もない。取り合えず殺しに来ているのだから今すぐどうにかせねばならない。
そうか、竺紗は無理矢理押し倒そうしている。ならば体重は殆どこころの方にかけているはずだ。その支えがなくなれば……。
━━こころよ。
「な、何……!」
━━いい瞬間で身を横にに引け。
「横……分かった!」
こころは私の言う意味が分かったのか、暴走神の力加減を見極始めた。そして一番力がかかったところですり抜けるように右に避けた。
案の定、暴走神は重心が崩れ、私の方へと転けた。ひとまず、ごり押しからなんとか逃れた。これ以上受け止め続ければ、私もこころも殺られていただろう。
暴走神はすぐに立ち上がり、こころの方を向いた。標的をこころに変えたようだ。しかし急に暴走神が細かく震え始めた。私は不思議に思ったがすぐに理由が分かった。
━━こころよ……大丈夫なのか?
そう。こころの力である『感情を操る』で竺紗の感情を''怒り''の感情から''恐怖''の感情へと変えたのだ。しかし力には必ずしも体力がないと出来ない。こころの限界が近いというのに何故無理をする。このままではこころが倒れてしまう。
「これで止められるならば何でもしてやる」
私のお気遣いの気持ちに反して、こころは暴走神を止め、竺紗に戻す道を選んだ。
━━そうか……ならば私は動けない分、全力でお前に尽くす。だから、必ずに。
「分かってるって」
暴走神はまだ震え続けている。それと同じく、遠くの蔓も枯れてきている。
暴走神がこころのつくり出す恐怖に負けるか、こころの体力が尽き負けるかなど分からない。だが何かを犠牲にしても絶対に戻したいものが目の前にいる。私の記憶、季節竺紗を━━
さて、大変。
竺紗ちゃんが大暴れです。こころと古屋はどうやって止めるのやら。




