第一五話 応仁の破壊
「おーい! 古屋ー!」
またざっと時を流し文明九年。宇迦之御魂大神は私の下へと走ってきた。
━━なんだよ、竺紗。いきなり。
私が''古屋''と呼ばれるようになったのはつい最近だ。また私が''竺紗''と呼ぶようになったのも最近だ。
私が竺紗と呼ぶようになった理由は去年の神議の事。その時に出雲の神が呼びにくいということで、''季節竺紗''と名付けたからである。正直、私も言い難かったから嬉しい。
竺紗が私を''古屋''と呼ぶようになった理由は竺紗と何と呼ぶかという話をしていたら、竺紗が''適当に付けよう''ということでこうなった。
全くだな。もっとましな名付け方はないのか……。
「いやいやいや! そんな呑気に返事してる場合じゃないって!」
その言い方だとどうやら緊急事態が起きたようだ。竺紗が焦る時というのはいつも走って伝えてくる。
しかし、この平和な時に何が起こったと言うのだ。
━━まず、落ち着け。何が起こったのだ?
「伏見が、伏見が……また戦を興してる……」
このときから応仁・文明の乱が始まった。
その前には内野合戦があったが被害はなかった。なので今回の戦も大丈夫だろうと思っていたが、竺紗の次の言葉で私も漸く焦った。
「こ、こっちにも向かって来てるっ!」
━━な、なんだと……!!
軍が来ればここは忽ち矢の野になってしまう。そして最悪の場合、ここの主祭神━━隣にいる竺紗が消えてしまう……。
私も力を失い、何もかも''無''になってしまう。
「わ、私何とか制御してみるっ!」
━━私も力を貸そう。
「ありがとう!」
竺紗は力を集めた。彼女の周りには強力な力が纏わり付いている。ここまで力が付くのは信仰がないと出来ない事だろう。
「皆よ。我に力を分け与え、ここ、伊奈利を護れ……ふんっ!」
大量の力が私の周りを彷徨いている。彼女の溜め込める力以上の力が集まっている証拠だ。
ここまでやると力が暴走して彼女がどうなるのか分からないのに、彼女は集めるのを止めなかった。
━━おい、限界以上に集めて……危ないぞ!
「喩えそれが戦の時でも、我を忘れずに頭を使わなきゃね!」
竺紗は力を集めながら人差し指を頭にぽんぽんと突く。
━━うむ? どういうことだ?
「いっぱい集めておいて分けて連射するんだ!古屋、力を纏めておいて!」
━━お、おう。
力を……纏める?どうやって……。
取り合えずイメージする。こう、丸くなってて、固まってる感じか?
そのイメージをいくつも造る。目に見えないからよく分からないが、力の流れがさっきとは全く違う、規則正しい流れになっている。
「その調子……そろそろだ……」
━━あ、ああ。
「じゃあ、私の力に圧倒しないでね?」
━━どこぞの誰が圧倒するものか。
「貴方がするのよ」
━━率直に答えんでも……
分かっている。絶対に圧倒する。
何故ならば、竺紗の言葉に込められた思いというのは……
━━貴方は絶対に圧倒する、だ。
竺紗は予想外なところを見せるときはいつもこんな感じである。つい一週間前には諏訪の二柱の神が勝負に挑んで来た。確か……今で言う長野県の諏訪市にあったか?取り合えずそいつらの勝負に乗ったのだ。結果、竺紗が負けたが相手も竺紗の戦法には戸惑ったそうだ。私も圧倒してしまった。
確か、その諏訪の二柱の一人は『植物らしい戦い方だな。なかなか苦戦したぞ』とか言ってたか? 後一人は……忘れた。
取り合えず、竺紗にはいろんなところで驚かされている。特に自信ありげに言っている時は結構圧倒する。彼女の凄いところだ。
「準備万端! そっちも大丈夫?」
━━大丈夫だ! 人間に神の力を見せつけようではないか!
「勿論さ!じゃあ……」
竺紗は沢山の力のひとまとまりを取り込んだ。それと同時に構え始めた。
「解き放てぇぇ!! 神の力よぉぉぉ!!」
近くで竺紗が雄叫びを上げたが遠くの方ではそれよりも大きな叫び声が聞こえた。遠くの方で何本のも太い蔓が暴れてた。その光景は植物が怒りを上げている様だった。
「古屋! 次行くよっ!」
━━ 勿論だ。
竺紗はまた力のひとまとまりを取り込んだ。
━━━━
あれから三時間━━
暫く竺紗の力で人間を追い出していたが、彼女の身に異変が起きた。
「くっ……古屋ぁっ!」
━━なんだ。
今までとは口調が明らかに変わっていた。
「私に……私もっと、力を!」
━━竺紗……落ち着け。
しかし、そんな言葉で止まる神ではなかった。
「落ち着いていられるかっ! 人間が、人間が来るんだぞっ!」
━━だが……
「もういい! このくらい自分で出来るっ!!」
止めろっ!
言いたかったがもう遅かった。
竺紗は行ってはいけない方向へと進んでしまった。