第一三五話 希望の音
エニーが音が聴こえるって言ったから、秘封倶楽部やその他諸々で、森の中をエニーを追いながら走っているんだ。
「エニー、本当にこっちで合ってるの?」
息切れが自分からも、周りからも聞こえてくる。森は以外におっきいな。魔理沙の箒に乗っていた時はほんの数分で想夏庵から魔理沙の家まで行ったというのに……出口が全く見当たらないよ。
「合ってます! もうそろそろ、皆さんにも聴こえてくる筈です!」
「本当に? 全然聴こえないってぇ!」
エニーは普段から微かな風の声を聞いているせいか、小さな音でも聞く事が出来るみたい。推測だけどね。
「絶対に、絶対に聴こえる筈です!」
エニーから漏れる息が他の誰よりも大きい。音を聴きながら走っているから、消耗が大きいんだと思う。
道という道がないから、たまに視界に入らない小石に躓く。それがまた消耗を大きくしちゃう。
「あっ!」
誰かがそんな声を発した気がする。遠くには森の光よりも一層明るい光、そして、遠くで奏でられる演奏が聴こえてきた。ゴールは後もう少しって事だね!
エニーを先頭に、私達は止まらずに走った。走る度に、遠くの光は大きくなっていく。
「もうすぐね……歩かない?」
「何言ってるの、メリー! あの演奏を流している人達に会うまで走って!」
「何か……余裕そうね……秘力のせいかしら?」
ここに来たら、何故か秘力が発動する。それを知っている筈のメリーは当たり前の事を聞いてきた。
「勿論。さ、もっと速く走って!」
「……本当にチートね……」
「何か言った?」
「別に……」
聞こえてるけどね。多分、それはメリーにも分かっていると思う。長い付き合いだからね。
荒れる風を受けていきながら走っていると、ようやく遠くにあった光の中に入る事が出来た。その時、達成感が湧いたけど、そう思うのはまだ早い。この演奏の演奏者を見つけなきゃ。私達はまだ走った。
私達が出た先には人里の入口があったよ。低くて古くさい家が沢山並んでいるからね。
「ねぇ。希望を失った人ってどうなるの?」
私はメリーの方を向いた。何となくメリーの意見を聞いてみたかったんだ。
「え、私に訊く? こころに訊いてよ」
やっぱりそういう返事になるか。当たり前だよね。
「どんよりとした空気にでも、なるんじゃないの?」
早苗が答えた。正論に聞こえる回答だよ。私もそれを考えたんだ。でも、解答は違った。
「違う。希望を失った人は、するべき事をしても何も出来ないと感じて、暴れちゃうの。何も出来ないならば、何をしても構わないと思うから」
私と早苗の考えていた事に、更に次があったね。
「でも、あれは……」
前を向いたら見える光景は、まるで何かを見るために集まっているような感じで、人だかりが出来ていた。その中心から演奏が流れ込んでくる。興奮と憂鬱が、今までに聴いたことのない音で調和されている。
「あの音は……希望の代わりとなる音」
「希望の代わりとなる音……ですか?」
「うん。多分、演奏者は希望を取り戻すために、これを流しているんだと思う」
「なら行ってみるしかないね!」
私と手を繋いでいる愛乃ちゃんは、好奇心を出しながら言った。
「そうだね! 早く行こう!」
私達は人だかりにたどり着いたから、人を掻き分けて、押し退けて、音の中心を目指した。ぎゅうぎゅうになっていて、押し潰されそうだよ。
なんとか踏ん張って人だかりを抜け出すと、楕円形のスペースが狭く取られてあった。その中心にはそれぞれ、バイオリン、トランペット、キーボードと、三人の人がいる。多分、その三人が演奏者だと思うんだけど、彼女達は''楽器に触れていない''。
「ちょちょちょ、一体何なの? 折角楽しく演奏してたっていうのに」
そんな事を言っていながら、キーボードからは音が流れている。不思議な音だよ。
その音に対して、後ろから雑音が聴こえてきた。メリー達なんだと思う。
「どうしたの? 飛び入り客?」
「あ……」
三人はこちらを向いてきた。だけど、演奏は止まらない。何で?
「希望の音を流しているみたいだけど、一体誰?」
後ろの左側からこころちゃんの声が聞こえた。演奏の音が大きめだから、こころちゃんも大きい声を出す。
「私達? 私達はプリズムリバー三姉妹。私はその中の次女、そして、トランペッターのメルラン・プリズムリバーよ」
聞く限り、確かに彼女達が演奏者だね。トランペッターは、ピンクの子だね。
「私は三女で、キーボーディストのリリカ・プリズムリバー。こうやって、音を奏でてるの!」
''こうやって''がどうやってかは分からないけど、キーボードの鍵盤が動いて、音を立てた。
「私は長女のルナサ・プリズムリバー。バイオリニストよ」
この三姉妹の中でも一番大人っぽい。気取った雰囲気が溢れていくよ。
「まぁ、自己紹介はこんなものよ。貴女達は外来人よね? 一部は違うようだけど」
「外来人?」
幻想郷に来るのは初めてな愛乃ちゃんは、聞いたことない単語が出てきたからなのか、首を傾げた。
「ここでは、私達のような別の世界から来た人は、外来人って呼ぶんだよ」
「へぇー。そうなの」
教える事が増えそうだよ。多分、愛乃ちゃんはここに住むようになるし。ここの常識は教えた方がいいよね。
「そこの小さい子と一部以外の人間達の事は知ってるわ」
「一部言うなし」
「それで、今回は何でここに?」
言った事を無視されて般若の面を被るこころ。少し堪えてほしいから、すぐさま被られたお面をこころから外した。
「本当は、この子が幻想郷でキリスト教を広めたいって言ったから、私達で案内とかしようとしてたんだけど━━」
「あー、それがこの異変のせいで、思わぬ方向へいっちゃったってわけね?」
リリカは察しが早いな。話が早く進むよ。
「うん。貴女達は? 何でここで演奏を? どうやって演奏してるの?」
「質問は一つづつね」
欲張りすぎちゃった。確かに一度に複数の質問をされたら困るよね。気が早まっちゃってたよ。
「あ、じゃあ。何でここで演奏をしてるの?」
「周りを見て。希望で溢れてるでしょ?」
メルランに言われて周りを見た。人達の目に光がある。希望があるように見えるのは確かだね。
「そうね。こころの言ってた希望の音で、かしら?」
「そう! 私達の演奏を聴いたからなのよ!」
「じゃあ、貴女達が演奏する目的って……」
「うん。この変な空気を元に戻すため。出来る事はしたかったからね」
興奮と憂鬱と聴いたことのない音は、合わさって希望の音になっている。
「じゃあ、人里はひとまず安心か……それで、もう一つ」
「どうやって演奏してるのかって事よね? 私達は手足使わずとも、演奏する事が出来るのよ」
「そうなの? 何で……って言っても説明出来ないよね」
どうせ、私達の世界じゃ説明のつかない事だしね。魔法だとか幽霊だとか……どう説明したらいいのやら。
「悪いわね。こっちにとっての常識を伝えるのは難しい事だから」
「ううん、大丈夫大丈夫」
「ねぇ、貴女達、希望の面を持ってる?」
こころが三人に訊ねた。
そうだった。こころの目的は希望の面を探す事だったね。異変を解決するためには、希望の面を見つけるしかないからね。
「希望の面? 何それ、お面?」
「うん」
「聞いた事も、見た事もないわね」
「そっか、ありがとう。後、出来るのなら、その演奏を異変が終わるまで流してくれる?」
「うん。全然オッケーよ。むしろ、そっちの方がいいわ。もし、希望がなくなった人間とかいたらここに連れて来てもいいよ」
周りの人達はうっとりして演奏を聴いている。私達の会話を全く聞いていないように見える。私も、演奏に集中したら取り込まれそうになるよ。必死に我慢するけど。
「ありがとう。じゃあ、ここにはないって思ってもいい?」
「多分ね」
「分かった。じゃあ、行こう。皆」
「え、あ……うん」
何だか勝手に話が進んでいた。我慢しているって言っていながら聴いちゃってたよ。体の奥底から何かが溢れてきそうな感じだった。もっと聴いていたいと思っていたけど、今は自分の欲望よりもこの異変を解決する事だね。早くしなきゃね。
七ヶ月、いつの間にかたっちゃいました




