第一三二話 信じる者だけに見えるもの
愛乃ちゃんを引き連れて私達の家まで行く途中なんだけど、周りが全く喋らない。一人知らない子がいるとこんなにも違うんだ。皆人見知りか。あ、因みに、さっき渡された精神何とか眼帯はまだつけてあげてない。今はちょっと混んでいるからつけられないんだ。
このまま黙り続けるのは、私がきついから、黙って家に帰る前に喋り出す。
「ねぇ、愛乃ちゃんは何で岡崎教授に追いかけ回されてたの?」
周りがはっとなって愛乃ちゃんを見つめた。あるある、黙っていたらつい頭が空っぽになっちゃうよね。特に何も変わらない道を歩いている時とかは。
「……まず、あの人に会う前の頃から話さなきゃいけない」
「うん」
「私は……最初、孤児院にいたの……小さかった時から……だから、お父さんお母さんの顔は知らない」
その両親、子供の世話が嫌だったのか、愛乃ちゃんに何か病気を持っていたから孤児院に預けたのかな。世界中にそんな子供がまだいるかと思えば悲しくなるね。平和じゃない証拠の一つ。
「そんな事が……」
「うん……それで、理由は分からないけどキリスト教に入らされた……でも、嫌じゃなかった。外国の事は、元から興味があったし……」
静かに喋る愛乃ちゃんは、話の内容とつらそうな表情がまるで合っていない。何がこうさせるのだろうか?
「でも……キリスト教の人は皆、ぐーたらで、表は神様を信じていていながら、裏は、それの真逆。神様を全く信じていなかった……だから逃げ出した……誰も信じさせる気持ちがないなら、私一人でやってやるって……」
「まー、そうだよね。超常現象は科学で証明されるくらいだもんね」
私の口調そっくりの結縁が言った。声は違うから分かりやすいけどね。
あー、科学が進んでからこの世界はどうかしてるよ。頭が空っぽになっていく感じ。
「そう……だから逃げ出した……人いっぱいの路地で広めた……キリスト教を……今からでも遅くないって……」
今のイメージとは全く違う行動だね。人見知りには中々出来ない事だよ。それほど広めたかったって事なのかな?
「でも……広まらなかった……皆、逃げていった……そこで出会った、夢美さんに……」
「ふーん……」
話し出しても皆は同じ反応ばかりでつまらない。''あ、そうなんですか''とか''へー''とか。つまらないなー、全く。
「それから、何だか色々されて……検査みたいな感じ……それをされてから追いかけられたから、逃げた……」
「検査、かぁ……それは何かあるんだろうね。愛乃ちゃんに」
「でも……それが分からなくって……」
岡崎教授に渡された眼帯の事をふと思いだした。何故、眼帯なんだろう?
「ねぇ、目が痛むって時あるの?」
「……自覚はない」
「え、じゃあ何故眼帯を渡されたのでしょうか?」
「多分、目が原因なのかな。目に変なものがあるんだよ。じゃなきゃ、よっぽどの事がない限り、そんな事はしない筈だよ」
皆が頷く。眼帯の存在を知っているからだね。
「さっきは分からないふりしたけど、名前に''精神''がつくくらいならきっと精神に関係あるものだよ、この眼帯。多分……暴れる精神を封じる、とか」
「私……そんな精神異常にはなった事ない……」
「でも関係ない事はない筈。もう家だし、様子を見よう。それで何かあればこれをしよう」
「そうね」
暴れてもらったら色々困った事態になるし、メリー達に影響を及ぼしちゃう。私? 私は大丈夫だよ。秘力のおかげでね。
「あの……」
「ん?」
「あ……いいや……何でもない……」
そう言ってちらっと後ろを向くと、また前を向いた。人見知りだなぁ。話してくれればいいのにぃ。
私の家はいつも通り。玄関には冬でも育つ青々とした夏野菜があった。花が咲く時期とかは天然と一緒だから今はただ生えているだけ。
「じゃあ、夕飯を作って参りますね」
「よろしくっ」
メリーがちょっと冷たい目でこっちを見てくるような気がするけど気にしない気にしない。
エニーは一人キッチンへと歩いていった。メリー達がリビングに向かっている中、私はまだ玄関口にいる。追いかけようとしたけど、何故か振り替えってあの子の靴を見た。ぼろぼろだ……色々考えていたら気の毒に思える。
深く考えるのは止めて、早くメリーの所に行こう。
「あ……」
玄関の目の前で愛乃ちゃんが尋ねたかった事が分かった気がする。そういえば、あの時紹介してなかったね……すっかり存在が消えてたよ……後で謝らなきゃ。
取り敢えず行かなきゃ。リビングに驚きの悲鳴が聞こえたからね。
「かかか……神様なの!?」
こうなるだろうとは思ってた。
リビングへ行くと愛乃ちゃんが神の結縁と竺紗に対面し、尻餅をついていた。
結縁と竺紗は声を発しながら顔を縦に振った。
「え……ええぇ……ええっと……」
「あ、大丈夫、そんなに改まらなくても。気楽でお願い出来る?」
愛乃ちゃんはいつの間にか正座になって座っていた。
「いや! 駄目よ! キリスト教徒として、正しい行為をしなきゃいけないの!」
真面目になって言っているけど、何気に敬語じゃない。そこに少し笑えちゃった。
「ふーん……キリストシスターなんだ」
竺紗は相変わらずの対応。窓に額をくっつけて話すのがすっかり癖になっちゃってる。でも、愛乃ちゃんは気にしない。
「シ、シスター? 姉妹?」
「修道女の事よ」
「しゅうどうじょ?」
見た目はまだ小学生だもんね。仕方がないね。
私は立つのに疲れ、その辺りのカーペットに座った。メリーの隣だよ。早苗はソファに座っている。
「宗教の修行をする女の人の事」
「べ、勉強になる……」
すっかり落ち着いたのか、喋り方が緩やかになっていく。結縁と竺紗がいなかったらこんなに喋ってはくれなかっただろうね。流石神様だよ。
「あ……後、私、キリスト教を広げたい」
炒めものの音と香りが微かに漂ってくる中、急に湿っぽい空気が流れだした。
「色んな所に行っても、誰も見向きもしてくれなかったの……だから、何処に行ったらいいんだろうって……」
秘封倶楽部の出番! 来たっ!
「なら、幻想郷に行っちゃう?」
「幻想郷……?」
周りが笑顔だよ。批判の顔は誰一人いない。
「そう! 幻想郷。幻想郷は人間は勿論! 神や妖怪、幽霊とかが住む、ずっと昔の風景が残る場所なんだ!」
「神……妖怪、幽霊……そこなら……大丈夫なの?」
「慣れればきっと大丈夫! 保証は出来ないけど……」
私達もまだあんまり行った事ないけどね。勿論メリーが言ってくれたように、あまり行けない所にしたら月一回は多いけど……あの時、無視しちゃったな。怒ってるかな?
「んー……」
「まぁ、いきなりだもんね。今日はご飯が早く出来るみたいだし、ご飯を食べながらゆっくり考えて━━」
「行く!」
いきなり言われて吃驚しちゃった。張り上げた声と表情は決意をしている。覚悟はあるみたい。
「何で?」
「だって……その他に広める方法がないのなら、そうする方が効率いいから。だから行く。明日連れてって」
子供らしい口調だけど、どこか大人っぽい。正座をしているからかもしれないね。正面から見ても、背筋が真っ直ぐ伸びているのがはっきり分かる。
「分かった。なら明日行こう! 明日何曜日?」
「土曜日よ」
「よし、授業も講義も少ない日。なら明日、一時に博麗神社に集合ね!」
「分かった!」
早苗の声と同時に、遠くでエニーが何か言っている声がした。多分、『分かりました!』って言ったんだと思うよ。
「遅刻しないようにね。遅刻魔さん」
「メリーさんは酷い!」
メリーは何気に黒いから気を付けなきゃね。
「では、私は失礼するね」
「え? 何ー早苗ー。帰っちゃうなんてー。せめてご飯を食べてからにしようよー」
「私、親に何も伝えていないから……ごめんね」
「そう……ならじゃあね!」
「はい! また明日!」
早苗はリビングを出て玄関へ向かった。暫くすると、玄関の扉が開き、閉まる音が聞こえた。それを合図に私達は夕飯を食べた。一人多めの夕飯。今日はいつもより美味しい!




