第一三話 舞え、無表情よ
━━ここは何処だろうか?
時は和銅四年、二月の初午の日。そのとき私は初めて外の世界を見た。
「見上げれば普く伏見の大空。その空はいと美しくある。我こそ宇迦之御魂大神。伊呂巨秦公により、ここ伊奈利山の三つの峰に神々を今祀られたことによりこの世に産まれた」
少女と言えるほどの声が聞こえる。この声は誰の声だろうか? 彼女の言い方だと今産まれたばかりのように聞こえる。
━━其方は何者だ?
「先程も言わなかったか? 宇迦之御魂大神。この稲荷大社の主祭神だ」
そうか。ここは稲荷大社という場所の境内か。そしてこの声の持ち主はこの大社の神なのか。
「んー、一仕事が終わったからお前と話そうか」
神と言う名の少女の声の持ち主は私の前に現れた。そして手を高く突き上げて伸びをした。
しかし……派手な葉だな。少女の頭を見て思う。
「さて、何話そうか」
━━其方の御利益は?
「豊作だ」
豊作……多量収穫か。何処で習ったわけでもない。何故か知っていた。そんなことは置いて、話そう。
━━私は何故ここにいる?
「先程も言った伊呂巨秦公により植えられた。その者の願いにより私はお前を枯らさない」
━━……そうか
ここから先は何も話さなかった。私は黙り続けた。
この伏見の伊奈利が時の流れに沿い、変わっていくのを見ながら。
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時をざっと流し、中期平安時代。当時はしるしの杉というものが盛んだったな。その頃は宇迦之御魂大神の口調が変わったのと私が周りに見かける他の木と同じくらいまで育ったくらいだ。他の木も私と同じ姿をして、生き生きと伸びている。
「おーい! 今日は面白いヤツ連れてきたぞー」
宇迦之御魂大神が片手を振りながらこっちへ走ってくる。もう片手は何かを握っていた。手?そう、手を握っていた。
━━面白いヤツ、とな?
「ふぅ……紹介するよ。はい」
やっとここまで来た宇迦之御魂大神が連れてきたのはなんとも無表情な少女だった。まぁ私も表情をつくることが出来ないが。
「彼女は秦河勝が作り上げた能面が付喪神になった秦こころだよ」
「こんにちは」
桃色の髪に変な服装の無表情少女……こんな少女が能面の付喪神なのか?
━━本当に付喪神なのか?
「そうだけど?」
あっさりとした返事が口から吐き出される。
━━いや、能面の付喪神ならば、表情豊なのではないのか?
「んー私も今日初めて会ったから分かんないだよね。そこんところどうなの?」
初めて会うというのに態度悪く言う。誰だ。彼女をここまでさせた奴は。
「うむ? この感情が司った面霊気が私の表情の代わりみたいなものだからか?」
猿の面を被って少し困ったかのように身振り手振りをした。
━━そうか。さっぱり分からん。
「ですよねー」
火男の面を被ったこころがさっきとは違う陽気な口調で言う。
「でもー、能面ってことは能楽が出来るのー?」
「まぁ、そこそこだねー」
「じゃあここで見せてよ! こころの能楽!」
━━私も是非とも見たい。
「勿論です。では……いきますよ」
女の面を被ってそう言ったこころはさっきとは別人になった。私達の目の前で優雅に舞い始める。その舞いは美しいの一言しか出ないほど相手を魅了させていた。笑いも怒りも、一切顔に出すことは出来ないが、しっかりとした動きからはあらゆる感情を撒き散らしているように、動きにはキレがあった。
私達は彼女の美しい能楽を暫く見ていた。
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「はぁ……さ、流石に厳しい」
あれから二、三時間経っただろうか。私達の正面には疲れはてた無表情がいた。
「ふぅー。見てる方は良いけど、やる方は疲れるよね」
座っていた宇迦之御魂大神は手を叩きながら立ち上がり、言う。
━━しかし、また見たいな。それほど其方の能楽は素晴らしい。
「本当だよ! またやってくれる?」
「私で良ければ……是非!」
お決まりの台詞を女の面を被り言う。可愛い。
━━じゃあ、またな。
もう日がくれる。伊奈利山の真ん中の峯の山頂から見る夕日のいと美しい光は伏見を包み込んでいたが、やがて消えてしまった。
「では、これで……」
「うん! じゃーねー」
宇迦之御魂大神は手を振りながらこころを見送った。
こころはやがて薄暗闇の中に吸い込まれてしまった。
「じゃあ、私もこのくらいにしようか。じゃあね」
━━あぁ。
宇迦之御魂大神は自分の家へと帰って行った。
━━私も休むとするか。
景色はいつの間にか暗闇だった。私は日が上るのを待ち遠しくしながら眠った。
ここから神木視点で進みます。
こころちゃんが出てきましたね。
次回はどうなるでしょうか。お楽しみに!
後、やっとこうちゃんの外見が出来上がりました!序章のあとがきにありますので、是非見てください。
初めて挿し絵を付けるので画像が大きいですが、これから修整をしていきます。




